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星霜ノーブルディール  作者: 香月 藍
〜第一章〜 幾星霜の幕開け
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第10話 死の迫る戦略

 「――なんだアンタら、まだ帰ってなかったのか」


 大きな溜息を吐いたのは湾岸警備隊指揮官。鬱陶しそうなその目線は目の前の男女へと向いている。


 「〝帰る〟などとは一度も申しておりませんよ。大佐殿」


 「夕方のは戦略的撤退です」愉快そうに笑いかける華閣は夜戦用の黒いレイドジャケットへと着替えていた。隣で静かに佇む佐伯も同じレイドジャケットを着ている。

 夜も更けた宵闇の時間。装備を整えた華閣と佐伯は帝都港付近で待機していた湾岸警備隊へ押しかけていたのだ。


 「憲兵の手を煩わせるほどじゃない。さっさと帝都へ戻って優雅に見回りしていれば良いものの……相当な好き者だな」


 2人を追い返したいと反発する口調は相変わらずだったが、どこか諦めているようにも感じる。それを好機だと察した華閣はさらに後押しする。


 「こちらも湾岸警備隊の後始末の手伝いをするつもりはございません……しかし、手勢は必要でしょう?」


 言葉の節々に棘を纏わせながら全てを見透かしたような物言い。夕方なら指揮官の逆鱗に触れて口論に発展したかもしれない。だが、今は違う。彼等は決戦を前にようやく自分達が絶体絶命の窮地に立たされていることを肌で感じていた。装備も皆お揃いの軍刀に標準装備の歩兵銃。負け戦なのは明白。

 体裁を考えれば2人の応援要請を突っぱねたい。しかし、()()をしてしまえば嬲り殺しにされる確率が高まるだけ。

 指揮官の答えは既に決まっているようなものだった。


 「…………帝都港周辺の地図は頭に入っているか?」


 長い沈黙の後、指揮官は重い口を開く。華閣はその決断を嘲笑うことはせず「勿論です」と頷いた。


 「取引場所とされる帝都港第一倉庫に()()()を用意している。食い付きを良くするためだ」

 「撒き餌……ですか?」


 華閣は聞き慣れない言葉に首を傾げる。佐伯も同様に脳内で撒き餌が指すものを思案していた。


 「我が隊の潜入作戦時、唯一奪取に成功したコンテナ1基。中身は奴等が後生大事にしていた武器だ」

 「武器類で?押収された武器を再度奪おうなど、あまり考えないと思いますが……」


 指揮官の話を聞き、彼女はその作戦に意義を唱えた。第一、押収された武器が本部へ輸送されることなく現場に置き去りなど彼等とて考えないだろう。その点をどう考えているのか――。


 「ただの武器じゃない。コンテナの武器は密輸相手である外国船舶に引き渡す謂わば商品だ」


 武器は信頼のある新日本帝国製かつ最新鋭の品が隙間なく詰め込まれていると語った。それを聞いた瞬間、華閣の顔が険しいものへと変貌する。

 

 「なっ!何故そのような危険な代物を餌にするのですか!」


 常軌を逸した作戦に思わず声を荒げてしまう。だが、指揮官は気にも留めていない。


 ――それに武器類だと……仮に奪い返され、その場で使われたらどうするつもりなのか……。


 佐伯が身を置いていた戦場にも彼のように損失や弊害を勘定に入れず無茶な作戦を立案する馬鹿は存在した。そのため彼女のように大きく顔を歪ませることなくただ呆れていた。そのような人種は戦場でとうに淘汰されたと思っていたのに。


「我々は()()対戦に勝利した陸軍だ。戦争を乗り越えた戦闘技術戦闘がある……負けはありえない」


 そう語る目には一寸の曇りもなかった。ちぐはくな思考に侵された哀れな指揮官。敗北も死も眼前まで迫っているのにも関わらず()()が勝利したから自身も勝てる筈というのは単なる夢物語でしかない。

 しかし、彼等はそれが真実だと信じてやまない。


 「貴官らは戦争へ出兵したと聞いている……もしや噂に聞く「戦争経験の無い軍人は軍人に在らず」などといった差別的思想をお持ちかな?」


 華閣が閉口したことに余程の優越感を得たのか勝ったと言わんばかりの口調とともに少女を鼻で笑った。

 終戦から6年が経過した今、陸軍は戦争経験者3割・未経験者7割が混在する形で日々の軍務にあたっている。中には経験者が非経験者をこき下ろすような発言をする者も一定数存在するのだ。


 「……かしこまりました。あくまで私達は湾岸警備隊の補助、作戦に意義を唱えるようなことは今後致しません」


 長い溜息を吐いた後、華閣は湾岸警備隊立案の作戦に乗ることを了承した。指揮官は鬼の首を取った顔で笑う。


「殊勝な心がけだ。両名は第一倉庫の従業員通用口で待機してくれ。我々が取り逃がした対象の捕縛を」


 従業員通用口は倉庫入口の真反対に位置する場所だった。憲兵2人を現場から遠ざけたいという思惑が見え隠れしている配置。


 「かしこまりました。ですがその前に大佐殿、1つご相談が」

 「ん?なんだ?」


 彼女が珍しく従順にで聞いたため、指揮官も聞く耳を持ったようだ。


 「密輸の取引が深夜0時ですよね?その前に一度、倉庫とコンテナを見させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 敵対勢力との戦闘が予想されている今回の事件。事前に現場(フィールド)を見たいという考えは軍務に臨む人間として至極真っ当なもの。しかし、指揮官は彼女の要請に訝しげな表情を見せたまますぐに快諾はしない。その後「貴官らは従業員通用口に張り付いていれば良い」と提案を突っぱねた。


 「念には念を、ですよ。湾岸警備隊にご迷惑をおかけするつもりはございません」


 穏やかに笑いかける華閣。しかし、指揮官の眉間の皺が解かれることはない。

 すると遠くから「大佐殿、作戦のことでご質問が……」指揮官を呼ぶ声が聞こえた。少し離れた先に若い隊員が不安そうな顔をして会話が終わるのを伺っていた。

 

 「……見るだけなら構わん。だが、手短にな」


 これ以上時間を割くのが惜しいと根負けした指揮官から了承を得ることができた華閣は笑顔を浮かべていた。

 

 「ありがとうございます、大佐殿」


 頭を下げて感謝を意を示すと「伍長、行きましょうか」と歩き出す。そのまま彼女についていく佐伯。


 ――倉庫の方角とは違う気がするが……?


 向かう方角はむしろ倉庫とは逆方向。既に指揮官は2人に背を向け、隊員と話し込んでいるため何処へ行こうが怪しまれることはない。しかし、何処へ行くのだろうか――。


 「中佐殿、一体どちらへ?」

 「一旦車へ戻るだけですよ」


 「もう少し()()()を持って来たいと思いまして」と語る上官。その言葉を聞き、嫌な予感が足元から忍び寄ってくる。彼女は何かを企んでいる、と。


 「倉庫かコンテナに何か細工をするつもりで?」

 「とんでもない、ただの()()ですよ」


 佐伯の推測にくすくすと笑いを溢す上官。彼女は先程指揮官に向けた笑顔とは違う、彼等を見下し嘲笑うような不敵な笑みを浮かべていた。


 「保険が発動するかは彼等の働き次第……戦場を生きたことない軍人のお手並み拝見と行きましょうか」

次回更新は12月25日(木)です。

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