1.プロローグ
今日も誰一人として僕を訪れない。
その事実に嘆き悲しむ。
…なんてことはない!
「【部屋掃除】!【偽装】!」
いつものように部屋の掃除と自分への迷彩を魔法で行い、部屋を出る。
目的地は本館にある書斎だ。
しかしここで誰かに見られてはいけない。
部屋に連れ戻されるうえに聞きたくもない説教という名の暴言が待っているからだ。
僕、ユリウス・カトル・ブルーグ・ウェントス。五歳。
前世に交通事故で死亡した21歳成人男性の記憶を持つ転生者。
今世はジャスミテス皇国四大魔法皇爵がひとつに数えられるウェントザルア皇爵家に生を受けた。
母の命と引き換えに。
その結果、家族及び使用人全員から冷遇されている。
これもゲームのシナリオ上仕方ないと割り切っているけど。
そう。この世界は前世で乙女プレイしたゲームだった。
そして何と自分が将来攻略の邪魔をする『悪役令息』なのだ!
気が付いた時には焦ったよね。ラスボス死亡ルートとか処刑ルートが存在するし。
でも前世では動画配信を副業とした活動の中で軽くやっただけのゲームの内容なんて完璧に覚えている訳もなくて、初めはがむしゃらに家族仲改善を図ったけど、割とすぐに諦めたよ。
話も聞いてくれなかったから。
だから今は知識や魔法の腕を磨きながら楽しく過ごしている。
そしてストーリー開始前にとっととトンズラするつもり!
冷遇されてるって言っても放置されてるだけみたいなものだから、中身成人男性にはまったく問題ない。
視界に入らなければ何もされないし。
だから自分の部屋以外を探索する時は【偽装】を使って一人かくれんぼをしていて、時々悪戯を仕掛けてはスリルを楽しんでいるよ!全然気づいてもらえないから最近はただ皆の反応を楽しんでいるだけ。
それはそれで面白いけど!
今日は残念ながら誰ともすれ違う事なく書斎に到着してしまった。
昨日の読みかけの魔導書を手に取り、読み耽る。
この世界の魔法は「想像力で魔法チート最高!」なんてことはなく、魔導書に記されている魔法陣を記憶して魔力で編み上げて詠唱し、発動する。詠唱も長々としたものもあるけど、成人男性には流石に恥ずかしかったから無詠唱で魔法名を唱えるだけで発動するように必死に努力した。
その際、脳内の片隅に魔法陣形の核となる部分が記憶されていれば完璧に丸暗記しなくても魔法陣の傾向パターンを当て嵌めればどうにかなることに途中で気が付いた。
確かに魔法効果のイメージが明確であればある程威力が増大するし、コントロールもしやすいから前世のヲタク知識は本当に役立つけどね。
そしてこのウェントザルア皇爵家は風英魔法爵家とも呼ばれ、四大魔法のひとつである風魔法を至上とする家系だ。
だから最も風魔法の魔導書が多く、次に時空魔法や回復魔法といった魔法を総称する無魔法、最後に他の四大魔法の魔導書となる。
四大魔法の魔導書に至っては「あった!」と喜んでページを開いても大体初級魔法しか記載がなく、その中で何とか発見できたのは上級まで。
初級は風が吹くとか水が出るとかいうレベルで殆ど実用性も攻撃力もないが、下級になれば【風刃】とか【水球】が繰り出せるようになる。中級でやっと【炎壁】とか【炎槍】の実践に使えそうな優良な魔法が増えてくる。上級は【炎焼】や【陥没】などの範囲攻撃系の魔法が使えるようになる。
そしてこの上に、
秘宝級
伝説級
神話級
創世級
と並び、基本的にこれらは使えない。
主に広範囲に被害が及ぶ、という理由で。
折角覚えたのに、発動できないのは残念過ぎる!
という訳で!
「【秘密の部屋】!」
時空魔法で別次元に何もない空間を出現させ、魔法を打ちまくるのだ!
この魔法は書庫の奥の奥、マジの片隅に仕舞われていたのを偶々見つけて必死に習得したものだ。難易度が思いの外高くて予想以上に時間が掛かったが、それでも使えるようになった時は嬉しかった。
そしてこれが僕の一番楽しい時間。
何の心配もなく、誰に迷惑をかけることもなく、ただただ自分の好きなように魔法を検証することが出来る。
「【暴風雨】!」
異世界転生最高だ!!!
魔法の試し打ちに満足して書斎に戻ってくる。
窓の外を見れば夕暮れである事を知らせる茜色が辺りを染めている。
魔導書を定位置へ戻して自室へ戻ろうとした時、誰かが扉を開け入ってきた。
本棚の隙間から確認するとその人物は、ウィントザルア皇爵家嫡男アレクシス・ユヌ・ブルーグ・ウェントスだった。
アレクシスは今年11歳になる長男兼攻略対象者。
エメラルドグリーンの瞳にサラサラとした銀の長い髪を後頭で一つに縛り横に流していて、おまけに甘い顔立ちを兼ね備える、幼いながらも攻略対象に相応しい容姿の持ち主だ。
しかし性格は腹黒い事極まりない。
ゲームでは不出来な弟、ユリウスを庇うような言動をしていたが、現実では3歳児(最後に顔を合わせたのがそれくらい)に対して無視もしくは貴族らしいネチネチとした嫌味を言ってくるような人間性をしている。他の人達の前では良い子ちゃんを演じているようだけどね。
最近遭ってなかったから前回鼻で笑われたお返しとして、何度目かも分からない悪戯をプレゼントしてあげよう!
「【風】」
小声で詠唱し、アレクシスが座っている隣の椅子に向かって放つ。
ガタッ
椅子が横に揺れた音にビクッとして視線を彷徨わせている。
そして更に。
「【風】」
次はここにある椅子全部を揺らして、出されている本のページを捲る。
ガタガタガタガタガタガタッ!!!
バラバラバラバラバラバラッ!!!
「何が?…誰かいるのですか!」
「…」
「またですか…」
兄が不気味な現象に眉間に皺を寄せてビビり散らかしてる隙に書斎から退散したのだった。
いつもにこやかに微笑んでいる人間のしかめっ面はいいね!楽しい!
…え?大人げないって?五歳児(身体年齢)に対して大人も含めて冷遇してるんだから、因果応報じゃない?
やってることもただのポルターガイスト擬きだし!
僕は改善しようと努力しました~!それを無視したのはあいつらで~す!
心の中で嘲笑っていると、向こうから言い争う声が聞こえてきた。
確かめに行くと、緩くウェーブの付いたミルクティブラウンの長い髪に長男と同様のエメラルドグリーンの瞳に装飾過多なドレスを身に纏った姉のアデリア・ドゥ・ブルーグ・ウェントスと、反対に貴族とは思えない軽装に短い銀髪と深いサファイアブルーの瞳を持つ次兄で攻略対象のアルテウス・トロワ・ブルーグ・ウェントスだった。
「まあ!まだ下級魔法を練習しているの?風魔法に秀でている我がウェントザルア皇爵家次男の自覚がありまして?地位に甘んじて努力していないのかしら」
「ふざけんな!俺は母上と同じ水魔法に適性があるだけだ!そっちこそお勉強はどうした?家庭教師が逃げられるって嘆いてたぜ?どれだけゴテゴテと着飾っても頭の悪さは隠せないぞ!」
「何ですって?!貴方だって言い訳せずに風魔法習得に時間を惜しまないことね!」
「俺は自分の才能を伸ばしているだけだ!風魔法だって練習している!勉強から逃げてるアデリアと一緒にするな!」
「姉に対しての礼儀がなっていないようね!このわたくしが教えてあげますわ!」
ま~た喧嘩してるよ、あのふたり。普通に会話してるところ見たことないんだけど。
仕方ない!弟である僕が、いつもの如く一肌脱いであげよう!
「【水球】」
ふたりの頭上にひとつずつ水を浮かべて…
落とす!
バッシャ!!
「きゃ?!何?!」
「うわ!?またかよ?!」
「…今度こそ、犯人を特定してやるわ!!!」
「俺も手伝ってやるよ!」
「結構よ!」
ふたりはびしょ濡れのまま言い合いながらも廊下の奥へ消えていった。
共通の敵が出来たら仲良くなれるものだよね。流石僕!
別に昔に水掛けられた仕返しとかじゃないよ?全然関係ないよ?
一応証拠隠滅のために水を蒸発させてっと。
その後は使用人の視線を搔い潜りながら厨房で食料を拝借して自室で食べる。
調理も出来るけど今はそれよりも魔法が楽しいんだ。
「ステータス」
ユリウス・カトル・ブルーグ・ウェントス
【Lv.1】
【HP:1354/1354】
【MP:2097/12765】
【ATK:120】
【VIT:72】
【AGI:38】
【INT:168】
【RES:77】
【LUK:12】
【CHA:7】
ゲームの世界だからか自分のステータスが確認できるんだよね。
これが自分だけなのかこの世界の仕様なのかは分からないけど便利だし、やる気になる。
MPを使い切ったら総量が増えることが知れてからはゲーム感覚で楽しみながら魔法を使えている。自分の成長を可視化できるのは本当にありがたいよね。
でも他の人のステータスは見れないから自分が強いのかどうかいまいち判断が付かない。
…よし、決めた!外に出てみよう!
今までも何度か行こうかと悩んだが、魔法の試し打ちが楽しすぎて後回しにしていた。しかし最近は、殆どの魔導書を読み終えてしまって新しい魔法を試し打ちする機会が少ない。
いっそのこと、新しい刺激を求めるのも悪くない。
そうと決まったらすぐにMPが空になるまで魔法を発動して、早めの時間に就寝したのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
見切り発車なので、投稿は不定期です。
よろしくお願いいたします<(_ _)>