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記憶を無くした者  作者: ひろろ
1章
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04話

 

 意識が浮上する。

 最初に目に入ったのは、見覚えのない天井だった。木目のある板張りで、柔らかな光が差し込んでいる。


「……知らない天井、か……」


 身体を起こそうとした瞬間、胸の上にずしりとした重みを感じた。



「……重たい……?」

 視線を下に向け、すぐに状況を理解する。


「……ミナが……俺の腹の上で寝てるのかよ……」


 ミナはガイマの服をぎゅっと掴んだまま、穏やかな寝息を立てていた。涙の跡が、まだ頬に残っている。


(……ずっと、側にいたのか)


「……ミナ、起き――」


 そう声を掛けようとした、その時。


「ようやく目が覚めたか」


 落ち着いた声が、部屋の奥から聞こえた。


「ミナはまだ起こさないでやれ。お前が起きるまで、ずっと付き添っていた。疲れて眠っただけだ」


 声のする方を見ると、茶色の髪を後ろで束ね、片耳が尖った女性が立っていた。――エルフだ。


「……誰だ? それに……どういう状況だ?」


 エルフの女性は腕を組み、淡々と答える。


「私はスズモ。エルフの薬師だ」


 そして、ガイマを見下ろしながら言った。


「お前はポイズンラビットの毒に侵され、意識を失った。ミナが泣きながら私のところへ助けを求めに来てな……治療した」


 一拍置き、はっきりと言う。


「感謝するなら、ミナにだ。あの子がいなければ、お前は確実に死んでいた」


 そう言い残し、スズモは踵を返した。


「ミナが起きたら食事にする。それまで大人しく寝ていろ」


 扉が閉まり、部屋には静寂が戻る。


「……そうか……」


 ガイマは小さく息を吐いた。


「……俺、倒れてたんだな……」


 無意識に、ミナの頭に手を伸ばす。


「……ありがとうな……ミナ……」


 その指の動きで、ミナがぴくりと反応し、ゆっくりと目を開いた。


「……あれ……?」


 焦点が合った瞬間、ガイマの顔を見つめる。


「……ガイマ……?」


 次の瞬間、勢いよく抱きついてきた。


「よかった……! 本当によかった……! 目、覚めたんだね……!」


「お、おい……」


「死んだかと思ったの……本当に……!」


「……生きてる。さっき起きたところだ」


 しばらくして、ガイマは困ったように言う。


「……ミナ、悪いが……その……重たいから……退いてくれると助かる」


 一瞬の沈黙。


「……今、重たいって言った?」


「言ったな」


「それ、女性に言う言葉じゃないでしょう!? あり得ないんだけど!?」


「事実を述べただけだ」


「私そんなに重くないし!? ねぇ、重くないよね!?」


「……だから何で俺に聞く」


 ガイマはため息をつく。


「スズモが食事を用意してくれてる。行こう」


「……あ、ごめん……すぐ退くわ」


 立ち上がりながら、ミナは首を傾げる。


「ねぇ、そのスズモって……あの女の人?」


「……名前知らなかったのか?」


「仕方ないでしょ! あの時はそれどころじゃなかったんだから!」


「はいはい、そういうことにしておこう」


 二人は部屋を出て、家の奥へ向かう。


 簡素だが清潔な家の中で、スズモが食卓に料理を並べていた。


「改めて言う。スズモ、助けてくれてありがとう」


「礼は後でいい」


 スズモは椅子に腰を下ろし、二人を見る。


「聞きたいことがある。……だが、その前に食事だ。話は腹を満たしてからにしよう」


 三人は黙々と食事をとった。


 温かい料理が、身体に染み渡る。


 食後、スズモは真剣な表情で問いかけた。


「――お前たちは、なぜ人が立ち入らない森の奥にいた?」


 ガイマは少し間を置いて答える。


「……信じてもらえるかわからないが……俺もミナも、過去の記憶がない」


「自分が誰なのかも……どうしてそこにいたのかも……」


 ミナも頷く。


「名前も……私たちが、勝手につけただけ」


 スズモは眉をひそめる。


「……二人とも、か」


 少し考え込み、静かに言った。


「大きな事件は、私の知る限り起きていない。……変わったことがあるとすれば――」


 言葉を選びながら続ける。


暗黒神あんこくしんダークが、各地を制圧し始めていることだ。世界神カイマが死んだ為に‥‥」


「……神?」


 ガイマは首を傾げる。


「……世界神カイマ、暗黒神ダーク……何でどっちにも“神”が付くんだ?」


 そして、ふと呟く。


「……カイマって名前……俺と、似てないか?」


 ミナも頷く。


「私も気になった。……ガイマと、カイマ……似てる」


「それ、偶然だと思うけどね……私がつけた名前だし」


 スズモは深く息を吐いた。


「……神、というのは称号よ」


 二人を見る。


「世界の人々が、その存在を畏れ、敬い、勝手に呼び始めた名前。だが、呼ばれる者たちは例外なく、化け物じみた力を持っている」


 声が低くなる。


「暗黒神ダークも強い。だが……世界神(せかいしん)カイマだけは別格だった」


 沈黙。


「どの神よりも強く、恐れられ……その名を知らぬ者はいない」


 スズモは首を振る。


「……だから、死んだなど……未だに信じられない」


「……そうなのね」


 ミナは少し考え込み、ふと聞いた。


「……じゃあ、スズモは?」


 スズモは苦笑する。


「あり得ない。私なんかが神と呼ばれるわけないでしょう」


 短い沈黙。


 その空気を破るように、ガイマが言った。


「……話は変わるが、スズモ」


「なんだ?」


「……俺に、何か教えてくれないか。例えば……魔法とか」


 スズモは少し驚いた顔をする。


「魔法は、簡単に使えるものじゃない。魔法適性がなければ、一生使えない場合もある」


「ああ、それでもいい」


 ガイマは即答した。


「使えなければ、別の道を探すだけだ」


「……分かった」


 スズモは立ち上がる。


「なら準備する。外で待て」


 二人が動こうとした、その時。


「……待って!」


 ミナが声を上げた。


「私も……私も魔法を教えてほしい」


 拳を握りしめ、真剣な目で言う。


「魔法が使えたら……ガイマを守れるかもしれない。だから……お願い」


「……問題ない」


 スズモは即答した。


「……だがミナ」


 ガイマが言う。


「俺は、お前に守られるつもりはない。俺が守る側だ」


 ミナは一瞬驚き、すぐに笑った。


「……じゃあ、お互い様ね」


 そして三人は外へ出る。


 しばらくして、スズモは木製の人形の的を立てた。


「これで魔法適性を調べる」


 人形に触れ、色が次々と変わる。

「緑は風、赤は火、黄色は雷、青は水……」


 そして言葉を区切った。


「さて……次は、お前たちだ」

 

と言うのであった。

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