おむすび屋、虎さん。 第3話 泣き虫神官と、梅干しの祈り
昼下がりのルーミア神殿前。
白い石畳の広場に、今日も俺の屋台は店を出している。
《おむすび屋、虎さん。》
記憶をなくした俺が、この街で開いた屋台だ。
塩むすび。焼き鮭。ときどき梅干し。
おむすびを握るたび、誰かの“記憶”が、ふっとよみがえる。
> 「……あの、おむすび、ください……」
静かに差し出された手。
顔を上げると、目の赤い青年が立っていた。
神官服を着ているが、まだ若い。十代の後半くらいか。
> 「……なにがいい?」
> 「……梅干し……あれば、それを……」
青年の声はかすれていた。
何かに怯えるような目。痩せた頬。
まるで、心がどこかに置き去りになっているようだった。
「あるよ。たまたま今日、袋に入ってた」
俺は例の収納袋から、梅干しの小瓶を取り出す。
カリッとした昔ながらのやつだ。酸っぱさがしっかり効いていそうだ。
炊き立ての米を取り、手に塩を少しなじませる。
ふっくらと丸く。中心に梅干しをひとつ――。
> 「できたよ。“梅干しおむすび”」
青年は小さく頭を下げ、そっとそれを受け取ると、ひとくち口にした。
ふたくち目をかじった時、彼の肩がビクリと揺れた。
そして、静かに泣き出した。
> 「……お母さんが、つくってくれてた……。僕が泣いてるとき……いっつも、これ……」
握るのは下手くそで、かたちもいびつ。
でも、すごくあったかかった、と彼は言った。
> 「……僕、ずっと……思い出せなくて……。お母さんの顔、忘れてたのに……」
> 「おむすびの味で、全部、戻ってきた……気がする……」
白い神官服の胸に、ぽつりぽつりと涙が染みていく。
それを見ながら、ルゥナがぽそっと呟いた。
> 「……いい匂いだね。梅干しの匂いって、ちょっとだけ、懐かしい」
俺はその言葉に頷きながら、新しい米を研ぎ始める。
今日もまた、誰かの記憶を――
この手で、握るために。