17話
場面は移り変わり
スズモとエルフの男は一定の距離を保ったまま向かい合い、互いに隙を探っていた。
次の瞬間、エルフの男が走り出すと同時に、腕を振り抜き風の衝撃波を連続で放つ。
鋭い風が地面を切り裂きながら迫るが、スズモは一歩も退かず、同じ風の魔法を展開して真正面から相殺する。
衝撃波同士がぶつかり合い、空気が爆ぜるような音が響いた。
「……あの魔法を使えなかった“悪魔の子”が、ここまで出来るとはな。正直、感心するぜ」
男は薄ら笑いを浮かべる。
「……」
「だが所詮はナミの“特別な教え”がなきゃ何も出来ねぇんだろ? 本当に情けねぇな」
その言葉に、スズモの表情が僅かに歪む。
「特別な教え? 馬鹿じゃないの。普通に教えてもらっただけよ。それすら理解できないなんて、哀れでしかないわね」
「……はぁ? 調子に乗るなよ!!」
エルフの男は怒りを露わにし、先程よりもはるかに多くの魔力を込めて風の魔法を放ち始める。
無数の衝撃波が、波状になってスズモへ襲いかかる。
スズモは必死に相殺を続けるが、次第に押し切られ、完全に消し切れなかった風を身を翻して避け始める。
「アハハハ! 見ろよ!俺様が少し本気を出しただけで、相殺も出来ずに逃げ回る羽目だ!反撃してみろよ、悪魔の子!!」
嘲笑が戦場に響く。
「……やれやれ」
スズモは小さく息を吐く。
「なら、行くわよ」
その瞬間、スズモの姿が掻き消えた。
「――なっ!?」
次の瞬間、エルフの男の背後にスズモが現れる。
風の魔法を解除し、代わりに手の中に光の矢を形成する。
放たれた光の矢は、男の想像を遥かに超える速度で迫った。
「何だ、この発射速度は!?」
男は慌てて剣を抜き、矢を叩き落とそうとする。
しかし完全には防ぎきれず、矢は体をかすめ、浅くない傷を残した。
「どうしたの?その程度の魔法も避けられないなんて、もう一度基礎から勉強したら?」
スズモは挑発するように言い放つ。
「……そんなに死にたいか、悪魔の子」
男の声が低くなる。
「本当は捕縛して連れ帰れって命令だったから、手加減してたが……もうやめだ」
男の身体から、先程とは比べ物にならない魔力が噴き上がる。
「我が契約せし風の王よ――今ここに顕現し、敵を切り刻め!キングシルフィード!!」
次の瞬間、緑色の髪と羽根を持ち、王冠を戴く精霊が姿を現す。
同時に、暴風が吹き荒れ、地面の砂や瓦礫が舞い上がった。
「……精霊契約? ……いいえ、違う」
スズモは男の手元を見て眉をひそめる。
「契約しているなら、召喚時に契約の印が手の甲に浮かぶはず。なのに、何も出ていない……」
男はニヤリと笑う。
「知ってるだろ?精霊にまで使える禁忌の魔法――隷属魔法をよ。それで無理やり従わせてるんだ」
「……だから死霊魔法まで知っていたのね。誰から聞いた!!」
「教える訳ねぇだろ。だが、お前が俺様の性奴隷になるなら考えてやってもいいぜ?殺しはしねぇし、長にも突き出さねぇ。どうだ?」
「……お断りよ」
スズモの声は冷え切っていた。
「誰から聞いたかは、あんたを捕らえて魔法で調べれば分かるわ」
「なら――殺せ。キングシルフィード!」
精霊の指が動くと、幾つもの竜巻が生まれ、地面を削りながらスズモに迫る。
スズモは迎撃を試みるが、竜巻は弱まる気配すら見せない。
一度距離を取り、深く息を吸う。
「……流石は風の精霊ね。魔力は温存したかったけど……仕方ない」
スズモは空間から一本の杖を取り出す。
「エルダロッド――私の願いを聞き届けて。目の前の精霊をあるべき場所へ。そして、隷属魔法を破壊して」
宝珠に軽く口づけた瞬間、杖が白く輝き、帯のような光が精霊へと伸びる。
キングシルフィードは風の障壁を張るが、帯はそれを無視して貫き、精霊を拘束した。
「何やってんだ、このポンコツ精霊が!!」
男は焦って風の魔法で帯を切ろうとするが、びくともしない。
帯がさらに白く輝くと、キングシルフィードはスズモを見つめ、次第に身体が透け、そのまま消滅した。
帯は杖へと戻る。
「何だよ、その杖!!もう一度だ! 風の王よ、顕現しろ!!」
……だが、何も起こらない。
「無駄よ。隷属魔法の元を断ったの。契約していないあんたには、もう呼び出せない」
その言葉に、男は歪んだ笑みを浮かべる。
「クソ悪魔の子が……あのナミって女もな、俺様が弟子にしてやるって言ったのに無視しやがった。だが馬鹿みたいに死んだ。俺様に魔法を教えてりゃ、魔道神の名を継げたのによ。あんな女、死んで当然だ」
――次の瞬間。
何かが男の頬を掠めた。
「……は?」
触れると、指に血が付く。
「クソ女? 馬鹿みたいに死んだ?
魔道神の名を継げた?」
スズモの声が、低く震える。
「――ナミ様を、侮辱するな」
空気が変わる。
「本気で相手してあげる。覚悟しなさい」
無数の光の矢が、先程とは比べ物にならない密度と速度で放たれる。
「ぐぁっ!? 見えねぇ、何だこの速さ!!」
相殺は間に合わず、男の体に次々と矢が突き刺さる。
男は煙幕の魔法を放ち、逃走を図る。
「無駄よ。既に光の矢でマーキングは済んでる」
逃げる男を追尾し、光の矢が足を撃ち抜く。
「あぁぁぁ!! 俺様の足が!!」
地面に転がる男の前に、スズモは静かに歩み寄る。
光の矢を放てる体勢のまま、冷たい視線を向けて――戦いは、次の局面へと進むのだった。




