-3- 燃える心がある限り
能力が確認されたのは1980年代初頭、アメリカのテレビ番組で出演した男性が、口から炎を出して見せた。
のちにそれがマジックでもなんでもなく、能力によるものだと判明したのは1992年頃。
通常では考えれないはずの動きや現象で強盗、殺人などの犯罪が多数確認され、その時の調査では世界の約半数ぐらいの人間が何らかの特殊能力を持っていることが判明した。
そして、日本の記録上で最初に能力に対する記述があるのは江戸時代後期の文献に「その者の前で嘘をつくと舌に穴が開く」という特別な能力を持つ者の存在が示唆されていた。
世界中でも古代遺跡、文献などから能力は古来より存在したもので、何らかの原因で現代でよりハッキリとした「能力」として人々の体に宿るようになってきたとされる。
文献で示す「能力」はどちらかというと「儀式」に近いもので、能力を持つものが特定の行動と特定の何かを満たす時に発揮され、能力者本人の支配下に置かれている形では無かった。
現代の能力は能力者に依存し、能力者の心体と大きく結びついており、その一端として、どんな能力も能力者が意識を失うと即時解除される。
「というわけで、これは基本中の基本だから次の講習テストに出るよ。覚えておいて」
特殊犯罪対策課1課、第6班...その駐屯地では現在3名のブリンガーと、2名の警察官がいる。
特殊犯罪対策課に配属される警察官は、特殊な訓練と講習を得て「特殊技能行使執行資格」という能力を使用しての治安維持活動を認可される。
一方でブリンガーは「準特殊技能補助実務者」という資格を取得したのち、半年の現場勤務で正式に資格が支給、1年に1回の講習会の実技、筆記試験を90点以上の合格を通算3年以上行なうと「特殊技能補助実務者」という3年単位の更新資格を得ることが出来る。
ブリンガーと制度自体実行されて2年目のため、羽ケ崎の班にいる全員「特殊技能補助実務者」を取得しておらず、タイミング的に早見と矢崎はブリンガーになって初の更新となる。
「いやー、私も初更新の時は緊張したなー」
筆記対策のため2人で羽ケ崎に授業を受ける様子を見も、尾長はコーヒーを片手にニヤニヤとする。
タイミング的に尾長も更新試験を受けねばならないがこんなに余裕たっぷりな理由は――
「流石前回テスト満点者は余裕が違うな」
尾長は前回の更新試験を実技、筆記ともに満点でクリアしており、更に1年間の活動でいくつか表彰されることがあり今回筆記は免除となっている。
その代わり1年間担当した犯罪の中で指定されたケースに対する説明資料の作成が命じられているが――現在第6班に存在している資料の9割は尾長が作成しているため、実技試験当日まで全く持ってすることがないという状態だ。
「まあー出来る女っていうのはこういう感じですから」
調子に乗ってブイサインを突き出す尾長だが――三島は1年前の試験の時に目の色を変えて猛勉強し、夜遅くまで資料を見て何が何でも100点を取るというつもりだったのを知っている。
羽ケ崎の班に入れたからには自分がその班に相応しい、羽ケ崎の名前に泥を塗りたくないと狂気的だった彼女の姿は三島としてはかなり不安の時がある。
「何ですか三島さんー私の魅力に気づいてしまいましたかー?」
ボーっと自分を見つめていた三島に調子よくちょっかいをかけるが、三島は静かにデコピンを入れた。
まあ、それでもこの1年でかなり丸くなったと思った彼は席を立って上着を着る。
「あんま調子に乗ってないでパトロールの時間だからいくぞ、尾長」
「はーい」
勉強組の邪魔にならないように三島は尾長を連れてパトロールに出た。
今日の巡回指示書を確認すると、徒歩ルートのため通信端末を持って外に出る。
程よい日差しと少し冷たい風が街を通る中、三島は帽子を被って通信端末に向けて巡回開始を知らせる。
「よし、行くぞ」
「思ったんですけど三島さん。これ毎回このルート通ったら巡回ルートバレバレで治安維持とかも無理そうですよ」
「お前わざと聞いてるだろう...各班ごとに巡回ルートはその日の朝に本部から渡されるし、本部の管理AIで色々な分析のもとに最適ルートを割り振ってるから、俺らが毎回同じルートでも別の班が不規則に動いてる時もあるって...」
「あれれ...どうだったかなー?」
「いいから行くぞ。寒いけど上着はいいのか?」
「ファッションは我慢なので♪」
相変わらずの尾長との会話に三島は頭をかきつつ、そのままルート通りパトロールを開始する。
地域の住民とは顔なじみで、時々挨拶をしながら進んでいると通信端末にメッセージが入る。
「尾長、ルート少し変更。この先の公園に入って一周してから戻るぞ」
「了解です」
巡回中のルート変更はたまにあることで、特に問題があるわけでもないがこの時間近くの幼稚園が散歩コースとしてよく利用している公園ということもあるので、尾長は注意深く周りを観察する。
「お兄ちゃんこれもかいて!」
「あーーわたしのほうがさき!」
公園に入ってしばらく、芝生が広がる場所で園児たちに囲まれている1人の青年が見える。
鉛筆とスケッチブックを手に風景を描いて様子だが、園児たちが興味を持って集まってきたらしい。
囲まれた青年は穏やかな表情のままコクリと頷きながら園児たちが描いてほしい絵を描き上げている。
「こら、お兄さんをあまり困らせたらダメでしょ。お巡りのお姉さんにも怒られますよ!」
園児たちが青年の服を引っ張ったり揺らしてリするもので、引率の先生は慌てて青年に謝罪しつつ園児たちを話す。
だが、青年は文句1つ言わず穏やかな表情で名残惜しそうな園児に先ほどまで描いてあげていたスケッチブックを一枚渡した。
「気を付けて帰ってね」
青年は灰色の髪を持った少し表情が硬く不愛想にも見えるが、園児にそう告げるとベンチから立って公園の出口方向に向かった。
その光景をボーっと見つめていた三島の表情がどこか普段と違って見えた尾長は心配そうに声をかける。
「三島さん?」
「...何でもない。巡回を続けよう」
いつも暑苦しい三島からはあまり感じられない雰囲気に、尾長は急ぎ足で歩いてる三島になんとか追いついて服を引っ張る。
「ちょっとだけ休憩させてください!三島さん足早いですよ!」
「すまん...ちょっと考え事してた...」
「あそこの自販機で水分補給はいいですよね。ほら行きましょう」
尾長は半ば無理やり三島を連れて自販機に向かうとコーヒーを一本買って手渡した。
「水分補給か...?」
「いいんですよ」
「お金出すよ。いくらだった」
「いいですよ。そのかわりどうしたか正直に言ってください。まあ三島さん嘘下手なので分かりますが」
「おいおい...一応上司だぞ俺」
尾長の態度に笑いつつ、コーヒーを飲んで一息つく三島。
「俺、結構何しても不器用だから。警察官になった時も色々注意されてさ」
本人はかなり直球な性格なため、隠し事やさり気なくということが出来ず...嚙み合わせが悪くお節介や余計だと言われることが多かった。
「さっきの青年のようにさり気ない優しさっていうか、まあ...上手く立ち回れない自分が嫌なんだ。羽ケ崎さんと班組んだ時も羽ケ崎さんに迷惑ばっかりで...」
英雄羽ケ崎と一緒に6班に所属した三島だったが、それはかなりのプレッシャーだった。
不器用で、ガサツであまり気が利く方ではない自分...羽ケ崎は何も言うことなく一緒に業務を行なうが、かなりミスをしたり、時に犯人に漬け込まれたりした。
ある日――事件鎮圧中に三島のミスで羽ケ崎が怪我をしてしまった。
大した怪我では無かったが、三島は今までにない程落ち込み、羽ケ崎に自分は相応しくないから班から抜けると告げた。
「俺より優秀な能力者は沢山いるし、実務も下手で、役立たずの俺より別の誰かがいいと思って言った言葉だった...でも羽ケ崎さんは――」
『三島くんを選んだのは私だよ』
通常班を組む時に能力の相性や、それまでの経験などが考慮されるため、班長に決定権はない。
だが、羽ケ崎は警察庁の中でもかなり特異的な存在のため、班を振り分ける際に羽ケ崎本人に人事権が与えられた。
人事資料の中からメンバーを選抜している中――羽ケ崎はブリンガーを多く採用することを決めていたため、それを補助する警察官が欲しいと思っていた。
そして、その人物として三島を選んだ。
『ブリンガーという制度は始まったばかりだし、能力犯罪に対応する警察課もはじめてのこと。はじめてのことって誰もが不安なの。運用する人も、それをみている一般市民にも』
政府の中枢が一新され、今求められているのは絶対的な信頼...国民からの信頼を勝ち取らなければこの国は国としての形を今度こそ完全に失ってしまう。
『私が求めているのは強い能力を持つ人でも、優秀な人材でもない。三島くんのような誠実で、不器用でも前に進もうとしている人だよ。三島くんは困ってる人を見て見ぬふり出来ないでしょ。私困ってるから助けて』
不器用なのも事実で、能力が劣っているのも事実だったが...それでも何かする時に「どうせ」という色眼鏡で見られることを嫌っていた。
だが――そんな自分が一番色眼鏡をかけてしまっていたことに三島ははじめて気が付いた。
「それからは不器用でもなんでも失敗してもとことんやってやろうって思ってきたけど...あれから3年、上手くやれてるのか最近ちょっと心配でさ」
「三島さん...意外と繊細なんですね」
「悪かったな意外で」
尾長の言葉にため息をつきつつコーヒーの缶をゴミ箱に入れて巡回に戻ろうとする三島。
その時彼女は三島の横に並んで歩きながら――
「でも、私が今ちゃんとしてるのは三島さんのおかけですよ」
「え?」
「何でもないですー」
「お前ははぐらかすのかよ!」
三島は知らない...尾長が6班に所属した当初、羽ケ崎以外眼中に無かったため、班員としては絶望的だったと。
だが――三島がしつこく関わってくるうちに、尾長の考えも大きく変化した。
羽ケ崎さん以外にも...ちゃんとした警察官がいるのだと。
※※※
「ということで...30分ぐらい休憩しようか」
早見と矢崎に事業をしていた羽ケ崎は時計を見て時間がかなり経過していることに気づき休憩を設けた。
ひと段落したところで、羽ケ崎は自分の席に戻りメールを確認する。
「...」
いくつかのメールの中で、四宮局長からのメールが届いており...題名は「源藤について」。
そのことだけで羽ケ崎はかなり表情が硬くなりメールを開いて注意深く本文を読む。
源藤 一也、国会テロ事件の主犯にして羽ケ崎が逮捕し法の元で裁かれ死刑が確定した。
ただ、その刑の執行はかなり先伸ばしされる予定で...内部でも10年以上は執行されないとの意見が一般的だ。
源藤は世間的には英雄であり、その刑を執行してしまえば新体制の政府は反発の余波に対抗できるほどの盤石な基盤がない。
そのため、政府が最も恐れているのは彼の脱獄や残存勢力により救出などが懸念点。
彼は取り調べに対してそこまで協力的でなかったが――羽ケ崎との面会を経てかなり話すようになったが、色々と本人は語ることがないため心境などが把握出来ない。
四宮局長からのメールもその一端であり、上が心配していることを羽ケ崎に相談したのであった。
だが、羽ケ崎の言葉はいつも変わらない。
『源藤は...脱獄もしないですし、刑が執行するまで大人しくその時を待つと思います。たとえ誰かが助けに来たり、うっかり牢屋の扉が開いていたとしても...彼が逃げ出すことは無いです』
これは迷信とかそうあってほしいとかいうものではない――彼が面会を望んで対面して話した時に彼の口から言われた言葉だった。
どこにも逃げないし、法で下された判決に従順すると。
彼は国会テロ事件を起こして支配者になりたかったわけではない...だから元々あの事件で生き残るつもりは無かった。
目的を果たして望んだものを手に入れた彼が...もうこれ以上何かをすることはないというのが彼に会った羽ケ崎の考えだ。
メールの送信を終えた羽ケ崎は大きくため息をついて天井を見上げた。
あの日――源藤と面会をした時に彼はとんで真実を口にし、羽ケ崎含め面会を見守っていた四宮局長も固く口止めされている。
「羽ケ崎さん?」
早見に声を掛けられふと時間をみると30分を過ぎようとしていた。
どうしても源藤のことになると考えすぎてしまうと羽ケ崎は軽く頬を叩いて席を立った。
「ごめん、ちょっとメール返すのに夢中になってた」
「いえ...四宮局長からですか?」
「静もよく分かるようになってきたね」
「だって、羽ケ崎さんをこんなに悩ませる人はそう多くないですから」
正直四宮局長は元は同じ班で働いていた仲間であるため、お互いのことはよく分かっているし、今の立場になっても彼はよく自分のことを気にかけてくれている。
どちらかというと悩ませているのは自分の方だと思いつつも、静の頭を軽く撫でて授業に戻った。
「さて次は100%筆記試験に出る項目、無覚醒者についてだよ」
現代社会において「無能力者」は差別用語になっているが、正直なじみ深い用語であるため、正式名称である「無覚醒者」はほとんど認知されていない。
政府が能力が無い者を「無覚醒者」として総称したのは3年前から、そしてその理由は明確に存在している。
「一般的に能力が無い人は無覚醒者と呼ぶけど、それは何故。はい、矢崎くん」
「えっ、あっえっとその...」
突然の出題に矢崎は慌てるも羽ケ崎は矢崎が答えるまでじーっと彼を見つめる。
アタフタしている様子を見ても早見も何も言わず答えを待っているのみ。
彼は極度の人見知りかつあがり症ではあるが、知らないわけでも、出来ないわけでもない。
その事を羽ケ崎は十分理解しているため、彼が落ち着いて回答出来るまで静かに待っているだけだ。
「無覚醒者...能力のトリガーや作用について理解していない人のことです...その...現代社会において能力を持っていない人は存在しないというのが研修者たちの通説で、能力を持っていない人はいないから、使えないからと言って無いものとして扱うのは差別の引き金となるからです...」
「正解、人に能力の存在が確認されてからもう半世紀以上経とうとしているけど、能力を持っていないとされてた人も後から自分の能力に気づくケースが極端に増えてきたの」
羽ケ崎は展開されたホログラム型モニターに資料を映し出した。
「これは2004年に起きた爆発事故、無能力者だと思っていた40代女性の能力の誤使用による事故だよ」
40代女性は寒い日の朝、倉庫から灯油を持って自宅に入る時――突然灯油が爆発し重症を負った事故。
この事件で調査の結果、静電気の火花が偶然灯油に引火してしまったことが原因と断定されたが、のちにこれが女性の能力だったことを知る。
「彼女は40秒以上手のひら以外の5本指全てに触れ、最後に人差し指から離れたものに微弱な電気...まあ静電気を流す能力を持っていたの」
能力のトリガーが分からず、発生するのも静電気という微弱なもので、気づくことさえ出来なかった彼女の能力。
こうして、トリガーや効果が不明で発動条件が分からず認知出来ない、発動したことを認知できないものが多数存在している。
「私とか静、矢崎くんの能力は比較的に分かりやすい分類にある。でも一般的には分かりにくい能力の方が多いし、何かのきっかけで判明するケースがほとんど。だから無能力者は存在しないというのが前提で法律の多くが作られているの」
その言葉を聞いて早見は納得したように頷いた。
現在、日本では高校生までを義務教育としているが、その間能力に関するテストを何回も受け、能力を行使して制御する術を身に着けさせる科目が存在している。
自覚が早いものは幼稚園の頃から能力に目覚めるが、多くの人は小学校高学年から中学生ぐらいの時に能力に覚醒し、覚醒した能力を育て正しい使い方が出来るようにしている。
「3年前事件でこの国は能力を規制する方向から、活用し、自分自身で制御する方向に転じたの。例えば学校、今までは先生が科目の授業をしていたけど、今ではAIで全国一律のカリキュラムが組まれている。先生が授業をしなくなった分、生徒たちの日頃の生活や、メンタル管理、能力による特性などを人の目でみてより生徒に寄り添える環境になっているの」
技術の発達により、生徒たちは先生とではなくAIと授業を行う。
AIは生徒たちの質問も受け付け、授業はクラス全体に合わせるが、個別に支給されている端末でテスト結果のフィードバックをて、設定された目標に対して学ぶべき科目を指導する。
授業が無くなった先生はより生徒に寄り添えるように余った時間で研修と講習を重ねて、より生徒に寄り添えるようにしている。
3年前に特に多かった未成年犯罪率はこの教育政策により5割減となっている。
「そろそろ尾長さんも三島くんも戻ってくるから、今日はここまで、分からない部分は個別に聞いてね」
「ありがとうございました」「あ、ありがとうございます...」
授業が解散となった早見は自分のデスクに戻ってまとめたノートを見て復習、矢崎はイヤホンで先ほどの授業内容を聞きながら2階へと戻って行った。
だが、彼は少し足を止め、イヤホンを外して羽ケ崎に近づいた。
「あ、あの羽ケ崎さん...」
「どうしたの」
資料を整理していた羽ケ崎は手を止めて矢崎を見つめる。
彼は勇気を振り絞って小指を差し出す。
「僕...こんどの試験...絶対...合格します...約束します...」
「...」
羽ケ崎はその姿をみて少し笑いながら彼の頭を撫でた。
「約束しなくても合格するって思ってるよ。緊張せず普段通りやれればいいから」
「は...はい!」
矢崎は深々と頭を下げてそのまま2階へと駆けあがり途中で足をぶつけて悶絶していた。
その様子が少し心配となる羽ケ崎だったが、微笑みながら資料を手に自分のデスクへと戻った。




