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記憶を無くした者  作者: ひろろ
1章
34/66

33話

 


 カイマは静かに息を整えると、レナの胸元――心臓の位置に右手を当てた。

 その瞬間、淡い緑色の光がカイマの掌から溢れ出す。


 続いて左手を、カテの心臓部分へと重ねる。

 今度は深い赤色の光が脈打つように輝き、二人の間に奇妙な共鳴が生まれた。


「いいか、今から始める」


 低く、しかし確かな声でカイマは告げる。


「痛みはない。だが正直に言おう。生きた人間の中へ魂を移すのは、俺にとっても初めてだ。失敗すれば……二人とも助からない」


 一瞬の沈黙の後、彼は静かに続けた。


「その時は、俺もお前たちの後を追う。安心しろ」


「……お願いします」


 レナは震える声で、そう答えた。


 次の瞬間。

 カイマの魔法が発動する。


 空気が歪み、二色の光が絡み合い、レナとカテを包み込んだ。

 魔力の奔流に耐えるように、カイマの額から大量の汗が流れ落ちる。


 どれほどの時間が経ったのか。

 やがて光は収束し、静寂が戻った。


「……成功だ」


 カイマは荒く息を吐きながら言った。


「魂の移動自体は、なんとか終わった。次は――この子、カテの身体だ」


 彼がカテの身体に触れると、緑色の魔力が優しく絡みつき、砕けていた骨も、裂けていた肉も、嘘のように修復されていく。


 しばらくして――

 カテはゆっくりと目を開いた。


「……誰……?」


 そして、自分の身体を見下ろし、目を見開く。


「え……? 腕も、足も……治ってる?」


「目が覚めたか。すべて治した。今まで通り、問題なく動ける」


「……そうなんですか。ありがとうございます……」


 安堵した表情を浮かべた後、カテはふと不安そうに尋ねた。


「あの……私と、よく似た人は……いませんでしたか?」


 その問いに、カイマは少し間を置き、視線を横へ逸らす。

 そして――ひび割れ、動かなくなったレナの身体を見せた。


「お前を助けてほしいと願ったのは、あの子だ。だから……俺は、お前を助けた」


「……待って」


 カテの顔が、みるみる青ざめていく。


「え……レナは……死んだの……?」


 声が震え、涙が滲む。


「どうして……私なんかより……レナを助けてほしかった……。こんなことが出来るなら……」


 その時だった。


「カテ」


 ――カテの口から、違う声が発せられた。


「私は、この方のおかげで……あなたの中で、生きているわ」


「……レナ?」


 混乱するカテに、カイマが静かに説明する。


「あのままでは、どちらも助けられなかった。だからレナの魂を、お前の中へ移した。今、お前の中でレナは生きている。それが、俺に出来た最善だ」


「……生きてる……?」


 カテの瞳が揺れる。


「レナは……生きてるんですよね?」


「ああ。お前の中でな」


「……そっか……」


 カテは堪えていた感情を抑えきれず、涙を流した。


「……良かった……本当に……」


 カイマは何も言わず、ただ静かにカテの頭を撫で、泣き止むのを待った。



 一方その頃。

 レガネスは南蛮神ナムを連れ、広大な荒野へと転移していた。


 拘束が解けたナムは咄嗟に距離を取り、喚く。


「貴様が何者かは知らんが、カイマではない! ならば殺して、俺様は生き延びる!」


 それを聞いたレガネスは、冷たい笑みを浮かべた。


「……できるなら、やってみなさい」


 そして一拍置き、低く告げる。


「でも今の私は、少し怒ってるの。だから――貴方も本当の姿で相手してあげる」


 その瞬間、レガネスの身体が変貌する。


 異形の姿を前に、ナムは腰を抜かした。


「……な、何故……! なぜ生きている! なぜカイマと共にいるんだ!!」


「さあ? それを知ることなく、死になさい」


 戦いは、始まった――が。

 それは戦いと呼ぶには、あまりにも一方的だった。


 数瞬後。

 南蛮神ナムは為す術もなく消滅し、肉体は塵となって風に散った。


 元の姿へと戻ったレガネスは、空を見上げる。


「……カイマ、成功したかしら。なら、戻るわね」


 再びカイマの元へ戻ると、そこには――

 カイマの膝に頭を乗せ、泣き疲れて眠るカテの姿があった。


「終わったわよ。こっちは問題なさそうね」


「……やはり、あの姿のお前は強いな」


「何言ってるのよ。昔、私を殺しかけたくせに」


 そう言いながら、カテを見て問いかける。


「……この子、連れて行く気なの?」


「ああ。母親に頼まれた。自立できるようになるまで、俺が世話をする」


「……本当にお人好しよね、カイマ」


 レガネスは軽く息を吐く。


「じゃ、私は戻るわ。正体、バレたくないし」


「頼む。死体を集めて弔ってやりたい」


「了解」


 そうしてレガネスは去っていった。


 レガネスが去ったと同時にカテが目を覚ました。


 彼女は慌てて起き上がり、地面に頭をつける。


「……ありがとうございました。この恩は、必ず――」


「やめろ。頭を上げろ」


 カイマは穏やかに言う。


「恩は返さなくていい。それは枷になる。感謝だけで十分だ」


 そして、静かに続けた。


「……今日から、お前たちの面倒は俺が見る。母親の願いだ。嫌なら、自由に去っても構わない」


「……お母さん……」


 カテは俯き、そしてレナの声が響く。


「カテ。この方の元に行きましょう。きっと、お母さんもそう望むわ」


「……うん」


 カテは顔を上げ、決意の目でカイマを見る。


「私、あなたの元に行きます。強くなりたい……二度と、こんなことが起きないように」


 カイマはその目を見て、静かに頷いた。


「……いい目だ」


 そして告げる。


「今日からお前たちはカテレナと名乗れ。いずれ、自由神の名を与える。縛られず、自分の意志で生きるためにな」


 そう言って、二人の頭に手を置き――

 カイマは一瞬で村へと転移したのであった。


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