第11話 港に集う者達
夜も深まった現在は23時。迫る決戦の時――。
華閣と佐伯は小一時間ほど倉庫やコンテナを見回った後、指示通り通用口外で待機していた。
周辺に動きはなく静寂に満ちていた。
――やはり白髪は目立つな……。
年季の入る廃れた窓ガラスに映る自身が目に留まる。
今日は天候も良く満月。青白い月明かりによって照らされる白髪は奇抜そのものだった。
「伍長、いかがされました?」
神妙な面持ちでガラスを見つめる佐伯へ心配そうに声をかける。
「あ……いえ、やはり白髪は目立つなと思いまして」
完全に自分の世界へ没入していた佐伯は狼狽する。
長きに渡る収監生活で外見の重要性を失念していた。このままでは隣の上官も奇異の目を向けられるかもしれない。
「軍務に支障が出るかもしれません。後日、髪を染めてきます」
その上、特徴的な見た目は敵に面が割れやすいという大きな問題も孕んでいる。
佐伯は短時間ながら色々と思案した上で染めると伝えた。
「あら?染めてしまうのですか?」
だが、その提案に対し華閣は驚いた反応を見せるとそのまま考え込んでしまう。
予想外の反応を示す上官をじっと伺う。
「……私は、黒髪の伍長も白髪の伍長もとても素敵だと思いますよ」
なんてことないように伝えられたその言葉。
それが佐伯の心を柔らかくくすぐった。
――まるで、見てきたように話すお方だ。
思わず口元がふっと綻ぶ。それを見てすぐ「勿論、本人の意思が1番です」と彼女は慌てて手を振る。
心がじわりと溶かされていくのを佐伯は実感する。
冷えた心が今日一日で随分と揺れ動かされた。
その胸中に言葉では形容できない感情が芽生えていることにはまだ、気づかない――。
*
「――何か、来ましたね……」
穏やかな時間が流れる中、華閣が何かの気配を察知しさっと身を屈めて声を顰める。
佐伯も壁に身を寄せて耳を澄ませた。同時に手に持つアサルトライフルのセーフティを〝AUTO〟へ解除する。腰には戦時中からの相棒である日本刀、マガジンのストックも多めに持ち出してきたため準備は万全。
――中佐殿は本当に拳銃とマチェットで戦うつもりか……。
上官が戦時中から愛用している武器は軍人の装備としては異質。
拳銃は夜戦も想定した漆黒の大型モデル。
マチェットは直線的な細身の刃渡り35センチ。それ自体は本来の用途である野営用として佐伯も戦時中幾度かお目にかかったことがあるが、戦闘に有用している軍人は初めてだった。
――それで戦闘を切り抜けて来たとなると……相当な技術の持ち主なのは確かだ。
数時間前――車に積み込んだ品々を前に各々が自身の装備を見繕った。その時に上官の装備に対する不安を吐露していた。「本当にそれで戦うつもりですか?」と。しかし――。
「えぇ、勿論。意外と使いやすいのですよ。これに関しては戦いを経て信頼して頂ければ――」
彼女は気分を害することも一蹴することなく穏やかに答え、ついでにと得意げにマチェットをくるんと片手で回していた。
――そういう問題じゃない気もするが……。
その会話で不安が拭えたわけではない。だが、この話題を再度掘り返す猶予は残されていなかった。
「――伍長、あちらを」
不安を押し込み華閣が指差す方向へと目を向けた。
青白い月明かりのみの世界でも問題なく様子を伺える。佐伯は夜目が効いて良かったと心底安堵した。
「同車種のワンボックスカー2台、あれが密輸組織……?」
「えぇ、おそらく」
2人はそのまま息を潜めてじっと様子を伺う。10人程乗車可能な車種。単純計算で最大20人乗車している可能性を考慮すると中々派手な戦闘になりそうだ。
「ふふ、意外と大所帯ですね」
連続射撃可能なライフルや大型の銃を握る覆面姿の人間が続々と降車する。華閣は降りてくる人数を目視で数えつつ、呆れたような面白がるような笑いを零した。
その後何かに気づいたのか「あら?」小さく声を上げた。
「あの方々、仰々しい装備の割にラフな服装ですね」
華閣の言う通り標的は顔こそ覆面で面割れしないよう対策が取られているが、Tシャツにジーパンもしくは膝丈のハーフズボンなど戦闘に不向きな服装で赴いていた。
「言われてみると……それに銃の扱いや動きが少々ぎこちないですね」
佐伯も彼女の意見に賛同した上でさらに違和感を掴む。周囲の状況を確認することは重要だがあまりにも挙動不審に辺りを見回していた。しかし、銃口はずっと下を向いており握っているだけのお荷物。
その条件で華閣が導き出した答えは――。
「〝雇われ〟……でしょうか?」
「では、彼等は組織直属の部下ではないと?」
佐伯の問いに華閣は1つ頷く。
〝雇われ〟とは浮浪者や金のない若者を大金で引き寄せ、麻薬売買や密輸、そして戦闘員として雇われた人間のこと。
事前に密輸計画が露見し軍の介入が予想されるこの状況。全面衝突して組織の人員を削られるのであれば適当に雇った人間を取引に向かわせて捨て駒にしよう、というのが組織の魂胆なのだろう。
――素人は予期せぬ動きをするから戦いづらい……。
佐伯は戦時中現地民と戦闘になったことを思い出す。戦闘訓練を受けていない一般人は軍人の想像を超える行動に踏み切ることも往々にしてあり、精神的疲弊の大きい一戦であった。
「彼等が倉庫へ入ろうとしていますね」
雇われであれ流石に仕事内容は理解しているようだ。無数の倉庫か並ぶ帝都港でも迷うことなく第一倉庫へと向かって行く。
「では、私達も行きましょうか」
華閣は立ち上がると通用口のドアノブへと手を伸ばす。自分達は外で待機であったのに何故。
「湾岸警備隊からの指示は外での待機では?」
佐伯の問いに華閣は返答せず、レイドジャケットのポケットに入れられていた小型のデバイスを誇らしげに見せる。
「コンテナへ近づかなければ、この愉快な保険を発動できません、行きましょう」
「どうせ多人数で戦闘になれば湾岸警備隊では太刀打ちできませんよ」と付け加えて扉を開けた。上官の意見は至極当たり前で、部下たる自分は彼女に付き従わなければいけない義務がある。
「あ、あと〝中佐殿〟ではなく〝中佐〟で結構ですよ。気さくに接して下さいね」
そう言いながら倉庫の中へ足を踏み入れる華閣の顔は口元を綻ばせ意気揚々としていた。




