11話
部屋に戻ったガイマは、静かにベッドへ身を投げ出した。
天井を見つめたまま、脳裏に浮かぶのは、先ほどまでのスズモとの戦闘の光景だった。
(……俺、どうしたんだろう)
相手の動きを自然と先読みしていた自分。
気がつけば、あれほど圧倒的だったスズモと互角に近い形で打ち合っていた。
「……なんで、あそこまでやり合えたんだ……」
ぽつりと漏れた声は、静かな部屋に溶けて消える。
ミナは言っていた。
「途中でガイマは気絶していた」と。
自分には、その間の記憶がまったくない。
だが確かに、目を覚ました時には、体の奥に得体の知れない熱が残っていた。
「わからない……けど……」
拳を握りしめる。
「これで、スズモの手助けができるなら……今はそれでいい、か……」
考えがまとまらぬまま、強烈な眠気が意識を包み込み、ガイマはゆっくりと眠りに落ちていった。
一方その頃、ナミは自室の窓を開け、夜空を見上げていた。
冷たい風が頬をなで、火照った思考を少しだけ落ち着かせる。
「……ガイマ、見違えるほど強くなってた」
あの戦闘を思い出すだけで、胸がざわつく。
迷いのない踏み込み――どれも、数日前までの彼とは別人のようだった。
「気絶してる間に、どんな訓練をしたのよ……」
はっきり言ってしまえば、今のガイマは、自分よりも強い。
その事実が、ナミの胸に小さな焦りを生んでいた。
(このままだと……置いていかれる)
それだけは嫌だった。
「……私は、ガイマとずっと一緒にいたい」
無意識にこぼれた本音に、ナミ自身がはっとする。
「……なに、言ってるのよ」
顔を赤くし、首を振る。
「記憶がないことと……関係してるのかしら」
理由は分からない。
ただ、気づけばガイマのことばかり考えている。
「……考えても仕方ないわね」
ナミは窓を閉め、床に座る。
「少しでも強くなるために……瞑想して、明日に備えましょう」
そう呟き、静かに目を閉じた。
スズモは自室の机に肘をつき、酒をあおっていた。
杯を傾けるたび、苦味が喉を焼く。
「……ガイマって、一体何者なのよ」
独り言のように呟く。
ガイマだけではない。
ミナもまた、魔法を教えてから、まだ数日しか経っていないというのに、いくつもの魔法を使いこなしている。
「普通じゃない……」
特に、ガイマとの模擬戦は危険だった。
本気でなければ、こちらがやられていた可能性すらある。
「どんな訓練をしたら、あんな成長の仕方をするのよ……」
理解できない。
だが――。
「……それでも」
杯を置き、視線を落とす。
「明日は、どうにかなりそうね」
表情が引き締まる。
「領主……あなたのやっていることだけは、絶対に許さない」
そう言い残し、スズモは酒を飲み干して眠りについた。
翌朝。
三人は食事を取る場所に集まっていた。
スズモが真剣な表情で口を開く。
「昨日、いろいろ考えたんだけど……昼頃にイースタンの街に向かう予定だったわね」
一度言葉を切り、続ける。
「でも、もう少し早く出発しましょう。昨日捕縛した男から、新しい情報を聞き出せたの」
ガイマとミナは自然と姿勢を正す。
「人体実験が、まだ続いている可能性が高い。領主邸の地下に、あの洞窟に似た施設があって……そこで行われているらしいわ」
二人は顔を見合わせ、すぐにスズモを見る。
「俺は、スズモの指示に従うよ。昨日、約束したからな!」
「私も……それでいいと思うわ」
二人の答えに、スズモは小さく頷いた。
「決まりね。ここからイースタンの街までは、普通に行けば二時間ほど。でもそれじゃ遅いわ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「強化魔法を使って向かうわ。……たぶんだけど、二人とも習得できるはずよ」
ガイマが首を傾げる。
「転移魔法は使えないのか?」
「私もそれ思ったわ。転移なら、すぐ着くんじゃない?」
スズモは苦笑する。
「使えなくはない。でも転移魔法は距離が長いほど、魔力消費が激しいの。これから戦闘になる可能性が高い以上、無駄遣いは避けたい」
「なるほど……」
ガイマは納得したように頷く。
「なら、覚えた方がいいな。すぐ教えてくれ」
「……分かったわ」
こうして二人は、スズモから強化魔法の理論と実践を学び始めた。
一方その頃――
カイの居住地。
カイは水晶に手をかざし、静かに呼びかけた。
「マルクト様。ご報告があります」
水晶が淡く光り、低い声が響く。
「どうした、カイ。良い知らせか? それとも悪い知らせか?」
カイは一瞬言葉を選び、正直に告げた。
「……スズモと戦闘になりました。結果は、私の敗北です」
「何?」
声が鋭くなる。
「魔法殺しのお前が、スズモに負けただと?」
「事実です。加えて……スズモの側に、世界神に酷似した人物がいました」
「……カイマ、に似ただと?」
マルクトは沈黙し、続きを促す。
「ですが、はっきり申し上げます。私は世界神カイマと戦ったわけではありません。あくまで“似ているだけの別人”です」
カイは戦闘の経緯を、細部まで説明した。
しばらくの沈黙の後、マルクトは低く息を吐いた。
「……そうか」
そして命じる。
「カイ。お前は今、居住地にいるな? ならイースタンの街へ戻れ。スズモ達は必ずそこに現れる」
「了解しました」
「スズモの知り合いを一人、増援として送る。お前は領主の護衛に回れ。失敗は許されん」
「……承知しています」
通信が切れ、カイは水晶から手を離した。
マルクトは独り言のように呟く。
「世界神カイマに似た存在……か」
顎に手を当て、思案する。
「ダーク様に報告すべきか……いや、今はまだ保留だ」
水晶を取り、別の相手へと繋げる。
「領主。聞け」
水晶越しに現れた領主は、緊張した面持ちで応じた。
「スズモ達が、例の実験場の存在に気づいた。お前の関与も、いずれ露見するだろう」
「……」
「カイと、もう一人増援を送る。スズモを引き入れるのは不可能だ。――始末しろ」
「承知いたしました。必ずや、スズモを」
通信は切れた。
領主の館。
報告を受けた領主は、血の気の引いた顔で叫ぶ。
「衛兵に命じろ! 街を封鎖し、警備を強化しろ!」
「はっ!」
「危険人物が来ると触れ回れ。入れろと言う者がいれば、即座に始末しろ!」
さらに続ける。
「実験体を二人、衛兵の側に配置しろ。残りの二人は、この館の防衛に回せ!」
「了解しました!」
護衛が走り去ると、領主は一人、震える息を吐いた。
「……地下の“あれ”を使うべきかもしれんな」
決意を固め、地下へと続く道へ足を踏み出す。




