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色狂い中佐と拷問伍長  作者: 香月 藍
〜序章〜 Pilgrim
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崩壊と大戦の果てに

 2120年――世界は5度目の大戦を経ても尚、終わりなき争いの渦中にいた。

 

 戦いの歴史は遡ること約100年前。

 かろうじて均衡を保っていた世界経済や国交が急激に悪化の一途を辿り始めたことが全ての始まりである。

 不穏な思惑が漂い始めると、長らく危うい状態が続いていたEUも瞬く間に崩壊した。

 崩壊を皮切りに足並みが揃わなくなる欧州諸国。その余波は恐ろしい勢いで世界中へ波及した。

 国際秩序はたちまち瓦解し、各国の利害が激しく衝突する。

 〝自国の利益を最優先に資源や領土を確保すべき〟と叫ばれだした頃、過去に例を見ない規模の大戦が勃発。

 ――第三次世界大戦。

 最新鋭の兵器だけではなく電磁パルス爆弾、核爆弾――大量破壊兵器も惜しむことなく投入された結果、戦火により焼き払われた土地は地球上の約4割にまで上った。

 無数の小国は消滅。見捨てられた多くの土地は復興にかかる人員や資金などあるはずもなく荒地と化した。

 かろうじて国家の崩壊を免れた国も100年単位で文化や技術が後退。戦火の爪痕に苦しみ続けることとなる。

 

 極東の島国――日本は軍隊を持たぬ国として戦闘機や航空機、食料などを輸出し同盟国への支援を表明した。軍需産業により冷え切っていた経済に回復の兆しを見せた。しかし、一時的なもので終わり更に景気は悪化していくこととなる。

 また、景気だけではなく、諸外国との国交断絶に景気悪化、人口減少などが重なり、後世で〝厳冬(げんとう)の時代〟と語られる厳しい情勢下での生活を強いられることとなった。

 厳冬の時代に生じた歴史的転換点は大きく2つ。

 

 〝新日本帝国〟の誕生と貴族制度の復活。

 対立が激化する国際情勢に牽制すべく先進諸国が打ち出したのは自軍の拡充と兵力強化のいわゆる軍拡。

 欧州諸国から始まった軍拡競争の波は日本へも時を移さず押し寄せる。政府は軍隊整備に向けて舵を切ることとなり、この決断は歴史的分水嶺となった。

 諸外国は大々的な軍改革の予兆を察知し、非難をしたり経済制裁を下そうと企てる国も現れる。しかし、所詮は戦後の処理に追われる中で繰り出した片手間の妨害策。大した足止めにもならず、改革は断行される。

 初めに近現代で施行していた帝国主義の再興を決断。可決と同時に軍隊の再成立も決定し〝自衛隊〟は〝新日本帝国軍〟へ名称と組織体制を一新した。

 国名も変更され〝日本国〟は地図から消滅し〝新日本帝国〟が誕生。

 現在は純然たる軍国主義国家となっている。

 その後、立て続けに開戦する第四次、第五次世界大戦に新日本帝国は参戦。

 新日本帝国は直前まで参戦するか否かで苦悩していた。だが、軍隊を保有する国となった以上、参戦しないという選択肢は同盟国が許さない。痛ましい敗戦の記憶と国民の猛反対がありながらも参戦を余儀なくされた。

 参戦するのであれば敗戦は許されない。

 二度と敗者の屈辱を噛み締めはしない。

 その信念は国民誰もが同じ思いであった。

 新たな一歩を踏み出した新日本帝国軍は、まず兵力増強を最優先目標とし、あらゆる手段を講じて人をかき集めた。

 志願者はもちろん、暴力団員から浮浪者、果てには孤児などなりふり構わず〝武器を握り走れる者〟のみを条件として徴兵し、敵軍を圧倒的に凌駕する兵力を確保することに成功した。

 そして第三次世界大戦の影響で衛星やドローン、人工知能といった技術が失われ、人間に代わり戦闘を行う手段を持たない世界。

 各国が失われた輝かしい科学を駆使した戦闘技術を取り戻すことに画策する中、帝国陸軍は〝前時代的な戦争の勝利方法〟として歩兵戦が主体の作戦と指揮を一早く打ち出す。

 歩兵戦という超近距離での戦い。

 数え切れないほどの兵が波のように押し寄せるその様相は敵軍の士気を大きく削り、目前に迫る死は混乱を生じさせる。また、意表を突く戦闘に対応できる部隊も少なく、開戦当初から各方面で勝利を収めた。

 海軍、空軍は本土決戦を回避するべく敵軍を待ち構える作戦の下、侵攻する艦隊と戦闘機を徹底的に打ち破っていた。

 結果、広範囲に渡る歩兵戦の影響で多数の戦死者を出しながらも大戦に勝利。

 戦勝国として多額の賠償金と南下の領土を獲得。

 それを糧に低迷し伸び悩んでいた経済を瞬く間に回復させた。

 この歴史的勝利が〝厳冬の時代〟を脱するに至る大きな転機となる。

 奇跡的な経済の回復に国民の意見も一変。

 今や参戦を決意した軍上層部や議員たちを英雄視しているのだ。

 

 次に貴族制度の復活。これが国内の文化から生活様式に至る全てを大きく変貌させる。

 貴族は帝国主義へと舵を切った新日本帝国を統治する帝とその血族――〝藤宮(とうぐう)〟の側で政や公務を支える近臣となる者。同時に目紛しく変化する国政の柱となり国民を牽引し模範となる存在として再編された。

 無論、国民の中にはこれを〝差別への助長〟と捉える者も多く撤廃の声も挙がり、各地でデモ活動が発生する事態にまで発展した。だが、政府は知らぬ存ぜぬで押し通し可決。遺恨の残る中で貴族と平民という法の元に線引きされた営みが始まることとなる。

 貴族制度が開始されてからわずか数ヶ月。格差のある世の常なのか貴族の中には模範とは到底言い難い、贅を極めた振る舞いをする者が次第に現れ始める。

 毎夜毎夜、夜会に講じる者や煌びやかな宝飾品を身にまとい街を闊歩する者。

 優雅な生活を送る貴族と慎ましやかに暮らす平民。

 かけ離れた生活水準に対して不平不満を日々募らせた平民は政府と貴族への不信感が高まっていた。

 言うまでもないが貴族の中にも横柄な振る舞いをする者、役割を堅実に果たす者がいる。しかし、多くの平民は両者を区別せず手当たり次第に批判する者も多い。そんな平民を見下す者が新たに現れる。

 両者の間に奔る溝は更に深まるばかり。

 そればかりか貴族同士や庶民同士でさえも自分だけが他者より優位に立とうとして貶め合い、蹴落とし合っているのだ。

 大戦に勝利し厳冬の時代を乗り越えた新日本帝国。だが、本当の春の訪れには程遠い。


 ――これは、そんな世界で失われたものを取り返すため人生という旅路を奔走する物語。

 ――これは、何も持たない男と全てを奪われた少女の物語。

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