04話
ゲイズは、目の前の赤髪の少女から告げられた名を噛みしめるように繰り返した。
「……魅惑神ノノ、だと?」
信じ難そうに目を細める。
「こんな……ガキが?何かの間違いじゃねぇのか?」
だが、全身を包む重圧のような殺気が、それを否定する。
「……けど……この殺気……本物、か」
ノノはゲイズをじっと見下ろしたまま、肩をすくめる。
「まぁ、ええわ。今日は見逃したるし」
どこか気まぐれな調子で続ける。
「次にウチのことガキって呼んだら、魅惑かけたるから覚悟しとき」
その言葉と同時に――
ノノは後方へと軽く跳躍した。
直後、ノノが立っていた地面に炎の球体が直撃し、土を焦がす。
さらに、黒く細長い棒状の“尖った何か”が空を切って飛来する。
ノノはそれを片手で掴み取り、即座に体勢を整えた。
「……誰やし?」
鋭く周囲を睨む。
「獣人の仲間、か?」
次の瞬間――
ゲイズの目の前に、ガイマとナミが飛び込んできた。
「ゲイズ!無事か!?」
ガイマは周囲に残る殺気の余韻を感じ取り、眉をひそめる。
「凄まじい殺気を感じて、慌てて来た。……誰だ、アイツは?」
ナミもまた、ゲイズの様子を見て声を荒げる。
「ゲイズ、何をしたの!?誰を相手にしてるのよ!!」
ゲイズは、申し訳なさそうに頭を下げながら答えた。
「旦那……姉さん……すんません。目の前の女……魅惑神ノノです」
その瞬間――
ノノの表情が、一変した。
「……えっ?」
目を見開き、ガイマをまじまじと見つめる。
「……待って。カイマおじさん?」
驚きに満ちた声と同時に、
周囲を満たしていた殺気が、嘘のように消え去る。
「……?」
ガイマは戸惑いを隠せない。
(殺気が……消えた?それに……どういうことだ?)
「……カイマおじさん?何を言ってる、魅惑神ノノ」
ノノはゆっくりとガイマに近づく。
「間違いないし。カイマおじさんや」
どこか懐かしむような視線で見上げる。
「カテレナたちが言ってたこと……正しかったんや」
「……何を言ってるし?」
首を傾げながら続ける。
「ウチのこと忘れたん?それに……なんで若返っとるし?」
そして、ナミに視線を移す。
「……って、隣におるの、ナミ?」
ガイマは困惑したまま、問い返す。
「……ノノと言ったな。お前は……俺たちを知っているのか?」
「意味が分からないし」
その時――
空気を切り裂く羽音とともに、巨大な鳥が突如として出現した。
次の瞬間、鳥は口を開き、地面へ向かって炎のブレスを吐き出す。
ノノとガイマは同時に飛び退き、着地した瞬間――
足元に魔法陣が展開された。
光が弾け、二人の姿はその場から消失する。
「……ガイマ!!」
ナミは叫びながら、宙を舞う巨大な鳥を睨みつける。
その鳥の背から、一人の男が飛び降りてきた。
「……お前たちが、魔物を殺した連中だな?」
怒りに満ちた声。
「せっかく用意した魔物を、よくもまあ、好き勝手殺してくれたな!!」
ナミは男を睨み、怒気を込めて叫ぶ。
「ガイマをどこへ飛ばした!!」
男は鼻で笑う。
「魔法陣で飛ばしたあの二人か?魔物が蔓延る場所に、転移させた」
「……そう」
ナミの声が、冷え切る。
「なら、もういいわ。あなたを始末して、すぐ探しに行く」
一歩踏み出し、告げる。
「邪魔しないなら見逃してあげる。……道を開けなさい」
「馬鹿が」
男は嗤った。
「こっちはな、魔物を大量に殺されてるんだ!!それに……この魔物使い《モンスターつかい》神クラボンを
相手にできるかな?」
その名を聞き、ゲイズの表情が強張る。
「姉さん……不味いぜ。魔物使い神クラボンって言ったら……最近、“神”って呼ばれるようになった男だ」
だが、ナミは意にも介さない。
「それが何?」
冷たく言い放つ。
「今の私は、ガイマと合流することしか興味ない。神だろうと……邪魔するなら、始末する」
戦闘態勢を取るナミに、クラボンは楽しそうに笑う。
「……やる気か、女。いいだろう。実力、見せてみろ」
手を振る。
「やれ」
次の瞬間――
ミナの足元に亀裂が走り、地面を割って巨大なワームが姿を現す。
ミナは即座に後方へ跳び退き、両手に火の玉と水の玉を生成。
それらを、連続してワームへ叩き込む。
ゲイズも辛うじて距離を取る。
「ゲイズ!」
ミナは攻撃を続けながら叫ぶ。
「邪魔になるから離れて!」
その言葉を聞きながら、ゲイズは歯を食いしばる。
(……何故だ……何故、俺は逃げてばかりなんだ)
(獣人の王なのに……どうして、こんなにも弱い)
それでも、前を見据え、叫ぶ。
「姉さん……俺も戦う!!足手まといにはならない!!」
真剣な眼差し。
「……だから、戦わせてくれ!!」
ナミは一瞬だけゲイズを見つめ――
覚悟を感じ取る。
(……本気、ね)
「分かったわ」
短く答える。
「……手伝って」
その言葉に、ゲイズは力強く頷いた。
ワームへ向かって駆け出す。
ナミは、ワームが地面へ潜ろうとするのを見て呟く。
「潜られると厄介ね……」
魔力を解放する。
「なら、本体ごと浮かせる。――ウインドサイクロン!」
巨大な竜巻が発生し、ワームを宙へと巻き上げる。
ゲイズはその光景を見て、闘気を全身に巡らせる。
(……姉さん、あれほどの魔法を……)
体を黄色いオーラが包み込む。
そのまま竜巻へ突入し、宙に浮くワームへと跳びかかる。
「くらえ――爪殴連殴!!」
鋭い爪と闘気がワームの肉体を抉り、
緑色の体液が飛び散る。
「ぐるぎぃゃああぁぁ!!」
苦痛の咆哮。
クラボンはその様子を見て、目を細める。
「……厄介な魔法使いに、闘気を使える獣人……」
舌打ちしながら命じる。
「仕方ありませんな。ファイヤーバード……」
空中で待機していた鳥が口を開く。
「そのサイクロンに、獄炎の炎を放ちなさい」
周囲の温度が、急激に上昇する。
「ゲイズ!!」
ナミが叫ぶ。
「そこから逃げなさい!!……ヤバいのが来る!!」
だが――
ワームは宙に浮いたまま、ゲイズに巻き付いた。
「くっ……離せ!!」
必死に抵抗するも、拘束は解けない。
次の瞬間――
ファイヤーバードの口から、
マグマのような真紅のブレスが放たれた。
サイクロンは赤く染まり、燃え上がる。
灼熱の熱風が周囲へと広がり、
近くの木々が次々と炎に包まれていった。




