表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶を無くした者  作者: ひろろ
1章
21/66

21話

 

 ガイマたちは地下道を進み、天井に古い梯子が掛けられた場所へ辿り着いた。

 上から漂ってくる脂と香辛料の匂いが、ここがすでに館の内部であることを否応なく知らせてくる。


「……この梯子の上が、領主の館の食堂につながっている」


 エルはそう言いながら、無意識にガイマから一歩距離を取っていた。

 視線は床に落ち、声もどこか硬い。


「ようやく……ここまで来たか」


 ガイマは天井を見上げ、低く息を吐く。


「スズモは……無事に館へ着いているだろうか」


「……それは分からないわ」


 ミナは正直に答えた後、少しだけ声を和らげた。


「でも、スズモなら大丈夫。私たちよりずっと強いもの」


 そしてエルへ視線を向ける。


「それよりエル。“残りの成功体”って……あなたより強いの?」


 エルは肩を強張らせ、唇を噛み締めた。


「……強い、かどうかで言えば……」


 一度、喉を鳴らす


「私や……ウォーレンと戦ったアクジより……

 はるかに、です」


 ガイマとミナの表情が一気に険しくなる。


「一人は……女性。名前は、もも


 エルは俯いた。


「彼女は……戦いを望んでいません。でも……領主の命令には逆らえない」


「どういう意味だ」


「……頭に、魔法チップを埋め込まれています」


 声が震える。


「領主の声が……直接、脳に響く。“殺せ”と命じられれば……自分の意思とは無関係に……体が動くんです」


 沈黙。


「……もう一人は、男」


 一瞬、言葉が途切れる。


「彼は……死体です」


「……は?」


「実験に耐えきれず亡くなった後……魔物との融合実験で“復活”させられました」


 エルは、はっきりと言い切った。


「意思も、感情もありません。ただ命令に従うだけの……歩く死体です」


 ガイマは拳を強く握り、爪が食い込んだ掌から血が滴り落ちた。


「……ふざけるな」


 低く、怒りを噛み殺した声。


「人を……何だと思ってやがる……絶対に許さねぇ」


「同感よ」


 ミナも歯を食いしばる。


「ここで止めなきゃ……被害は、もっと広がる」


「……」


 エルは何も言えず、ただ震えながら頷いた。


「行こう」


 ガイマが梯子に手を掛ける。


「領主の館へ」


 梯子を登り切ると、食堂の端にある通気口へ出た。

 中では笑い声と食器の音が響き、ここが地獄の中心だとは思えないほど平和だった。


「領主の居場所へ案内してくれ、エル」


「……わ、分かりました」


 エルは短く答え、また一歩だけガイマから距離を取る。


「ここは……一階の端です。領主は……多分、最上階に……」


 視線を合わせることはなかった。


 食堂を抜け、最上階へ向かう途中。

 吹き抜けの広間に差し掛かった、その瞬間――


「エル、危ない!!」


 ガイマが叫び、エルの首元を掴んで後方へ引き倒した。


「きゃっ――!」


 直後、エルが立っていた床が爆音と共に陥没し、焦げた石片が飛び散る。


 煙の向こうから、一人の女性が姿を現した。


 長い髪。

 涙で濡れた目。

 震える唇。


「……逃げて、エル」


 か細い声。


「貴方を……殺したくない……本当に……」


「……桃……」


 エルは名を呼び、足をすくませる。


「わ、私も……桃と戦いたくない……!」


「分かってる……」


 桃は頭を押さえ、歯を食いしばる。


「でも……領主の声が……“殺せ”って……」


 次の瞬間、彼女の体が震え、魔力が噴き出した。

 エルは恐怖に顔を歪めながらも、一歩前へ出る。


 腕が触手へと変化する。


「……なら……私が……止める……」


 その前に、ミナが前へ出た。


「エル、下がって」


「ミナ……?」


「ガイマ、エル。二人は先に領主の所へ」


「……また、お前を置いていくのか」


「えぇ」


 ミナは迷いなく答えた。


「ここは私が引き受ける。それに……」


 エルを見る。


「エルの手を、これ以上汚させるわけにはいかない」


「……」


「約束、守ってるでしょ?」


 ミナは微笑んだ。


「だから行って。ガイマ」


「……くっ」


 ガイマは拳を握り、深く頭を下げる。


「……任せた」


 そうしてガイマとエルは階段を駆け上がった。

 背後で、魔力がぶつかり合う音が響く。




 教会地下


 スズモは、ゆっくりと目を覚ました。


「……?」


 視界に映るのは、見慣れた顔。


「……リリベット?」


「スズモ様……ご無事で何よりです」


 ここが地下廊であること、

 正体不明の男が配下を制圧したことを聞き、スズモは眉をひそめた。


「……考えるのは後。領主の館へ行くわ」


「転移魔法陣があります」


 リリベットは迷いなく言った。

 転移の光が消え、二人は最上階に現れる。


「……気配がある」


 スズモは即座に察知した。


「中で……魔法を構えてる」


 次の瞬間、風魔法が扉を内側から叩き潰した。


 砕けた扉の向こうには、

 本を開いた男と、血塗れで磔にされた女。


 壁は赤く染まり、床には血が溜まっている。

 矢が突き刺さり、片目には深く刺さった状態で


「……地下……」


 女は、それだけ言って崩れ落ちた。


「……領主がやったのか」


 スズモの声は冷え切っていた。


 男が嘲笑う。


「答えるとでも?」


 次の瞬間、風の刃が放たれる――が、

 消えた。

 リリベットが刀を収める。


「……情報、感謝する」


 女は微かに頷き、息を引き取った。


「……リリベット」


「ここは私が引き受けます」


 リリベットは刀を構える。


「スズモ様は……地下へ」


「……分かった」


 スズモは振り返らず、階段へ走った。

 背後で、刃と魔法の衝突音が響くのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ