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記憶を無くした者  作者: ひろろ
1章
23/66

23話

 

 ガイマの放つ凄まじい威圧感に押さえつけられ、二人は指一本動かせずにいた。

 その様子を一瞥しただけで、ガイマは興味を失ったかのように視線を逸らし、壁に磔にされたままの女性へと歩み寄る。


 魔力を指先に集め、拘束の魔法を解除する。

 女性の体は力なく崩れ落ちそうになり、ガイマは即座に受け止め、ゆっくりと地面へ横たえた。


 冷たい床に触れた彼女の身体は、すでに命の温もりを失っている。


「……こんなことをした奴は、必ず俺が始末する」


 誰に聞かせるでもない、低い声。


「だから……安らかに眠れ。もう、聞こえていないだろうが……」


 短く祈るように目を伏せ、ガイマは立ち上がる。

 そして、動けずにいる二人へ向き直り、本を抱えた男を睨みつけた。


「――お前か。この女に、こんなことをしたのは」


 男は喉を鳴らし、必死に首を振る。


「ち、ちがう! 私はやっていない!りょ、領主だ! 全部、領主が……!」


「……見ていただけか?」


「そ、そうだ……!俺は……俺は、ただ見ていただけで……!」


 ガイマの拳が、音を立てて震えた。


「ふざけるな。人が人として扱われていない現場を見て、何もせずに済むと思っているのか」


「だ、だが……俺は命令されただけで……!」


「命令? 責任を放棄する言葉だな」


 男から漂う、恐怖と虚偽の臭い。

 ガイマは一歩踏み出す。


「……嘘だ」


 男は言葉を失い、沈黙した。


 その様子を見ていた女騎士は、歯を食いしばる。


(なんて威圧感……今は敵じゃない、それだけが救い……)


「沈黙は肯定と同じだ。本当のことを話せ」


「……ま、待て……取引をしよう」


 男は必死に声を絞り出す。


「本当のことを話す……だから、だから俺には何もしないと約束しろ!それと……領主が消えた後も、この地位だけは……!」


「取引?」


 ガイマの目が冷たく細まる。


「その言葉を口にした時点で、お前が無関係じゃない証拠だ」


 次の瞬間、ガイマの手に黒い棒状の魔力が形成される。


「もういい。お前は――」


 斬りかかる直前、男は悲鳴すら上げられず、恐怖で意識を失った。


 黒い刃は、男の目の前で寸止めされる。


「……本来なら、ここで終わりだ」


 ガイマは棒状の魔力を消す。


「だが、裁くのは俺じゃない。ここの人間……そしてスズモに委ねる」


 振り返り、女騎士を見る。


「この男の処遇は任せる。俺はスズモを追う」


 威圧感が霧のように消え、女騎士はようやく膝をつく。


「……分かりました。この男は捕らえ、必ず責任を取らせます。スズモ様を……お願いします」


 ガイマは頷き、地下へ続く階段を駆け下りていった。



 一方その頃、ミナは《桃》と呼ばれる女性と対峙していた。

 魔法と魔法がぶつかり合い、壁はえぐれ、床には無数の焼け跡が残っている。


「お願い……もう逃げて!このままだと、あなたが……!」


「逃げない」


 ミナは息を整えながら答える。


「あなたを救って、エルたちと合流する」


「無理よ……!」


 桃は首を振り、涙を浮かべる。


「頭に埋め込まれてるの……自分の意思じゃ、止まれない……。だから……私を、殺して」


「……そんなこと、出来ない」


 その時、二人は同時に感じた。

 空気を圧し潰すような、異様なプレッシャー。


「……なに、これ……」


 桃の身体が震える。


「誰が……こんな……」


 ミナは息を呑み、小声で呟く。


「……ガイマ。やっぱり……洞窟で何かあった」


 決意を固め、ミナは桃へ一気に距離を詰める。


「桃……今から、頭の中の魔法チップを取り除く。まずは動きを止める」


「……どうやって……?」


「――絶対零度(ぜったいれいど)


 桃の身体が瞬時に凍りつき、首から下が完全に動かなくなる。


「……怖い?」


「……ううん……やって」


 ミナは桃の頭に手を置き、魔力を集中させる。


「……いくよ」


 手が、抵抗なく頭部へと貫入する。


「……っ、き……気持ち悪……」


「ごめん……すぐ見つける」


 内部を探る指先が、硬い異物に触れる。


「……あった」


 一瞬、ミナの表情が曇る。


「このまま抜くと……後遺症が出るかもしれない。だから……ショートさせる」


「……痛い?」


「……凄く」


「……我慢、します」


 電流が流れ、桃の身体が激しく痙攣する。


「――あぁああああぁぁぁ!!」


「ごめん……ごめん……!」


 叫び声が途切れた瞬間、ミナは電流を止め、チップを引き抜いた。


 桃はそのまま意識を失う。

 ミナはチップを踏み砕き、すぐさま回復魔法をかける。


「……大丈夫。大丈夫……」


 しばらくして、桃がゆっくりと目を開けた。


「……と、れた……?」


「ええ。よく頑張ったわ」


 凍結を解除した瞬間、桃は力を失い、ミナに倒れ込む。


「……ありが……ありがとう……」


 声にならない嗚咽が漏れ、桃は泣き崩れる。


 ミナはその頭に手を置き、優しく撫で続けた。


(ガイマ……無理しないですぐ、向かうから)


 泣き声が静まるまで、ミナは何も言わず、ただそばにいるのであった。

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