30話
客室に通され、それぞれが席に着く。
重厚な調度品に囲まれた室内は静かだったが、空気には張りつめた緊張が漂っていた。
カテレナはスズモをまっすぐ見つめ、静かに言う。
「ガイマとミナについて、知っていることを話してほしい。もしかすると――あの二人は、カイマとナミの可能性がある」
その言葉に、領主は一瞬だけ目を見開き、すぐにスズモと視線を交わした。
答えたのはスズモだった。
「……ガイマは、自分の過去をほとんど覚えていないと言っていた。ミナも同じ。ただ、正直に言うと……私は、二人がカイマ様やナミ様だとは思えない」
「理由は?」
「実力です。確かに強かった。でも――あの二人の“神としての力”には、到底及ばない」
カテレナは小さく首を振る。
「禁忌の代償よ。記憶をすべて失えば、力の扱い方や本来の強さを引き出せなくなっても不思議じゃない」
そして、はっきりと言い切る。
「写真や、姿が分かる物はない?私たちなら分かる。だって、私たちは――昔のカイマとナミを、直接知っているから」
その沈黙を破ったのは、控えめな声だった。
「……見えにくいかもしれませんが」
女兵士――リリベットが一歩前に出る。
「元領主の館に、記憶を映し出す魔道具があります。もしかすると、そこにガイマ様とミナ様の姿が残っているかもしれません」
「そうか。では、それをここに持ってきてくれぬか」
「はい。少々時間がかかりますが」
リリベットが退出すると、領主はカテレナへと向き直った。
「……その前に、ワシには気になることがある」
「何かしら?」
「お主から、時折“別の声”が聞こえる。無理に答えよとは言わぬが……正直、気になってな」
カテレナは一瞬だけ視線を伏せる。
「……」
すると、違う声が重なる。
「カテ、話してもいいんじゃない?この人たちなら、きっと口外しないわ」
「……そうね」
カテレナは息を整え、静かに語り始めた。
「少し長くなる。まず――“カテレナ”という名前は、本名じゃない」
「私の名前は“カテ”。そして、もう一つの声が“レナ”。私たちは――双子だったの」
その言葉に、スズモも領主も息を呑む。
「とりあえず、全部話す。聞き終わってから、質問して」
そう前置きし、カテレナは過去を語り始めた。
私とレナは、辺境の小さな村で生まれ育った双子だった。
名もない、地図にもほとんど載らない村。
それでも、家族がいて、日々があって、私たちは幸せだった。
あの日までは。
私たちが十歳になるかならないかの頃。
村の伝統である祭りの日だった。
年に一度だけ、外から人が集まる特別な日。
私とレナは、両親の屋台を手伝っていた。
そんな中、一人の男がやって来た。
「ひっく……こんな辺境で祭りとはなぁ。たいした村じゃねぇが、今は気分がいい。ほら、酒のおかわりだ」
男はひどく酔っていた。
いや、“酔っている”という言葉では足りない。
異常なほどの量を飲み続けていた。
そして、ついに酒樽が空になった。
勇気を振り絞り、私――カテが口を開く。
「あの……大変申し訳ありません。お酒が、もう……底をついてしまって……」
次の瞬間。
男は机を殴りつけた。
バキッ、と嫌な音がして、机にひびが入る。
「はぁん?酒がないだと?ふざけてんのか、この糞餓鬼が!」
私は、体が固まって動けなかった。
「無いなら買いに行け!さっさと行けって言ってんだろ!」
空のジョッキが、私に向かって投げつけられた。
避けられない――そう思った、その瞬間。
「カテ!」
レナが、お盆でそれを弾き返した。
「大丈夫?」
「……う、うん……」
震える私を背に庇い、レナは男の前に立つ。
「どうした餓鬼。俺様に楯突く気か?」
レナは、まっすぐ男を見据え――
次の瞬間、迷いなく頬を叩いた。
乾いた音が、祭りの喧騒を裂く。
「……酔いは覚めましたか?お酒はありません。ここは辺境の村です。他の村へ行くことも、すぐにはできません」
男は、叩かれた頬をゆっくり撫でた。
「……ほう」
その瞬間、空気が変わった。
凄まじい殺気が、男から溢れ出す。
私は、その場に膝をついた。
恐怖で、身体が言うことをきかない。
「この俺様、南蛮神ナムの殺気を受けて、まだ立っていられるとはな」
男――いや、“神”は嗤った。
「だが、俺様を怒らせた。報いを受けさせてやる」
周囲にいた男たちが、一斉に立ち上がる。
「村を壊滅させろ。南蛮神ナムが、それを許す」
悲鳴が上がった。
抵抗する者は斬られ、逃げる者は踏み潰される。
祭りは、一瞬で地獄に変わった。
何かを叫ぼうとしたレナは、ナムに蹴り飛ばされ、地面を転がった。
「がふっ……!」
私は、首を掴まれ、宙に持ち上げられる。
息ができない。
視界が暗くなる。
レナは動こうとした。
けれど――
そのまま、意識を失ったのであった。




