おむすび屋、虎さん。 第4話 ツナマヨは恋の味
今日の屋台も変わらず、ルーミアの石畳の上にぽつんと立っていた。
《おむすび屋、虎さん。》
握るのは、ただの飯と具材。
だが、時としてそれは“記憶”を揺り動かす。
それを俺自身が、一番不思議に思っている。
けれど――今日も、誰かがそれを求めてやってくる。
> 「……あの……ツナマヨ、ありますか?」
声がした。
ふと顔を上げると、屋台の前にはフード付きのマントをかぶった少女が立っていた。
> 「……あの、ツナとマヨネーズが混ざった……あれ……ありますか……?」
小さな声。どこか緊張したような口調。
顔はマントでよく見えないが、背丈や声の感じからすると、十代半ばか。
「あるよ。たまたま今日の袋に、ツナ缶とマヨネーズが入ってた」
俺がそう答えると、少女は少しだけほっとしたようにうなずいた。
火を起こし、炊き立ての米に手をつける。
塩をひとつまみ。ツナマヨを中に包み、ふんわりと握る。
> 「……できた。“ツナマヨおむすび”」
少女は、両手でそれをそっと受け取ると、小さな口でかじった。
ひとくち。ふたくち。
そのとき、彼女の肩が震えた。
> 「……やっぱり……同じ味……」
マントの奥から、涙のしずくがこぼれた。
> 「あの人が……私に初めてくれた、おむすび……これ、だったんです……」
> 「“ツナマヨだよ。子どもはみんな、これが好きなんだ”って……私、泣いてたのに……」
> 「その時……初めて、“家族になりたい”って思ったのに……」
言葉の途中で、少女の声が途切れた。
その後は何も言わず、残りのおむすびをゆっくりと食べ終えた。
ルゥナがそっと、彼女の傍に立つ。
> 「……また、来る?」
少女は小さくうなずいた。
> 「……来ても、いいですか……?」
「もちろん」
俺は答える。理由は要らなかった。
ここは《おむすび屋、虎さん。》
記憶と心を、そっと包む場所だ。
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ツナとマヨのやさしい甘さ。
小さな出会いと、小さな恋の、始まりの味。
それはきっと、何度でも思い出してしまう“あの時”の記憶。