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記憶を無くした者  作者: ひろろ
1章
29/66

29話

 

 ガイマたちが新たな目的地へと歩みを進めてから、すでに数日が経っていた。

 その頃、とある街――街道沿いに栄える中規模の町の酒場では、昼間から酒を煽る男たちのざわめきが絶えなかった。


「聞いたか? イースタンの街の領主が、いつの間にか変わったらしいぞ」


「マジかよ。あそこ、悪い噂しか聞かなかったからな」


「だよな。搾取だの処刑だの、ろくな話がなかった」


「それが不思議なんだ。何があったのか、誰も知らない。ただ“変わった”としか」


 興味本位の噂話は、酒場の空気に溶け込むように広がっていく。

 その会話を、窓際の席で一人静かに聞いていた女性がいた。


 長い髪を揺らし、杯を傾けながら、彼女はぽつりと呟く。


「イースタンの街……確か、ダークが関与していた土地よね」


 すると、同じ口から――しかし明らかに別人の声が返ってくる。


「そうね。でも、ダークが自分の支配地の領主を変えるなんて、普通はあり得ないわ」


 周囲は酒の喧騒に紛れ、その異変に気づかない。

 さらに声が変わる。


「ここから近いし、行ってみましょう。何か分かるかもしれない」


「……もしかしたら、カイマに関する情報もあるかも」


 そう結論づけると、女性は代金を置き、静かに酒場を後にした。



 イースタンの街へ向かう途中、街道脇の森。

 木々の間を進んでいたその女性は、ふと足を止める。


「――さっきから、ずっと尾けているけど。何か用かしら?」


 唐突な言葉に、空気が張り詰める。


 次の瞬間、男女数人が木陰から姿を現した。


「流石だな。俺たちの尾行に気づくとは」


自由神じゆうしんカテレナ。やはり噂通りだ」


 カテレナは表情一つ変えず、肩をすくめる。


「それで? 誰の指示?」


「答える義理はない」


 別の女が一歩前に出て言い放つ。


「私たちは“神と呼ばれてもおかしくない力”を持っている。自由神である貴方を倒せば、正式に“神”として認められる取引をしているのよ。だから――ここで死んでもらう」


 カテレナは深くため息をついた。


「神ね……随分と安っぽい響きになったものだわ」


 その声が、再び変わる。


「カテ、時間かけたくない。私がやるから体、使うわよ」


「はいはい、どうぞ」


 尾行者たちは困惑する。


「……誰と話してる?」


「一人で喋ってるのか?」


 次の瞬間だった。


 カテレナの姿が、忽然と消えた。


 そして――


「――はい、おしまい」


 背後から、あまりにも淡々とした声。


 振り返る暇もなく、魔法の光が走り、次々と胸を撃ち抜かれていく。


 倒れる音だけが、森に響いた。


 ただ一人、取り残された若い女性が震えながら立ち尽くす。


「え……? なに……? 何が起きの……?」


 理解が追いつかないまま、死体を見回す彼女に、カテレナは告げる。


「気まぐれよ。貴方だけは見逃すわ」


「尾行を頼んだ相手に助けを求めるなり、どこへでも逃げなさい。でも、二度と私の前に姿を見せないこと。次はないから」


 女性は何度も頷き、逃げるように森を駆け去った。


「……終わったわよ」


 声が元に戻る。


「じゃあ、急ぎましょ。イースタンの街で、カイマのことを聞くんでしょ?」


 それから一日後。


 カテレナたちは、ついにイースタンの街へ辿り着いた。


「……おかしいわ」


 街を見渡し、カテレナは眉をひそめる。


「入場制限もないし、住民の表情も明るい。ダークに支配されていた街とは、まるで別物ね」


「とにかく、今の領主が誰なのか調べましょう」


 二人は聞き込みを重ね、ようやく一つの屋敷の前に辿り着く。


 門前に立っていた女兵士が、カテレナを見て目を細めた。


「領主様に御用ですか?……それと、貴方、どこかでお見かけしたような……」


「気のせいよ。取り次いでもらえる?」


 兵士が口を開こうとした、その時。


 屋敷の扉が開き、一人の女性が姿を現す。


「窓から見えたから出てきたけど……やっぱり、自由神カテレナね」


 スズモだった。


「まさか、ダークの命でこの街を奪いに来たわけ?」


 その言葉に、兵士は即座に武器を抜く。


「そういうことでしたか……!この街は、ガイマ殿とミナ殿のおかげで、ようやく平和を取り戻したのです!」


 カテレナは目を瞬かせた。


「あら……ナミが唯一弟子として育てた子。確か、スズモだったかしら」


「カテ、聞きたいことが多そうね。それに、“ガイマ”と“ミナ”……気になる名前だわ」


 スズモは警戒を解かぬまま答える。


「……貴方たちの目的は何?」


 カテレナは真っ直ぐに言った。


「私たちはダークの味方じゃない。自由神は、自由に行動する存在。例外は――カイマが命じた時だけ」


「彼がいなければ、私たちは今ここにいない。だから、カイマが生きている可能性があるなら、情報が欲しい」


 スズモは息を呑む。


「……世界神カイマ様が、生きている? そんな……」


 もう一つの声が、静かに語り始める。


「カイマが死んだとされた日、魔道神ナミも死んだことになっている。でも、私たちは知っている。カイマがナミに“禁忌の魔法”を教えたことを」


「死者を蘇らせる代わりに、復活した者と、術者の記憶を完全に失わせる魔法。しかも、未来へ飛ばされ、若返るとも言われている」


 スズモの脳裏に、ガイマとミナの姿が浮かぶ。


(……二人とも、過去の記憶がないって言ってた……まさか……)


 その表情を見逃さず、カテレナは問いかける。


「何か、知っているわね?」


 その時、屋敷の奥から年老いた男性が現れた。


「スズモ、とりあえず話を聞いてもよいのではないか」


「領主様……分かりました」


 スズモは一度深呼吸し、カテレナを見据える。


「ここでは危険。客室で話す」


 こうして、自由神カテレナは、イースタンの街の核心へと足を踏み入れるのだった。

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