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3. 悪役令嬢アマーリエ

「むかーしむかし、あるところに。おじいさんとおばあさんがいました。」


僕を中心に正面を扇状に取り囲む年の近しい子供たち。

その目をキラキラさせて僕の話す童話に聞き入っている。


リグルスの街に着いてオッサン達に冒険者ギルドには連れて行ってもらった。

綺麗系や可愛い系の十人十色な受付嬢がカウンターで冒険者たちの応対をしていて、壁にぎっしりと依頼書が貼ってあって。厚意で仮登録を済ませてストーンランクの冒険者になれた時はワクワクとした興奮が止まらなかった。


問題はその後だ。


「坊主。家はどこだ?」


デイビットさんの問いかけからあれよあれよと孤児院にお世話になる事になってしまった。

どうにか誤魔化そうとはしたんだが、親切な大人達を掻い潜るのは困難だった。


今は孤児院で同年代の子供達と一緒に過ごしつつ、勉強を教えている。最初は否定的な反応が多く、本もなければペンもない。地面に書くくらいしか手段がない。


しかし、読み書き算術が出来るだけで将来の選択肢には雲泥の差がある。子供達であってもそれが良くも悪くも理解できていて今では真剣に取り組んでいる子がほとんどだ。




ひと月もすれば環境に慣れる。


肌触りの良い絹の衣服はゴワゴワとした麻服に。

元々サイズは合っていなかったが、動きやすかった靴はヨレヨレの履き潰した子供靴に。


それがちっとも悪くない。むしろ心地いい。


ずっと独りだった。でも今は一人になる時間なんて一秒もない。

物思いに耽る暇も、空虚な心も。


大丈夫だと思い込んでいたのは虚栄だったのだと、ここに来て知った。




今日は領主代官が慰問に訪れる日らしい。

院長先生には何日も前からお行儀の良い子にしているように言われた。大人たちは朝からお迎えの準備で忙しい。


子供たちが邪魔をしないよう童話を聞かせたり、勉強や遊びに誘ったりして意識を逸らす。


予定時刻を過ぎる頃、豪華な馬車が到着した。

降車してきたのは二十代前半くらいの執事と清楚な服装の同い年くらいの少女だった。装飾の少ない服装ながら柔らかそうな布地はとても高価な代物だろう。


遠くから見遣る彼女らはにこやかに会話をしている。あとは院長先生たちが近況報告や陳情を上げて施設内の見学をして終わり。


滞在時間はいつも一時間~二時間くらいで子供達と交流することは稀らしい。

それくらいならあっという間に過ぎる。


勉強に飽きたみんなは鬼ごっこをして遊ぶ。集中力が持続する子と一緒に僕は勉強に勤しむ。


「貴方。文字をどこで学んだの?」


頭上から聞き覚えのない声がした。

見上げた先には馬車から降りてきた少女が探るような視線で僕をじろじろと見ていた。


「孤児院でお世話になるより前に学びました」

「そうなの。私とそう年は変わらないのに偉いわね」

「お褒め頂きありがとうございます」


五歳とは思えない風格がある少女だ。言葉にも大人が子供を褒めるみたいな包容力があった。


「名前を聞いてもいい?」

「ユリウスと申します」

「私はアマーリエ・ユヌ・ベラル・アクア。よろしくね」


悪役令嬢じゃないか!子供の姿だったから気づかなかった。



アクディリア皇爵家次女、アマーリエ・ユヌ・ベラル・アクア



どのルートを選んでもストーリー中盤で退場する悪役令嬢。

それが彼女だ。


瑞英魔法爵家を象徴する濃紺の艶やかな髪に大海原を切り取ったようなアクアブルーの瞳。豊かな色彩に対して顔貌は正直パッとしない。平凡といった所。


「よろしくお願い申し上げます」


おくびにも出さず返答した。違和感はなかったはずだ。


僕は今、家出中の身。

もし、ウェントザルア皇爵家の人間だとバレたら堪ったものではない。もうあんな邸に帰りたくはないのだ。


警戒しながら軽く雑談を交わした後、拍子抜けするほどあっさりとアマーリエは帰っていった。



疲れた…。今日はもうゆっくりしよう。


お利口にしていたからご褒美にと、夕飯はいつもよりお肉が多かった。




豪華な食材をふんだんに使用したフルコース。


それでも私には何だか味気ない。


「アマーリエ。孤児院に行ってみてどうだった」

「はい。想像よりも清潔に保たれていました。子供らも悲壮感等はなかったように思います」

「そうか。それは良かった」


問いかけへの回答はお母様の及第点に達していたようだ。


アクディリア皇爵家の当主は母だ。

転生者の私でも自然と背筋が伸びるほどに恐ろしい。


「アマーリエが次行くときは僕も一緒に行こうかな」

「ズルいですわ。わたくしもアマーリエと一緒に居たいわ」


お兄様とお姉様は私と違って普通の子供のはずなのに怖がる気配がない。

これが、アクディリア皇爵家の証なのだろうか。


「そういえば、変わった少年がいましたわ」

「へえ?どんな子だったの?」

「読み書きも算術も完璧で、言葉遣いも五歳の平民にしては丁寧でしたの。ユリウスという名前の少年です」


五歳の平民にしては、ではない。貴族の子息だって五歳ではもっと無邪気に振舞うものだ。それに、どこか見覚えがある気がするのだ。


もしかしたら、と思ってしまう。


「五歳で。それはすごいね」

「アマーリエだってできるじゃないの」

「でもその子は平民だよ」

「そうですけれど」


お兄様の意見にぷくっと頬を膨らませて不服を示すお姉様。

前世の私の感性が可愛らしいと姉を微笑ましく見せる。


「来月の慰問は僕が行こう。少し気になってきた」

「私も行きます。またお話ししたいです」

「では、わたくしも」

「お前たち。まだ先の話だろう。まずは食事に集中なさい」


お母様の一言におとなしく従い、手を動かす。


その間もずっと喉に小骨が刺さったような違和感に脳内は支配されていた。

お久しぶりです。お読みいただきありがとうございます。

タイトルとあらすじを少し変更しました。

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