おむすび屋、虎さん。 第2話 焼き鮭と、剣士の面影
昼下がりのルーミアの街角に、煙がひと筋、ゆらりと上がっていた。
屋台《おむすび屋、虎さん。》。
俺――虎さんは、今日も米を研ぎ、薪を組んで飯を炊いていた。
> 「炊き上がり、よしっと……」
ふたを開けた瞬間に立ち昇る湯気と、ふわりと鼻をくすぐる米の甘い香り。
火加減も、水加減も、ぴたりと決まっていた。
(……やっぱり、俺、料理ができるんだな)
相変わらず自分の名前も過去も思い出せないが、体は覚えている。
料理だけは、裏切らない。
> 「虎さん、あの人……ちょっと、変」
ルゥナの声で振り返ると、屋台の前にひとりの男が立っていた。
旅装束に剣を背負い、肩から腕にかけて包帯が巻かれている。
顔には無精髭。目元に深い疲れと焦りの色。
> 「……あんたが“握る”って話、ホントか?」
「……まあ、試してみてくれ。結果は食ってみてからだ」
男は黙って財布を出し、数枚の銀貨を置いた。
> 「……焼き鮭、あるか?」
「あるよ。今日はたまたま、袋の中に入ってた」
俺は謎の収納袋の中から鮭の切り身を取り出し、炙り始める。
ジュウ、と脂がはじける音が心地いい。
火が通ったところで、骨を取り、炊き立ての米に包む。
塩をほんの少し。
にぎり、にぎり――はい、完成。
> 「……握ったぜ。“焼き鮭おむすび”」
男はそれを黙って受け取ると、ひと口かじった。
ふた口目で、顔がぴくりと動く。
そして、三口目。
> 「……っ」
男の手が震えた。
肩が小さく揺れる。
> 「……妹が……握ってくれた、んだ……最後に……」
> 「出立の朝、これと同じ“焼き鮭のおにぎり”を……」
彼の目から、ぽたりと涙が落ちた。
止めようともしない。胸元の布に、音もなく染みていく。
ルゥナが、そっと小声で言う。
> 「……この街に来た人は、みんな何かを“忘れてる”。
虎さんのおむすびは、思い出させてくれるんだね」
俺は返す言葉を持たなかった。
ただ、温かな飯を、今日も丁寧に握る。
誰かの、心に触れるように。
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焼き鮭の香ばしさが、遠い記憶を呼び戻す。
あの日交わした約束も、言えなかった言葉も。
おむすび一つで、それはふと蘇るのだ――。