23話
ガイマの放つ凄まじい威圧感に押さえつけられ、二人は指一本動かせずにいた。
その様子を一瞥しただけで、ガイマは興味を失ったかのように視線を逸らし、壁に磔にされたままの女性へと歩み寄る。
魔力を指先に集め、拘束の魔法を解除する。
女性の体は力なく崩れ落ちそうになり、ガイマは即座に受け止め、ゆっくりと地面へ横たえた。
冷たい床に触れた彼女の身体は、すでに命の温もりを失っている。
「……こんなことをした奴は、必ず俺が始末する」
誰に聞かせるでもない、低い声。
「だから……安らかに眠れ。もう、聞こえていないだろうが……」
短く祈るように目を伏せ、ガイマは立ち上がる。
そして、動けずにいる二人へ向き直り、本を抱えた男を睨みつけた。
「――お前か。この女に、こんなことをしたのは」
男は喉を鳴らし、必死に首を振る。
「ち、ちがう! 私はやっていない!りょ、領主だ! 全部、領主が……!」
「……見ていただけか?」
「そ、そうだ……!俺は……俺は、ただ見ていただけで……!」
ガイマの拳が、音を立てて震えた。
「ふざけるな。人が人として扱われていない現場を見て、何もせずに済むと思っているのか」
「だ、だが……俺は命令されただけで……!」
「命令? 責任を放棄する言葉だな」
男から漂う、恐怖と虚偽の臭い。
ガイマは一歩踏み出す。
「……嘘だ」
男は言葉を失い、沈黙した。
その様子を見ていた女騎士は、歯を食いしばる。
(なんて威圧感……今は敵じゃない、それだけが救い……)
「沈黙は肯定と同じだ。本当のことを話せ」
「……ま、待て……取引をしよう」
男は必死に声を絞り出す。
「本当のことを話す……だから、だから俺には何もしないと約束しろ!それと……領主が消えた後も、この地位だけは……!」
「取引?」
ガイマの目が冷たく細まる。
「その言葉を口にした時点で、お前が無関係じゃない証拠だ」
次の瞬間、ガイマの手に黒い棒状の魔力が形成される。
「もういい。お前は――」
斬りかかる直前、男は悲鳴すら上げられず、恐怖で意識を失った。
黒い刃は、男の目の前で寸止めされる。
「……本来なら、ここで終わりだ」
ガイマは棒状の魔力を消す。
「だが、裁くのは俺じゃない。ここの人間……そしてスズモに委ねる」
振り返り、女騎士を見る。
「この男の処遇は任せる。俺はスズモを追う」
威圧感が霧のように消え、女騎士はようやく膝をつく。
「……分かりました。この男は捕らえ、必ず責任を取らせます。スズモ様を……お願いします」
ガイマは頷き、地下へ続く階段を駆け下りていった。
一方その頃、ミナは《桃》と呼ばれる女性と対峙していた。
魔法と魔法がぶつかり合い、壁はえぐれ、床には無数の焼け跡が残っている。
「お願い……もう逃げて!このままだと、あなたが……!」
「逃げない」
ミナは息を整えながら答える。
「あなたを救って、エルたちと合流する」
「無理よ……!」
桃は首を振り、涙を浮かべる。
「頭に埋め込まれてるの……自分の意思じゃ、止まれない……。だから……私を、殺して」
「……そんなこと、出来ない」
その時、二人は同時に感じた。
空気を圧し潰すような、異様なプレッシャー。
「……なに、これ……」
桃の身体が震える。
「誰が……こんな……」
ミナは息を呑み、小声で呟く。
「……ガイマ。やっぱり……洞窟で何かあった」
決意を固め、ミナは桃へ一気に距離を詰める。
「桃……今から、頭の中の魔法チップを取り除く。まずは動きを止める」
「……どうやって……?」
「――絶対零度」
桃の身体が瞬時に凍りつき、首から下が完全に動かなくなる。
「……怖い?」
「……ううん……やって」
ミナは桃の頭に手を置き、魔力を集中させる。
「……いくよ」
手が、抵抗なく頭部へと貫入する。
「……っ、き……気持ち悪……」
「ごめん……すぐ見つける」
内部を探る指先が、硬い異物に触れる。
「……あった」
一瞬、ミナの表情が曇る。
「このまま抜くと……後遺症が出るかもしれない。だから……ショートさせる」
「……痛い?」
「……凄く」
「……我慢、します」
電流が流れ、桃の身体が激しく痙攣する。
「――あぁああああぁぁぁ!!」
「ごめん……ごめん……!」
叫び声が途切れた瞬間、ミナは電流を止め、チップを引き抜いた。
桃はそのまま意識を失う。
ミナはチップを踏み砕き、すぐさま回復魔法をかける。
「……大丈夫。大丈夫……」
しばらくして、桃がゆっくりと目を開けた。
「……と、れた……?」
「ええ。よく頑張ったわ」
凍結を解除した瞬間、桃は力を失い、ミナに倒れ込む。
「……ありが……ありがとう……」
声にならない嗚咽が漏れ、桃は泣き崩れる。
ミナはその頭に手を置き、優しく撫で続けた。
(ガイマ……無理しないですぐ、向かうから)
泣き声が静まるまで、ミナは何も言わず、ただそばにいるのであった。




