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記憶を無くした者  作者: ひろろ
第2章
36/66

1話

 

 ガイマ達は、イースタンの街を旅立った後、簡単な棒を地面に放り投げ、その向きで行き先を決めた。

 結果として選ばれたのは――見せしめが行われていると噂される、忌まわしい場所だった。


 街道を歩き続け、太陽が傾き始める頃。

 不穏な沈黙の中で、ガイマは隣を歩くミナの顔色を窺いながら、重たい口を開いた。


「……ミナ、そろそろ機嫌を直してくれないか?」


「……何で、私が機嫌悪いのか、分かってる?」


「それは……俺が、頼まれてた食料を買い忘れてたからだ」


 その通りだった。

 イースタンの街を出る前日、ミナは確かにガイマに食料の調達を頼んでいた。

 だが、話し合いの後の疲労と緊張が重なり、ガイマはそのまま寝落ちしてしまったのだ。


 そして今――時刻は、とうに午後の食事時を過ぎていた。


「そうよ! 私達、領主様達の話が終わった後に今後の方針を決めて、まだ時間があったから役割を分けたの。私は桃達に、この街を出ることを伝えに行って……ガイマには食料をお願いしたの!」


「……本当にすまない。帰ってきて、そのまま寝落ちした」


「そんなの知らないわよ! 戻ったらガイマは寝てるし、食料は空間魔法に入れてあると思ったから、確認もしなかったの!」


「そこは起こしてでも聞くべきだったろ!!そもそも俺が空間魔法を使えるとでも思ったのか? お前とは違うんだぞ」


「なによ!! 私が悪いって言うの!?」


「……もういい。全部俺が悪かった!!少し離れて、食べられそうなものを探してくる。ここで待ってろ!!」


「……何よ、その言い方。なら、そうさせてもらうわ。何かあっても知らないんだから!」


 吐き捨てるように言い、ガイマはその場を離れた。

 ミナは腕を組み、背を向けたままその背中を見送る。


 ――何してるのかしら、私。

 本当は、そこまで怒る必要なんてなかったのに。


 苛立ちの奥で、冷静な自分が顔を出す。


 ――ガイマが戻ってきたら……謝ろう。


 一方、歩き始めたガイマもまた、内心で自分を責めていた。


 ――最後、完全にヤケクソだったな。

 食べ物を見つけたら、ちゃんと謝ろう。


「さて……食べられそうなものか。そういえば、この先に川があったはずだな。魔法で魚を捕まえれば……」


 そう考えながら歩いていると、やがて川辺に辿り着く。

 そこで、ガイマは異様な光景を目にした。


 岩場にもたれかかるように倒れている、獣人の男。

 全身は血に染まり、身体の至る所に、向こう側が覗くほどの深い傷穴が空いていた。


「……っ!」


 ガイマは駆け寄り、生死を確かめる。

 男は、かろうじて息をしていた。


「すま……ない……皆……俺の為に……すま……な……」


 掠れた声が、途切れ途切れに漏れる。


「まずいな……」


 ガイマは歯を食いしばる。


「このままだと死ぬ。ナミがいれば回復魔法をかけられるが……俺じゃ、この傷は治しきれない」


 一瞬、思案した後。

 ガイマは空に向かって手を掲げ、黒い球体を生み出した。


 それを高く放ち、指を鳴らす。


 ――ドンッ!!


 乾いた爆発音が空気を震わせ、周囲に響き渡った。


「……これで気付くといいが」


 そう呟き、ガイマは獣人を横たえ、必死に回復魔法を施し始める。


 一方その頃、何も知らないミナは、その場で落ち着かずにいた。


「……ガイマ、どこまで行ったのかしら。追いかけた方がいい? でも……今度こそ怒られるかも……」


 そう呟いた、その瞬間。


 ――ドンッ!!


 遠くで爆発音が鳴り響いた。


「……っ!」


 ミナの顔色が変わる。


「今の音……ガイマが行った方向……?」


 迷いは一瞬だった。


「ガイマ!!違うかもしれない……けど、嫌な予感がする。すぐ行くから!!」


 走り出し、声を張り上げる。


「ガイマ!! どこ!?何かあったの!? 聞こえたら返事して!!」


 すると、遠くから返ってくる声。


「ミナ!!怪我人だ! それも重症だ、早く来てくれ!!」


「怪我人……!?」


 胸がざわつく。

 声のする方向へ、全速力で駆けた。


 辿り着いた先で目にしたのは、血に塗れた獣人の姿だった。


「……ガイマ、変わって」


「ああ、頼む。俺は周囲を警戒する。この傷、ただ事じゃない。襲撃者がまだいるかもしれない」


「分かったわ。治療が終わったら、さっきいた場所に戻りましょう。近くに、見つかりにくそうな洞窟があったの」


「了解だ」


 2人はすぐに役割を分け、行動に移る。


 ガイマは地面に残る血痕を辿り、周囲を調べ始める。


 ――血の跡……。

 ここで途切れているのは、川に入ったからか。

 上流か、下流か……判断材料が足りないな。


 無理に追うのは危険と判断し、ガイマは引き返す。


 一方、ミナは治療に集中していた。

 獣人の傷は、みるみる塞がっていく。


「……治りが早い。獣人だから? それとも……」


 一瞬、胸に黒い考えが浮かぶ。


「……ここで始末した方がいいんじゃない?このままだと、きっとガイマは関わる。危険に首を突っ込む……私は、それが嫌」


 だが、すぐに首を振る。


「……駄目。そんな事したら嫌われる。最悪、殺されるかもしれない」


 自嘲気味に笑い、ミナは再び真剣な表情で魔法を続けた。


「……ちゃんと治すわ」


 やがて治療は終わり、ガイマと合流した2人は、獣人を抱えて洞窟へと移動する。

 獣人が目を覚ますのを待つためだった。


「……目が覚めたら、事情を聞くんだよな?」


「ああ。聞かない事には始まらない。助けられる事があるかもしれないからな」


 ――やっぱり、この人は関わる。


 ミナは小さく息を吐く。


「……なら、私も手伝う。ガイマはすぐ危ない事するから。私がいないと駄目でしょ」


「……分かった。でも、無理はするな。ミナ……お前に何かあったら、俺は嫌だから」


 短い沈黙が流れる。


 その後も獣人が目を覚ます気配はなく、2人は交代で見張る事にした。

 ガイマは洞窟の入り口で警戒し、ミナは獣人の傍で様子を見守る。


 こうして――

 新たな因縁を孕んだまま、第二章は静かに幕を開けるのであった。

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