33話
カイマは静かに息を整えると、レナの胸元――心臓の位置に右手を当てた。
その瞬間、淡い緑色の光がカイマの掌から溢れ出す。
続いて左手を、カテの心臓部分へと重ねる。
今度は深い赤色の光が脈打つように輝き、二人の間に奇妙な共鳴が生まれた。
「いいか、今から始める」
低く、しかし確かな声でカイマは告げる。
「痛みはない。だが正直に言おう。生きた人間の中へ魂を移すのは、俺にとっても初めてだ。失敗すれば……二人とも助からない」
一瞬の沈黙の後、彼は静かに続けた。
「その時は、俺もお前たちの後を追う。安心しろ」
「……お願いします」
レナは震える声で、そう答えた。
次の瞬間。
カイマの魔法が発動する。
空気が歪み、二色の光が絡み合い、レナとカテを包み込んだ。
魔力の奔流に耐えるように、カイマの額から大量の汗が流れ落ちる。
どれほどの時間が経ったのか。
やがて光は収束し、静寂が戻った。
「……成功だ」
カイマは荒く息を吐きながら言った。
「魂の移動自体は、なんとか終わった。次は――この子、カテの身体だ」
彼がカテの身体に触れると、緑色の魔力が優しく絡みつき、砕けていた骨も、裂けていた肉も、嘘のように修復されていく。
しばらくして――
カテはゆっくりと目を開いた。
「……誰……?」
そして、自分の身体を見下ろし、目を見開く。
「え……? 腕も、足も……治ってる?」
「目が覚めたか。すべて治した。今まで通り、問題なく動ける」
「……そうなんですか。ありがとうございます……」
安堵した表情を浮かべた後、カテはふと不安そうに尋ねた。
「あの……私と、よく似た人は……いませんでしたか?」
その問いに、カイマは少し間を置き、視線を横へ逸らす。
そして――ひび割れ、動かなくなったレナの身体を見せた。
「お前を助けてほしいと願ったのは、あの子だ。だから……俺は、お前を助けた」
「……待って」
カテの顔が、みるみる青ざめていく。
「え……レナは……死んだの……?」
声が震え、涙が滲む。
「どうして……私なんかより……レナを助けてほしかった……。こんなことが出来るなら……」
その時だった。
「カテ」
――カテの口から、違う声が発せられた。
「私は、この方のおかげで……あなたの中で、生きているわ」
「……レナ?」
混乱するカテに、カイマが静かに説明する。
「あのままでは、どちらも助けられなかった。だからレナの魂を、お前の中へ移した。今、お前の中でレナは生きている。それが、俺に出来た最善だ」
「……生きてる……?」
カテの瞳が揺れる。
「レナは……生きてるんですよね?」
「ああ。お前の中でな」
「……そっか……」
カテは堪えていた感情を抑えきれず、涙を流した。
「……良かった……本当に……」
カイマは何も言わず、ただ静かにカテの頭を撫で、泣き止むのを待った。
一方その頃。
レガネスは南蛮神ナムを連れ、広大な荒野へと転移していた。
拘束が解けたナムは咄嗟に距離を取り、喚く。
「貴様が何者かは知らんが、カイマではない! ならば殺して、俺様は生き延びる!」
それを聞いたレガネスは、冷たい笑みを浮かべた。
「……できるなら、やってみなさい」
そして一拍置き、低く告げる。
「でも今の私は、少し怒ってるの。だから――貴方も本当の姿で相手してあげる」
その瞬間、レガネスの身体が変貌する。
異形の姿を前に、ナムは腰を抜かした。
「……な、何故……! なぜ生きている! なぜカイマと共にいるんだ!!」
「さあ? それを知ることなく、死になさい」
戦いは、始まった――が。
それは戦いと呼ぶには、あまりにも一方的だった。
数瞬後。
南蛮神ナムは為す術もなく消滅し、肉体は塵となって風に散った。
元の姿へと戻ったレガネスは、空を見上げる。
「……カイマ、成功したかしら。なら、戻るわね」
再びカイマの元へ戻ると、そこには――
カイマの膝に頭を乗せ、泣き疲れて眠るカテの姿があった。
「終わったわよ。こっちは問題なさそうね」
「……やはり、あの姿のお前は強いな」
「何言ってるのよ。昔、私を殺しかけたくせに」
そう言いながら、カテを見て問いかける。
「……この子、連れて行く気なの?」
「ああ。母親に頼まれた。自立できるようになるまで、俺が世話をする」
「……本当にお人好しよね、カイマ」
レガネスは軽く息を吐く。
「じゃ、私は戻るわ。正体、バレたくないし」
「頼む。死体を集めて弔ってやりたい」
「了解」
そうしてレガネスは去っていった。
レガネスが去ったと同時にカテが目を覚ました。
彼女は慌てて起き上がり、地面に頭をつける。
「……ありがとうございました。この恩は、必ず――」
「やめろ。頭を上げろ」
カイマは穏やかに言う。
「恩は返さなくていい。それは枷になる。感謝だけで十分だ」
そして、静かに続けた。
「……今日から、お前たちの面倒は俺が見る。母親の願いだ。嫌なら、自由に去っても構わない」
「……お母さん……」
カテは俯き、そしてレナの声が響く。
「カテ。この方の元に行きましょう。きっと、お母さんもそう望むわ」
「……うん」
カテは顔を上げ、決意の目でカイマを見る。
「私、あなたの元に行きます。強くなりたい……二度と、こんなことが起きないように」
カイマはその目を見て、静かに頷いた。
「……いい目だ」
そして告げる。
「今日からお前たちはカテレナと名乗れ。いずれ、自由神の名を与える。縛られず、自分の意志で生きるためにな」
そう言って、二人の頭に手を置き――
カイマは一瞬で村へと転移したのであった。




