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色狂い中佐と拷問伍長  作者: 香月 藍
〜第一章〜 夢見月の福音
9/10

第8話 迫る宣告

 軍用地下監獄は脱獄防止と警備を重視した、1つの通路に檻がずらりと並んだシンプルな構造となっている。故にその距離が果てしなく長い。その上、佐伯を取り囲む看守達が手にするランタンと天井に設置された古びた灯りのみが光源のため、先がどこまで続いているのかは伺うことが出来なかった。

 手錠を引かれるまま歩く佐伯の胸中には依然、死の恐怖は存在しない。だが、宣告の瞬間に自身がどんな反応をするのかには興味があった。咽び泣き、迫る死に怯えるのか。はたまた今と変わらないまま首を吊られて呆気なく死に絶えるのか。

 彼が今までに見送った者達は既に数十を超えていた。死にゆく者達は戦場でも監獄でも皆一様で、「死にたくない」と咽び泣き、過去の罪を懺悔し祈りと赦しを乞う。自分も()()なるのが俄かに信じ難かった。

 目前へと迫る結末を想像していると、思いの外早く通路の果てが見えてきた。

 最果てに佇むのは一機の寂れたエレベーター。薄暗い中でさえ、その見窄(みすぼ)らしい様相が伺えるため相当の年季が入っているのだろう。最初に少尉、その後ろに兵長、そして佐伯が押し込まれるような形で乗り込むとゆっくり扉が閉められる。他の看守達はここまでの護送が役目のようで敬礼をしながら3人を見送った。

 ――喧しい機械音に満たされた小さな箱が上昇すること数十秒。

 目的階に到着したエレベーターはガタン、と一度大きく揺れて静止する。軋む音を響かせて開く扉の隙間から眩い陽光が一気に差し込む。その煌々とした光は長らく人口光しか見ていない佐伯の目を痛いほどに突き刺して白く眩ませた。

 

 「…………っ」


 脳にまで突き抜ける鋭い痛みに目を閉じ、光源から顔を背ける。

 刺すような痛みは依然として続くが少尉と兵長は待ってなどくれない。「さっさと歩け」と手錠を強く引っ張られ、渋々歩き出す。

 エレベーターから出た佐伯の眼前に広がるのは太陽の光が差し込む地上の世界。木造建築特有の柔らかな()()が鼻腔を通り抜ける。世界の彩度の高さに佐伯は思わず目を見開いた。

 呆気に取られているといつの間にか頭痛は消え去っていた。

 長いこと地下に収監されていた彼は地上も大して変わらないと過去の記憶を軽視していた。だが、カビ臭さも湿り気もない世界は思っていた以上に新鮮なものとして写ったのだ。

 

 *

 

 「分隊長殿!失礼致します!」


 連れられたのは地下牢獄の運営や監視を担う監獄統制分隊の分隊長執務室。

 どうやらここで処遇が告げられるようだ。

 丁寧なノックと元気な声を少尉が響かせてから入室する。室内には体格の良い壮年の男性が重厚感ある革張りの椅子に座っている。

 堂々たる雰囲気を纏うこの男こそ監獄統制分隊の分隊長だ。

 

 「ご苦労だ少尉。君はいつも仕事が早くて助かるよ。もう下がってくれて構わない」


 目尻を下げ、穏やかな笑顔を向けながら少尉を労る分隊長。すると一瞬にして少尉の表情がぱあっと明るくなる。褒められたことが相当嬉しかったようだ。


 「は!お褒めに預かり光栄であります!失礼致します!」

 

 上がった口角が元に戻せないまま彼は部屋を後にした。閉められた扉の向こうから陽気な鼻歌が聞こえてくる。

 兵長は佐伯の手錠に付けられた縄を持っているため退出することなく、数歩後ろで気配を消しながら控えていた。


 「……では、本題に入ろう。佐伯 右京、貴官の今後が決まった」


 退出した少尉の足音が遠かったことを確認した分隊長の顔からは笑顔が消え去り、厳格な面持ちへと変わる。

 囚人と対峙する時の表情なのだろう。


 「…………」


 告げられた言葉に返答する必要性を感じなかった佐伯は表情を変えず、静かに次の言葉を待つ。

 分隊長は今まで相対した囚人達とはかけ離れた静謐な出立ちの彼に不気味さを感じていた。

 監獄統制分隊長の職務は大きく分けて2つ。

 1つ目は監獄統制分隊に所属する軍人達の指揮や管理。

 2つ目が囚人の()()()を決定辞令に基づき告げること。こちらが主な仕事であり、責任も重圧も大きく伴ってくる。決定事例の内容は様々で、刑期満了に伴う出所から死刑執行を命じるものまで幅が広い。

 任期満了を伝える際の精神的負担は軽いが処分を言い渡した際はそうもいかない。唐突に告げられた死の宣告に気絶をしたり、精神錯乱を起こして数人がかりで医務室へ連れて行かれたり。加えて、宣告者である分隊長へ最後の抵抗と言わんばかりに罵詈雑言を浴びせる者も少なくない。

 そんな心労の絶えない役割を任されてかれこれ5年経過する分隊長にとって彼の反応は初めてのものだった。

 所属部隊27名を殺害し永年禁固刑を言い渡された佐伯は処分される可能性の方が圧倒的に高いことは本人が一番よく理解しているだろう。それなのに何故、顔色を全く変えずに立ち続けられるのか不思議でならなかった。


 「貴官はこれから私が何を話すのか、怖くないのか?」

 「……特に、何も感じません」

 

 ほんの少し間を置いて発された回答が嘘や見栄でないことをすぐに見抜いた分隊長。彼の目の前には今までに数多の軍人が連れて来られてきた。最早、全員を記憶しているとは断言出来ない。だが、その朧げな記憶の中でも佐伯のような人間と対峙したことは初めてだと自信を持って言えた。


 「驚いた。では、今も死の恐怖を感じていないのか?」

 

 続けて分隊長は矢継ぎ早に質問を投げかける。最早、彼に対する好奇心や興味が抑えられなくなっていたのだ。

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