29話
ガイマたちが新たな目的地へと歩みを進めてから、すでに数日が経っていた。
その頃、とある街――街道沿いに栄える中規模の町の酒場では、昼間から酒を煽る男たちのざわめきが絶えなかった。
「聞いたか? イースタンの街の領主が、いつの間にか変わったらしいぞ」
「マジかよ。あそこ、悪い噂しか聞かなかったからな」
「だよな。搾取だの処刑だの、ろくな話がなかった」
「それが不思議なんだ。何があったのか、誰も知らない。ただ“変わった”としか」
興味本位の噂話は、酒場の空気に溶け込むように広がっていく。
その会話を、窓際の席で一人静かに聞いていた女性がいた。
長い髪を揺らし、杯を傾けながら、彼女はぽつりと呟く。
「イースタンの街……確か、ダークが関与していた土地よね」
すると、同じ口から――しかし明らかに別人の声が返ってくる。
「そうね。でも、ダークが自分の支配地の領主を変えるなんて、普通はあり得ないわ」
周囲は酒の喧騒に紛れ、その異変に気づかない。
さらに声が変わる。
「ここから近いし、行ってみましょう。何か分かるかもしれない」
「……もしかしたら、カイマに関する情報もあるかも」
そう結論づけると、女性は代金を置き、静かに酒場を後にした。
イースタンの街へ向かう途中、街道脇の森。
木々の間を進んでいたその女性は、ふと足を止める。
「――さっきから、ずっと尾けているけど。何か用かしら?」
唐突な言葉に、空気が張り詰める。
次の瞬間、男女数人が木陰から姿を現した。
「流石だな。俺たちの尾行に気づくとは」
「自由神カテレナ。やはり噂通りだ」
カテレナは表情一つ変えず、肩をすくめる。
「それで? 誰の指示?」
「答える義理はない」
別の女が一歩前に出て言い放つ。
「私たちは“神と呼ばれてもおかしくない力”を持っている。自由神である貴方を倒せば、正式に“神”として認められる取引をしているのよ。だから――ここで死んでもらう」
カテレナは深くため息をついた。
「神ね……随分と安っぽい響きになったものだわ」
その声が、再び変わる。
「カテ、時間かけたくない。私がやるから体、使うわよ」
「はいはい、どうぞ」
尾行者たちは困惑する。
「……誰と話してる?」
「一人で喋ってるのか?」
次の瞬間だった。
カテレナの姿が、忽然と消えた。
そして――
「――はい、おしまい」
背後から、あまりにも淡々とした声。
振り返る暇もなく、魔法の光が走り、次々と胸を撃ち抜かれていく。
倒れる音だけが、森に響いた。
ただ一人、取り残された若い女性が震えながら立ち尽くす。
「え……? なに……? 何が起きの……?」
理解が追いつかないまま、死体を見回す彼女に、カテレナは告げる。
「気まぐれよ。貴方だけは見逃すわ」
「尾行を頼んだ相手に助けを求めるなり、どこへでも逃げなさい。でも、二度と私の前に姿を見せないこと。次はないから」
女性は何度も頷き、逃げるように森を駆け去った。
「……終わったわよ」
声が元に戻る。
「じゃあ、急ぎましょ。イースタンの街で、カイマのことを聞くんでしょ?」
それから一日後。
カテレナたちは、ついにイースタンの街へ辿り着いた。
「……おかしいわ」
街を見渡し、カテレナは眉をひそめる。
「入場制限もないし、住民の表情も明るい。ダークに支配されていた街とは、まるで別物ね」
「とにかく、今の領主が誰なのか調べましょう」
二人は聞き込みを重ね、ようやく一つの屋敷の前に辿り着く。
門前に立っていた女兵士が、カテレナを見て目を細めた。
「領主様に御用ですか?……それと、貴方、どこかでお見かけしたような……」
「気のせいよ。取り次いでもらえる?」
兵士が口を開こうとした、その時。
屋敷の扉が開き、一人の女性が姿を現す。
「窓から見えたから出てきたけど……やっぱり、自由神カテレナね」
スズモだった。
「まさか、ダークの命でこの街を奪いに来たわけ?」
その言葉に、兵士は即座に武器を抜く。
「そういうことでしたか……!この街は、ガイマ殿とミナ殿のおかげで、ようやく平和を取り戻したのです!」
カテレナは目を瞬かせた。
「あら……ナミが唯一弟子として育てた子。確か、スズモだったかしら」
「カテ、聞きたいことが多そうね。それに、“ガイマ”と“ミナ”……気になる名前だわ」
スズモは警戒を解かぬまま答える。
「……貴方たちの目的は何?」
カテレナは真っ直ぐに言った。
「私たちはダークの味方じゃない。自由神は、自由に行動する存在。例外は――カイマが命じた時だけ」
「彼がいなければ、私たちは今ここにいない。だから、カイマが生きている可能性があるなら、情報が欲しい」
スズモは息を呑む。
「……世界神カイマ様が、生きている? そんな……」
もう一つの声が、静かに語り始める。
「カイマが死んだとされた日、魔道神ナミも死んだことになっている。でも、私たちは知っている。カイマがナミに“禁忌の魔法”を教えたことを」
「死者を蘇らせる代わりに、復活した者と、術者の記憶を完全に失わせる魔法。しかも、未来へ飛ばされ、若返るとも言われている」
スズモの脳裏に、ガイマとミナの姿が浮かぶ。
(……二人とも、過去の記憶がないって言ってた……まさか……)
その表情を見逃さず、カテレナは問いかける。
「何か、知っているわね?」
その時、屋敷の奥から年老いた男性が現れた。
「スズモ、とりあえず話を聞いてもよいのではないか」
「領主様……分かりました」
スズモは一度深呼吸し、カテレナを見据える。
「ここでは危険。客室で話す」
こうして、自由神カテレナは、イースタンの街の核心へと足を踏み入れるのだった。




