おむすび屋、虎さん。 第8話 炭焼きおかかと、炎の誓い
その日、屋台の近くに、煙の匂いがただよっていた。
焦げた木と、微かに甘い醤油の香り。
「……あれは、炭の匂いか?」
俺が空を見上げてつぶやくと、
ルゥナが、近くの森の方を指差した。
> 「森の外れで、小屋が燃えたって……朝の噂で聞いたよ」
火事か。
異世界に来てからも、火の恐ろしさは変わらない。
と、ふと。
屋台の前に、ひとりの少年が立っていた。
すすけた服、煤で黒くなった頬、鋭く尖った目。
だが、腕には火傷の跡。震えていた。
> 「……匂い……それ、炭……焼いたやつだろ……」
「おう。炭火焼きのおかかだ。……試してみるか?」
> 「……いらねえ」
にらみつけるように、少年は言った。
> 「オレは……火が嫌いだ。あんなもん、何もかも、燃やしやがる……」
彼は、拳をぎゅっと握りしめた。
> 「……でも……あいつが好きだったんだ……“おかか”……」
俺は静かに火をおこし、手をぬらして米をとる。
「炭火ってのはな、焼くためだけじゃない。温めるためにもある」
おかかと醤油を軽く混ぜ、網の上で焦げ目をつける。
香ばしさが立ち上る。小さな火だが、しっかりと芯がある。
それを、熱々のごはんにのせ、丁寧に包む。
> 「……“炭焼きおかかむすび”、できたぞ」
少年は無言で受け取り、しばらく動かなかった。
だが――やがて、震える手で、かじった。
一口。
そして。
> 「……あいつの手の味だ……」
その場にしゃがみ込み、少年は泣いた。
> 「姉ちゃんが……最後に作ってくれたの、これだった……」
> 「小屋が燃えて……姉ちゃんも……いなくなって……」
炎の記憶は、彼の心を焼き焦がしていた。
だが、おむすびは――その焦げ跡に、もう一度温かさを届けた。
俺は彼の隣にしゃがみ、そっと言った。
「火は、怖くてもいい。けど、全部を奪うわけじゃない」
> 「……ああ……」
少年は涙をぬぐって立ち上がる。
> 「オレ……火から逃げてた。でも……また、“焼く”ってこと、やってみたい」
その目に、今度は確かな光があった。
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炎に焼かれても、失われない記憶がある。
焦げた香りが導くのは、失った人との“約束”――
それは、もう一度生き直すための“誓い”になった。