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記憶を無くした者  作者: ひろろ
1章
2/66

02話

 

 ――これでいい。


 あの女が逃げる時間くらいは、十分に稼げるはずだ。


 男は短く息を吐き、目の前の存在を睨み据えた。


「……ウサギ、か。いや――モンスター、だな」


 一本角を生やした異形のウサギは、地面を蹴りながら男の周囲を円を描くように動き、隙を探っている。動きは素早いが、どこか単調だ。


(見た感じ……そこまで強くはない)


 今にも折れそうな短剣を握り直す。


(こいつを仕留めれば……俺も逃げられる)


 次の瞬間、モンスターが跳んだ。


「――っ!」

 男は迎え撃つように短剣を振るう。しかし、鋭い角に弾かれ、刃はわずかに軌道を逸らされた。


 攻防は何度も繰り返される。角と刃がぶつかり合い、乾いた音が森に響く。


「……弱くは、ねぇな」


 男は息を整えながら呟いた。


「けど……慣れてきたぜ。お前の動き」


 次に飛びかかってきた瞬間、男は懐に手を伸ばす。


 ――壊れかけの時計。


 それをモンスターの角に突き出し、無理やり貫通させる。


「――今だ!」


 角の軌道がわずかにズレた、その刹那。


 もう片方の手に持っていた短剣が、一直線に振り抜かれた。


 ――ずん。


 首が落ち、モンスターの身体が地面に崩れ落ちる。


「……よし」


 男は荒く息をついた。


「上手くいった……。これで――」


 背を向け、走り出そうとした、その瞬間。


 ――ぐさり。


 焼けるような激痛が、右肩を貫いた。


「ぐぁぁぁっ!!」


 思わず叫び、振り返る。


 右肩に突き立っていたのは――角。


「……な、に……?」


 殺したはずのモンスターではない。


 少し離れた場所に、もう一体が立っていた。


「……クソ……」


 蹴り飛ばした方だ。

 死んだと思い込んでいたが、息を潜め、隙を狙っていたらしい。


「来いよ……」


 血を流しながらも、男は短剣を構えた。


「そこの奴と同じように……倒してやる」


 モンスターが再び跳ぶ。

 男は短剣で角を弾こうとする――が。

 ――ぱきん。


「……っ!」


 ついに、短剣が折れた。


 視界いっぱいに迫る角。


「……何も……わからないまま……死ぬのか……」


 脳裏に、少女の顔が浮かぶ。


「……あの女……逃げ切れたかな……」


 ――その瞬間。


 白い光が、上空から降り注いだ。


 次の瞬間、モンスターは地面に叩きつけら

れ、動かなくなった。


 黒く焦げた身体から、煙が立ち上る。


「……?」


 何が起きたのか理解できず、男は呆然と立ち尽くす。


 その背後から、聞き覚えのある声が響いた。


「……間に合った。生きてるよね!」


 振り返る。


「……何で戻ってきた……?」


 男は思わず声を荒げた。


「逃げたはずだろ。それに……今のは、なんだ?」


 少女は視線を伏せ、唇を噛みしめる。


「……ごめんなさい。でも……貴方に死んでほしくなかった」


 そして、戸惑うように手を見つめた。


「……今のも……よくわからないの。無意識だったから……」


 男は肩の痛みに顔を歪めながらも、苦笑した。


「……たいしたことじゃない」


 そして、短く言う。


「助かった。……ありがとう」


 少女はほっと息をつく。


「でも……二度とこんな真似するな。二人とも死んだら、意味がない」


「……わかった」


 少女は頷き、周囲を見回す。


「逃げた先で、休めそうな場所を見つけたの。そこで、これからのことを考えましょう」


 二人は少女の案内で移動し、巨大な木々の間にある、人が一人横になれるほどの窪みに辿り着いた。


 中に入ると、少女がぽつりと切り出す。


「……ねぇ。私たち、名前がないと不便じゃない?」


「……確かにな」


 男は少し考え、言った。


「じゃあ……俺のことは、名無しでいい」


「却下!」


 即答だった。


「名無しなんて名前じゃないでしょ! 私が決めるわ。……そうね……ガイマ」


「……それでいい」


 男はあっさりと頷く。


「じゃあ……お前の名前は、俺が決める。……ミナだ」


「……ミナ……」


 少女は目を輝かせた。


「すごく……いい名前。ガイマ、ありがとう。これから、よろしくね!」


「ああ……よろしくな……ミ……ナ……」


 そこで、ガイマの身体が崩れ落ちた。


「……ガイマ?」


 返事はない。


「……ねぇ……ねぇ!!」


 ミナは慌てて抱き起こす。


「……嘘……やだ……死なないで……死なないでよ……ガイマ!!」



 その頃――。

 森の別の場所で、倒れたポイズンラビットの死体を見下ろす人物がいた。


「……こんな場所に……ポイズンラビット、か」


 一体は首を斬られ、もう一体は黒焦げ。


「……魔法……かの」


 地面の血痕を見つめ、低く呟く。


「毒は……遅れてくる。最悪、死に至る……」


 立ち去ろうとした、その時。


「……ん?」


 微かな泣き声が、耳に届いた。


「……見過ごせん、か」


 そう言って、走り出す。


 一方その頃。


 ミナは涙を拭い、必死に立ち上がっていた。


「……泣いてても……どうにもならない……」


 助けを呼ぼうと、窪みを飛び出した瞬間。


「――っ!」


 地面に押し倒される。


「動くな。動けば関節を外す。……何をしている?」


「い、痛い……! 答える、答えるから……」


 力が緩んだ隙に、ミナは震える声で話した。


「……ガイマが……倒れたの……助けを……」


 押さえつけていた人物は、静かに言う。


「……その泣き声。お主か」


 そして手を離した。


「案内しろ。そのガイマの元へ」


 立ち上がったミナの顔を見て、その人物は一瞬言葉を失う。


「……まさか……ナミ様……?」


「……違います。私は……ミナ……です」


「……いや……似ていただけ……」


 小さく首を振る。


「……死んだと言われている方だ……」


 そして顔を上げる。


「……話は後だ。案内してくれ」


 ミナは頷き、二人で木の間の窪みへと向かうのだった。

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