16話
女の口から語られた“心臓が動いている”という言葉が、ミナの頭から離れなかった。
拘束された四肢を必死に動かす。
だが、触手はびくともしない。
「無駄よ」
女は冷ややかに言い放つ。
「魔法使いなら分かるでしょう?この触手に捕まれば、力では絶対に抜けられない」
女は踵を返した。
「このまま連れ帰って……ゆっくり遊びましょうか」
触手が命令を受け、ミナを引きずるようにして女の後を追う。
――数歩進んだ、その時だった。
「……っ」
女の歩みが止まる。
次の瞬間、胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。
「う……がぁ……」
呼吸が乱れ、声が掠れる。
「やだ……やだ……やめて……体が……気持ち悪い……」
ミナの胸がざわつく。
何が起きてるの……?
女の苦しみ方は、演技ではなかった。
まさか……
マジッククラーケンが、体の中で……?
考えを巡らせるが、拘束された状態で出来ることはない。
女の叫びは、悲鳴へと変わった。
「死にたく……ない……たすけ……て……誰か……!!」
次の瞬間。
女の体が、異様に膨れ上がった。
「――っ!?」
肉が裂け、血が飛び散る。
体の至る所から、触手が無秩序に生え始める。
膨張はやがて止まり――
「……これが、人間の体か」
発せられた声は、もはや先程の女のものではなかった。
「存外、悪くない。だが、このままでは動きにくいな」
膨れた体が、今度は不自然に縮み始める。
十本以上あった触手は体内へ戻り、最終的に――
両足と片腕だけが、触手のまま残った姿となった。
「……む?」
怪物が、眉をひそめる。
「我の触手ではない触手が混じっておるな……邪魔だ」
自身の体に巻き付いていた“元の女の触手”を引き抜き、
それを――別の触手が捕食した。
「これでよい」
怪物は周囲を見回す。
「さて……まずは、ワシをこの女に移植した者どもへの復讐か」
その瞬間。
ミナは、動いた。
拘束が一瞬、緩んだ。
変化により、触手の支配が乱れた隙だった。
風を極限まで鋭く研ぎ澄ませ、跳ぶ。
――一閃。
「……倒せた?」
女の首が、地面を転がった。
ミナは息を荒げながら着地する。
「体が変わったせいで、拘束が弱まった……
どうにか、首を……」
吐き気が込み上げる。
「……気持ち悪い……体も、口の中も……」
その時。
「……誰だ」
低い声。
転がった首が、口を開いた。
「ワシの首を落としたのは」
「……生きてる?」
ミナは愕然とする。
「なぜ……?」
「そんなことはどうでもいい」
首のない体が、触手を伸ばした。
「先に、お前を殺す」
ミナは後方へ跳び、必死に対処する。
触手は一度引き下がり、地面の首を拾い上げる。
切断面に押し当てると――肉が蠢き、首が修復された。
「さて」
首を左右に鳴らす。
「この落とし前、どう付けてもらおうか」
「……元の持ち主は?」
ミナは問いかける。
「その女は……生きてるの?」
「あぁ、生きておる」
怪物は平然と言う。
「ワシが完全に支配しているだけだ。殺そうと思えば、いつでも殺せるがな」
ミナの胸が締め付けられる。
生きてる……
なら……
この心臓を、どうにかすれば――
「考え事とは、愚かだ」
触手が一斉に襲い掛かる。
同時に、口から高圧の水流。
ミナは回避しながら、空に魔法陣を展開する。
雲が生まれ――
「これならどう!ライトニング・ボルト!!」
雷が落ちる。
直撃。
煙が晴れると、八本の触手が焦げ、炭化していた。
「……恐ろしい女よ」
怪物は呻く。
「この女の命を顧みず、ここまでの魔法を……
だが、威力を制限したな?」
ミナは答えない。
「制限しなければ、ワシを滅ぼせた。惜しいことだ」
怪物は嗤う。
「それに……魔力も、ほとんど残っておらぬだろう?」
残った二本の触手が迫る。
ミナは、微かに笑った。
「……やっぱり、残すわよね」
「何?」
「狙い通りよ」
ミナは囁く。
「――凍りなさい」
触手が、瞬時に凍結する。
氷は触手を伝い、怪物の体へ。
「なっ……!?」
完全に動きを止める。
「助けるわ」
ミナは近づく。
「動かれたら困るから、雷で触手を減らした。
理由、分かる?」
「……」
「心臓を探すためよ」
凍った体に手を当てる。
「……左肩」
風の刃が貫通する。
引き抜いた先には――
脈打つ、小さな心臓。
「やめ……ろ……」
「さようなら」
握り潰す。
次の瞬間、触手が崩れ落ちていく。
両足は人の形へ戻り、異形は消え去った。
ミナは崩れ落ちるように座り込む。
「……ここからが、本番ね」
治療魔法をかけ続ける。
――しばらくして。
女が、目を覚ました。
「……私……生きてる?」
ミナの顔が、視界に映る。
「……大丈夫」
ミナは優しく言った。
「もう、自由よ」
女は、声を上げて泣いた。
ミナはその体を抱きしめる。
ガイマ、スズモ……
もう少しだけ、待ってと。




