25話
その頃、スズモは地下にて領主と対峙していた。
湿った石壁に囲まれた空間は、魔力の残滓で重く澱んでいる。
スズモが放った氷の刃、炎の槍、風の衝撃波――そのいずれもが、領主の前で霧散した。
「くくく……その程度の魔法で、今のワシを倒せると思うな」
領主は嗤い、ゆっくりと両腕を広げる。
「魔術の“真髄”というものを、特別に見せてやろう」
次の瞬間、領主の右手には雷を纏った球体が、左手には水でできた球体が生み出されていた。
水の球体が弾丸のように放たれる。
「真髄ですって? 笑わせないで!」
スズモは即座に反応し、風を極限まで圧縮した球体を放つ。
水の球体は空中で破裂し、地下室の床一面に水が撒き散らされた。
「そう来ると思ったよ、スズモ」
領主は一歩下がり、雷の球体を床へと叩きつける。
雷は水を伝い、地を這う蛇のようにスズモへと迫った。
「甘いわね。見え見えよ!」
スズモは炎の柱を自身の周囲に展開し、水を一気に蒸発させる。
白い蒸気が視界を覆う中、彼女は指先を突き出した。
「――水刃!」
鋭く収束した水の刃が蒸気を裂き、領主の肩を正確に貫いた。
「ぐぎゃあああ!! ワ、ワシの肩がぁ!!」
領主は絶叫し、理性を失ったかのように怒りを露わにする。
「許さん……許さんぞぉぉ!!」
魔術師らしからぬ、獣のような叫び声を上げ、領主はスズモへと突進した。
「……哀れね」
スズモは静かに呟き、風で形成した刀を構える。
「その程度で我を忘れるなんて。魔術の真髄とは、ずいぶん軽いものなのね」
すれ違いざま、風の刀が領主の身体を切り裂いた。
「ば……馬鹿な……このワシが……」
領主はその場に崩れ落ちる。
スズモが勝利を確信し、刀を解除した、その瞬間だった。
倒れたはずの領主の身体が、霧のように揺らぎ、薄れていく。
「……幻影!?」
スズモは咄嗟に後方へ飛び退いたが――
床を突き破り、無数の鎖が飛び出した。
「がっ――!」
足を絡め取られ、勢いのまま地面に叩きつけられる。
さらに鎖は増え、四肢を拘束し、宙へと吊り上げた。
「がはっ……!」
苦悶の声を漏らすスズモの前に、本物の領主がゆっくりと姿を現す。
「くくく……幻影に踊らされるとはな。まだまだ甘い」
鎖が軋み、スズモの身体を締め上げる。
「離しなさい……!」
魔法を発動しようとするが、何も起こらない。
「無駄だ。その鎖はな、拘束した相手の魔力を完全に封じる特別製だ」
領主は歪んだ笑みを浮かべる。
「もうお前は何もできん。くく……じっくり調教してやろう。まずは――」
領主が一歩近づいた、その時。
――スズモは、静かに目を閉じた。
(ナミ様……私はまだ未熟です。でも……)
胸の奥で、何かを決意する。
(二度と使うなと言われた禁忌……それでも、今は――)
「諦めたか?」
領主が嗤う。
「なら、好きに――」
次の瞬間、空間が歪んだ。
突如として現れた黒い球体が、床を抉り取りながら浮かび上がる。
「……なに?」
領主は反射的に後方へ跳んだ。
「馬鹿な……魔力は完全に封じているはずだ!!」
黒い球体は、静かに――だが確実に、周囲を引き寄せ始める。
「知らないのも無理はないわ」
スズモは血の滲む唇で言った。
「これはナミ様が考案した禁忌魔法――『無』。魔力を使わない……命を削って使う魔法よ」
「ふざけるな……そんなもの……!」
黒い球体の吸引は強まり、柱や瓦礫が次々と飲み込まれていく。
「無駄よ。ここで終わりなさい」
だが――球体は、突如として消えた。
「……がふっ……!」
スズモは大量の血を吐き、鎖に吊られたまま咳き込む。
「くははは!!」
領主は嗤った。
「使いこなせていないではないか! 禁忌魔法も、所詮はその程度!」
炎の球体が放たれる。
(……ここまで……? ナミ様……ごめんなさい……)
スズモが目を閉じた、その瞬間――
身体が、誰かに抱き上げられた。
「――無事か、スズモ」
地面に着地し、視界に映ったのはガイマの姿だった。
「ガ……イマ……?」
「かなり無理をしたな。後は任せろ」
ガイマは彼女をそっと下ろし、前へ出る。
「誰だ貴様!!」
領主の怒声と共に鎖が放たれる。
だがガイマは、黒い魔力を纏った手で鎖を掴み――
握り潰した。
鎖は音もなく朽ちて消える。
「こうして助けた。それだけだ」
低い声が地下に響く。
「次は俺の番だ。上の部屋の女に酷いことをしたのは……お前だな?」
凄まじい魔力の圧が、空間を支配する。
領主は、初めて――明確な恐怖をその顔に浮かべるのであった。




