20話
血を吐き出したガイマは、ふらつきながらも必死に立ち上がった。
だが、足は震え、視界も定まらない。今にも意識を失いそうだった。
「よもや……私の拳を受けて、まだ意識があるとはな。褒めてやろう」
マルクトは冷ややかに言い、ガイマを見下ろす。
「だが……もう限界だろう?」
「……まだ、やれる……」
絞り出すように答えた直後――
マルクトは無言で距離を詰め、足払いを放った。
「ぐっ……!」
ガイマは抵抗する間もなく地面に叩きつけられる。
「さあ、終わりにしようか」
マルクトは無感情に言い放つ。
「お前の死体は……有効活用させてもらうぞ」
とどめの一撃が、確実に振り下ろされようとした――その瞬間。
(ミナ……スズモ……すまない……)
ガイマは死を覚悟し、目を閉じた。
しかし――いつまで経っても、攻撃は来ない。
「……?」
恐る恐る目を開く。
「……攻撃が、来ない……? 何が……」
次の瞬間、視界が歪み、目の前に“以前出会った赤い髪のドラゴン”が立っていた。
「……貴方の時間を止めた」
「……時間を、止めた?」
理解が追いつかない。
「お前は……誰だ?」
「私はドラ。ただし、止めたのは“貴方の心の中の時間”だけ」
ドラは静かに続ける。
「現実では、貴方は今も死にかけている。状況は、何も変わっていないわ」
「……なら、俺は……どうすればいい、ドラ?」
ドラは一瞬、言葉を詰まらせた後、目を伏せた。
「……そうね。本当なら全部話したい。でも、今の貴方には理解できない」
そして、優しく微笑む。
「だから……今はごめんね」
「え……?」
「貴方がもっと強くなった時、全てを話す。それまでは――」
ドラはガイマの額に手を当てる。
「ここで、眠ってもらうわ」
「な……なぜ……」
「それと――今ここで話したことは、全部忘れる」
小さく、けれど確かな声で。
「……あとは、ドラに任せて。――おとうさん」
次の瞬間、ガイマの意識は完全に途切れた。
――現実。
マルクトの攻撃が振り下ろされる寸前、
突如として現れた赤い髪の人型のドラゴンが、その腕を掴んだ。
「なっ……!?」
「……ふぅ。何とか間に合ったみたい」
ドラは小さく息を吐く。
「せっかく溜めた魔力を、かなり使ったわ。
お父さんの体の中から、無理やり出てきたから」
マルクトは腕を振り払い、大きく後方へ跳んだ。
「赤い髪……ドラゴンの人型……?」
目を細め、驚愕を隠せない。
「まさか……人型ドラゴンの生き残りは、奴しかいないはず……いや、待て……赤い髪……」
ドラは淡々と言う。
「悪いけど、時間がないの。一瞬で終わらせるわ」
大きく息を吸い込む。
腹部が大きく膨らみ――
次の瞬間、灼熱の炎が吐き出された。
炎のブレスが、マルクトを包み込む。
「……逃げたわね」
ドラは辺りを見渡し、舌打ちする。
「それより……」
地面に倒れているガイマの元へ駆け寄る。
「治療しないと」
ガイマに触れると、斜めに深く刻まれていた傷がゆっくりと塞がっていく。
「これで……とりあえず大丈夫」
ドラは安堵したように微笑む。
「お父さん……次に会う時は、全部話せるといいな」
その身体が、光の粒子のように薄れていき――
やがて、ガイマの中へと溶け込むように消えた。
一方その頃。
マルクトは転移魔法で自身の城へと戻っていた。
だが、体の至るところが赤く爛れ、煙を上げている。
「ぐっ……焼ける……体が、焼ける……」
歯を食いしばる。
「あの男……間違いない。確認しなくては……」
水晶を取り出し、通信を繋ぐ。
「突然失礼します。確認したいことがあるのですが……」
『構わんが……お前のその火傷は何だ?』
「……実験に、少々失敗しまして。それより――“アイツ”は本当に始末したのですよね?」
『どういう意味だ、マルクト?確実に始末した』
「……そうですか。夢に出てきたもので、念のため確認しただけです」
『……そうか。忙しい、切るぞ』
通信が切れる。
「……やはり、奴だ」
マルクトは低く呟く。
「ダーク様は始末したと言った……だが、何かの手違いで生きているダーク様の手を煩わせるわけにはいかない……この件は、私が片付ける」
そう言い、治療に専念するのだった。
場面は戻る。
ガイマはゆっくりと目を覚ました。
「……?」
周囲を見ると、地面や壁に焼け焦げた跡が残っている。
そして――先ほどまでいたはずのマルクトの姿はない。
「……焼け跡?俺は……マルクトと戦っていたはずだが……」
混乱していると――
「ガイマ!!」
聞き覚えのある声。
振り向くと、ミナが駆け寄ってきた。
「ミナ……無事だったのか。スズモは?」
「私は無事よ。でも……この焼け跡、何があったの?」
「……俺にも、よく分からない」
ガイマは辺りを見回す。
「それより……ここはどこだ?」
その時、背後から控えめな声が聞こえた。
「……あの……」
振り返ると、怯えた様子の女――エルが立っていた。
「ここは……領主の館へ続く地下道です。教会は通っていません」
はっきりと、だが緊張した声で続ける。
「あなた方が、もう館に向かったと思って……
ミナさんをここまで案内してから、戻ってきました」
ガイマは反射的に構える。
「……お前は、あの時の敵か!」
「待って、ガイマ!」
ミナが間に入る。
「今は違うわ。彼女は――今は、私たちの味方よ」
エルは小さく肩をすくめ、俯く。
「……だから、構えないで。あなた……気づいてないかもしれないけど」
ミナはガイマを見る。
「とてつもない魔力が、あなたの周りを漂ってる。一体……本当に、何があったの?」
「……そうか」
ガイマはゆっくりと構えを解く。
「ミナがそう言うなら、信じる。魔力の件は……正直、分からない」
エルは不安そうにミナを見る。
「……ミナ……これから、どうしますか?」
「まずは――ガイマに状況を確認してからね」
ガイマは少し考え、言った。
「スズモと合流するのが一番だ。だが……もしかすると、もう領主の館に突入しているかもしれない」
「……分かったわ」
ミナは頷き、エルを見る。
「エル、案内をお願いできる?」
「……はい。こちらです」
エルはそう言って先を歩き出す。
ガイマたちは、領主の館へと進み始めたのであった。




