-4- 偶像が歌う絵空事(1)
ブリンガーの更新試験の筆記テストに合格した早見と矢崎。
実技テストは別日の開催ということで、2人のスケジュールを調整するため、羽ケ崎がカレンダーのアプリを開いていると携帯に着信が来た。
「はい、羽ケ崎です」
『お疲れ様、羽ケ崎くん。今周りに人いる?』
「ちょっと場所変えます」
電話相手は四宮局長、羽ケ崎は三島に目配せして2階へ上って普段会議室として利用している空き部屋に入った。
「どうされました?」
『ちょっと厄介な案件が回ってきてね...2週間後の週末に大きなイベントがあるのは知ってるかな?』
「知らないですね...」
『まあ、羽ケ崎くんこういうの興味なさそうだし...そうだとは思ったけど』
四宮局長はそう言いながらメールでイベントのポスター画像を送ってきた。
ネット上で配信活動を行なっている人や、地下アイドルなどが出演するイベントで、展示や出店、特設ステージでは3日間アイドルがライブを行なうというイベント内容だった。
「大規模ですね。3年前のテロ事件以降行われるイベントでは最大規模では?」
3年前のテロ事件以降、国内で行われるイベントは大幅に縮小を余儀なくされ、体制が整ってきた今初めて認可された大規模イベント...今後徐々に大きなイベントの復活を視野に入れた第1歩として注目されているイベントであるが――
『だから警察としてもこのイベント成功してもらわないといけない...元々警備に入る予定だったけど、厄介なことがあってね...殺害予告が届いたらしいんだ』
個人の能力一つで会場全体が凶器になりかねない大規模なイベントでは、殺害予告等で安全確保に懸念がある場合即座に延期または中止となるが、今回はそう出来ない事情も存在している。
1つ目はこのイベントは今後行われる大きなイベントを復活させるための最初の1歩...この規模でのイベント開催が難しくなればイベント縮小で大きく打撃を受けた娯楽関係の事業がまた大きく衰退することになりかねない。
そしてもう1つは――
『ネット配信で活動している人達ってかつてない程の影響力を持っている。3年前のテロ事件からイベントとか、野外での楽しみがなくなった分、国民の娯楽はネットに移行せざる終えなかった。そんな中で人気を集めた活動者は絶大な人気と信頼を得ている...発言1つでまた混乱が起こることは目に見えてるんだよ』
そして今回出演する人の中で様々な問題に対して過激な発言でバッサリ切る配信が特徴的な「rasa」という配信者がおり、その人が殺害予告を受けている。
『所属事務所主催のイベントだし、普段の配信内容からも恨みを買われても仕方ないから...殺害予告としても重く受け止めている感じではなさそうなんだ。むしろ配信で煽っていることも多いし、そんなんでイベントは絶対中止にさせないと言ってるから中々ね』
「厄介ですね」
仮に警察からの要請で中止になったとなれば、彼はきっとその内容などを配信に晒し憤りを露わにいるだろう、すると避難は殺到するだけでなく、他イベントでも脅迫が有効だと示してしまう。
『潜在的なリスクはあるものの、決行せざる負えない状態ではある。正直事務所側がもう少しまともに対応してくれればいいのだが、日程変更や中止の打診は都度しているが却下されている状態だ。こちらとしては出来ることはやるしかない』
「第6班も警備に参加ということでよろしいでしょうか?」
『まだ確定ではないけど、そうなる可能性が高いとだけ伝えておくよ。今回は事前に知らせたかったのと、君の意見も聞きたくてね』
「意見...」
羽ケ崎は少し考えた。
確かに今回の背景からすると、イベントが成功するようにするしかないということは分かる。
だが、事務所は何故ここまでリスクを背負ってイベントを強行するのか...その部分が腑に落ちない部分が大きい。
「四宮局長、一つ提案ですが――」
羽ケ崎は懸念を払拭するため四宮局長にあることを伝えた。
すると、彼は納得したように答えた。
『手配はするが、本番までには間に合わないからそのまま行ってもらうことにはなるよ』
「構いません、詳細が決定しましたらメンバーにも伝えて全員で向かいますので」
『頼んだ、ではまた』
電話を終えた羽ケ崎は大きくため息をついた。
彼女の感が言っている途轍もなく面倒事が近々待っていると。
※※※
数日後、市立第2南高校――早見が通う高校であり、本日は中間テストの結果発表の日である。
支給されている端末にテスト結果と間違った部分の解答が表示される。それを確認し順番に担任と面談し次の目標設定をするという流れだが――
「ぐはーーダメだった...」
お昼休み、早見のクラスメイトのリカは頭を抱えたまま机に倒れ込むように沈んだ。
お小遣いアップが掛かっていた彼女にとって今回の試験はチャンスであったが...どうやら目標に届かなかったらしい。
「りかっち元気だせーほら、玉子焼き食うか?」
小柄で大きな耳と尻尾が生えている生徒シマコがリカの口に玉子焼きを押し込み、その光景を携帯を触りながら鼻で笑っている長い黒髪が特徴的なザ・ギャルと言った容姿のソラ...この3人が早見が学校で一緒に行動している友達だ。
「静はどうだったのテスト?」
ソラが携帯を机に置いて聞くと、早見は笑顔で答える。
「目標平均点90点以上だったけど達成できたよ」
「目標たっか...私それだとお小遣い余裕でアップだよ!」
「りかっちと基礎スぺが違うのよ静っちは」
「そういうソラはどうなのよ!」
「まあ、80点は取れたかな」
「そうだった...こいつ頭いいんだった...」
リカはさらに落ち込み、その亡骸をシマコが箸でツンツンと突く。
昼休みの光景としてはとても微笑ましい部分で、早見も楽しく青春しているんだと羽ケ崎に見せたくなるぐらいだ。
そんな中、シマコが思いだしたように携帯を取り出してイベントのポスター画像を見せる。
「さて、テストも終わったし、みんなこれ行ってくれるよね?!」
「あ...週末のイベント?別に行ってもいいけど、ソラは?」
「まあ、気にはなるし行くよ」
「2人確保!しずっちは?」
「えーーっと...」
早見はそのポスター画像を見て気まずそうに視線を逸らした。
「用事あるならいいよ、どうせシマコのオタ活付き合いだし」
「そそ、シマコのオタ芸キモイから」
ブリンガーとして活動していることを知っている3人のため、気を使ってシマコをいじるリカとソラだが、早見は気まずそうに答える。
「いくはいくけど...うん...でも一緒に行動は出来ないかな...」
「行くけど一緒にいれないってまさか...」
「うん。ブリンガーとして警備に参加するの...」
「当日は警察も警備するって書いてあったけど...まさかしずっちだったとは...」
驚く3人に恥ずかしそうに頬を赤くする早見。
流石に友達に仕事しているところを見られるのは何か恥ずかしい部分が大きい。
それでも友達であるシマコが前から楽しみにしていたアイドルのライブがあることを知っているため、早見は笑顔を浮かべて話した。
「もし昼休みとかで時間あったら合流するから、気をつけて来てね」
「しずっち...もしかしてスタッフ入場?!」
「スタッフ...というか、そうだね現場には一番早く入ると思う」
その話を聞いたシマコは興奮して立ち上がり、思いっきり早見の手を鷲掴みした。
鼻息を荒くしながら口にした言葉は――
「お願いします!!リクリーストリニティの最前列の確保を!!」
「こら、汚職になるだろうが」
リカがシマコの頭を叩きソラは彼女の服を引っ張って早見から離そうとする。
だが、シマコは食いつきを見せ涙も浮かべながら頼み込む。
「せめてサインだけでも!いや!リクリーストリニティが飲んだペットボトルでもいいから!!」
「やってることマジきしょ」
「いい加減にしろっ!」
リカはシマコの尻尾を思いっきり掴む。
すると、彼女はへなへなと力なく床に倒れぐすんと涙を浮かべる。
彼女の能力猫または犬(トランス:ニーアキャット)は身体が変化するタイプの能力であり、尻尾を強く掴まれると一時的に全く力が入らなくなるらしい。
悲しむシマコの側に近づいて早見はゆっくり頭を撫でながら答える。
「もし会えたら頼んでみるよ。会えるかどうかも分からないけど...」
「ほんと?!」
尻尾を掴まれ力が抜けた時は、耳を撫でて貰うと回復が早くなる。
早見の優しさでシマコは尻尾の弱点を回復して彼女の手を掴んで何度もお礼を言う。
「静いいの?」
「まあ、上司に聞いてみて引っかかるようだったら出来ないけど」
「静っちはシマコに甘すぎ」
「前から応援してるのは知ってるから、これぐらいはね」
正直早見は過去の経験から他の人から頼まれると断ることがとても困難だ。
3人は早見の過去を知らないが、リカとソラは異様に頼み事を断れない早見を見て何か思うことはある。
シマコも普段は動物的直感で何かを知っており、頼み事はしないが...今回は推しがかかっていることから理性があまり働いていない様子。
「でも静、最近かなり忙しかったよね...中間テストにブリンガーの筆記テストもあったんでしょう?」
「うん、ひと段落できるかなって思ったらね...事件は待ってくれないから」
足にすがりついて未だに感謝しているシマコを他所にリカは早見の体調を心配する。
基本学校で能力のテストやコントロールのためのプログラムが組まれているため、同級生の能力を知る機会は多い。
だが、ブリンガーとなった早見は国の戦力であるため、学校で能力開発のための授業を受けることなく、能力も非公開となっている。
だが、彼女が大量に食事を取っていても全く体型が変わらないこと、むしろ最近は痩せていることから能力使用に大量のエネルギーが必要なことは察している。
「じゃぁ今度シマコのおごりでパフェ食べに行こう」
ソラは携帯の画面を見せて、特大チャレンジパフェ2kgを見せる。
こんなメニュー誰か頼むのかと思いたいが、早見にとっては丁度いいぐらいのデザート...
「あ、あの...1万円以上するんですけど...」
「人に頼み事するならそれぐらいしないとね。誠意は大事だよー」
ソラはメニューの画面をシマコに押し付けながら話すソラに早見は笑顔を見せる。
忙しい日々の中でもこうして楽しみはある...苦しい事も楽しい事も...今は全部自分で掴み取った日常だと噛みしめるのであった。
※※※
一方その頃、警備会社と警察官が連携して当日の警備をするが、能力によるテロが懸念されるが平常時は一般警察官が主導で巡回と警戒態勢を維持し、特殊犯罪対策課は非常時の指揮を担当する。
矢崎の能力で各班のリーダーを繋げるため、候補者を選定し、矢崎は会場の外に停車予定の車からサポートという形になっている。
「当日の車の手配と申請書は提出したしあとは....」
尾長が書類の確認をし、引っ張り出してきた資料を片付けようとした時――BOXを数個持って資料室へ移動している三島の姿が見えた。
書類仕事など細かいことは得意でないため、こういう事前準備になると戦力外として暇してしまう三島だが、本人は無意識に細やかな気遣いをしてくれる。
「全く、やれば出来るのに...」
いつか公園でさり気なく気遣いが出来ないと悩んでいた三島の言葉を思い出して尾長は笑顔を見せた。
その時本部に行っている羽ケ崎から電話が来て尾長は急いで電話に出る。
『お疲れ様、尾長さん悪いけど今日ちょっとだけ残業してもらえる?』
「はい!喜んでー!何すればいいですか?」
『矢崎くんを本部に連れてきて、その後は直帰でいいから』
「え...っ」
羽ケ崎のためなら何でもやる...が、ここに来て最大の難関に立ちふさがった尾長。
矢崎は極端な人見知りのため、ブリンガーの筆記テストの時も、毛布でぐるぐる巻きにして試験会場になんとか連れて行ったぐらいだ。
少人数の開催日を狙って取ったテストでもそうだったのが、まだ大勢の人が勤務している本部に行くのは―――
『難しいだろうけど、ちょっと確認してもらいたいことがあってね。本人が必要なの』
「分かりました...頑張って押し込んで連れていきます!」
もはや物扱いしているが、尾長は電話を終えると資料室にいる三島に声をかけて2階へ向かう。
ドアの前で事情を説明してなんとか確保しようと力を込めていた時――扉はすんなりと空いて目隠しをした矢崎が現れた。
「これ...ヘッドホンして連れてってください...」
試験会場まで連れてってもらったことをかなり気にしていた本人は、羽ケ崎の役に立ちたいと頑張って考えた結果、完全にドッキリで連行されている人スタイルになってしまった。
毛布でぐるぐる巻きにするによマシだと判断した2人は矢崎を後部座席に乗せて三島はお留守番。
本部に到着しても罰ゲームスタイルのまま局長室に向かう2人を見て職員たちはひそひそと話しをしていた。
「(うわ...これ絶対四宮局長キレるやつだ)」
内心そう思いつつ局長室に向かった尾長と矢崎はそのあと無事雷を落とされたのであった。
偶像が歌う絵空事
早見のクラスメイトのフルネームと能力
・今野 理香
色彩感知
・九根 島子
猫又は犬
・河上 空
天使の足跡




