レオナス バルガンの憂鬱
冒頭のセリフを思い付いて、そのためだけに書きました。
良かったら読んでください。
「お前ももうすぐ成人だ。いいか、我が息子よっ、男ならば腕の一本や二本折られても笑い飛ばせる漢になれっ」
いや無茶だろと思うものの、辺境伯領の砦で魔獣狩りの演習準備をしながら宣う親父殿は至極真っ当なことを言っていると信じて疑っていないのが明白なのが困ったところだ。
僕はコーザント王国の辺境、バルガン辺境伯家の嫡男レオナスだ。
バルガン辺境伯は代々、コーザント王国西方の魔獣溢れる森からの魔獣被害を食い止め、南北に押し寄せる敵対国家との戦争にて、兵を派遣し国境守護を担う重要な家である。
とはいえ、すでに祖父の代で国家間の協定が結ばれ、南北に隣接する国家とは同盟関係を結んでいる上に辺境伯領に隣接する森の魔獣の間引きに関しては森の更に西側、森を挟んで反対側の国と共同で行う協定も結ばれ、以前より魔獣被害は減っている。
そう、僕が幼少の頃にはこの国はだいぶ平和になっているわけで。
だというのに、親父殿もお爺様も「バルガン家の者は強くあれ」がモットーなのだ。
「親父、いくらなんでも腕を折られて笑ってられんよ」
「何を言うかっ、俺も親父も手傷を負って闘い続けたんだ。腕が折れるくらい可愛いもんだ」
とんでもないことを宣うが、事実なのが救いがない、僕に。
親父殿の父親、つまりは先代辺境伯当主であり僕のお爺様であるウスタブ爺ちゃんは北方の隣国サルラッカ首長国との闘いでの英雄だ。
我が国の北方に攻め入ったサルラッカ軍にたいして、渓谷の地形を利用した遊撃作戦が展開され、国軍は正面からサルラッカ軍を迎え討ち、お爺様は少数精鋭の寡兵によるゲリラ戦法で敵の戦線を崩壊させる役目を担ったんだけど。
まぁ、この作戦が筒抜けだったんだよね。国内に内通者がいて、作戦の逐一が全て向こうに流れてたわけ。面倒なお爺様と辺境の精鋭を孤立させ、倒して、それに混乱した国軍を一気に叩く。内通者は我が国の軍議では反対に精鋭率いるお爺様たちに撹乱を任せれば、長距離移動で疲弊し、実戦慣れしていない国軍でも数で押しきれると話したとか。
お爺様と辺境領内の精鋭とはいえ、ヒット&アウェイの速さに特化した部隊編成は装備は軽装、長距離攻撃には対応せず、兎に角、側面や後方から乱発的に敵を叩いて疲弊させる目的だったわけでね。
そこに弓兵や魔法師なんかの後方支援ガチ盛りな別動部隊が内通者のガイドつきで正面から現れたら苦戦するのは当たり前なんだよね。
自分たちの5倍以上で後方支援までいる部隊に遊撃部隊が正面戦闘仕掛けられたら、普通は壊滅するんだけど、お爺様たちは何とか勝ったわけだ。
ただ、遊撃部隊による撹乱含みで戦線を維持しようとしてた本隊は押されまくって戦線が崩壊寸前、お爺様は苦戦の末に全身の至る箇所に矢をうけ、魔法で焼かれながら、自ら回復魔法を重ねがけしながら、敵本隊後方に急ぎ回り込み、敵将を討って逆転勝ちしたんだけど。
本隊の危機を感じ取ったお爺様は矢も抜かずに止血と解毒のために回復魔法かけながら、敵将に突貫したらしくて。
凱旋したお爺様の体内で鏃が癒着、結果的に王宮で1ヶ月ほど、治療されるはめになったとか。矢の刺さった箇所を切り開いて肉に溶け込んでしまった金属を削ぎ落として、大きくなった傷口を引き合わせて縫合後に回復魔法で治癒するという、聞いただけで痛い処置をうけ続けたらしいんだけど、結局はあちこちにひっつりのような傷痕が残った。
子供の頃に湯浴みするお爺様の裸を見て泣きじゃくったのはいい思い出だ、多分。
親父殿も大概で、王宮に参内したさいに、たまたま王都周辺警備を行う警備隊が野盗討伐に失敗し、損害を出したって報告が来て。
王都を出た山道に野盗がいると報告を受けた周辺警備隊は野盗如きと侮って、新兵訓練気分でろくな準備も下調べもせずに向かって、見事に返り討ちにあったそうで、何とか逃げ延びた者の報告で救援部隊が組まれることになったものの、これが紛糾。
すでに部隊が壊滅しているなら、生存者は望めないだろうし、相手の規模も実力もわからんでは二次被害を出しかねない、先ずは偵察を送るべきだと主張する者が出て、まぁ、これ自体は万が一生き残りがいたとしても兵に志願した以上は覚悟はしているだろうし、そもそも作戦ミスが原因であり、非情にも見えるが妥当な判断と親父殿も静観したらしい。
ただ、そのあと、偵察部隊の編成で揉めに揉めた。
一刻を争うと親父殿も志願したそうだけど、その時は親父殿は従者数人を連れていただけ、辺境伯である親父殿を騎士の指揮下におけないために、親父殿が出るなら親父殿の指揮下に国軍の騎士をおくことになるんだけど、これが前例がない、対応する法がないと、宮廷雀どもがやんややんやと騒いだそうで。
業を煮やした親父殿は従者数人を連れて鎧も着ずに馬で駆けて行ってしまったらしい。
そのあとは多勢に無勢の中で親父たち数人は奮戦、途中、親父殿が利き腕を斬り飛ばされたものの、片腕のまま、野盗の首魁を斬り倒して制圧したそうで。
因みにこの時の野盗は戦時が続いていた時代は傭兵として各地を渡り歩いていたベテランで、協定が結ばれて食いっぱぐれたことで野盗に落ちた傭兵崩れだったそうで、そりゃ強いわけだ。
そして、このときの親父殿の従者には、今は我が家の家令を勤めるジョセフもいて、腕を斬り飛ばされた親父殿に蒼白になるも継戦して、勝鬨をあげる親父殿を嗜めて拾い上げた腕を治癒魔法で繋げたりしたそう。
ただ、その時に焦りすぎて向きを反対につけたそうで、やっぱり蒼白になったジョセフに当時の親父殿は豪快に笑いながら。
「誰だって間違いはあるっ」
と、自ら接合部から腕を斬り落として見せたという。二度目の接合のさいは生きた心地がしなかったはジョセフ談だ。
この時の一戦で親父殿は「腕斬り人鬼」なる珍妙な異名を頂戴したが、生き残って捕縛された野盗が「腕を斬り飛ばされて尚、鬼気迫る笑顔で味方を斬り殺しまくった」と親父殿について証言したらしく、それに肖ってつけられた。普通に蔑称だと思うが親父殿はまんざらでも無いのがいただけない。
そんな親父殿からすれば、確かに腕を折られるくらい、かすり傷みたいなもんだろう。なんなら、あの分厚い筋肉の鎧で折られても気付かず闘い続けるまであり得る。
「まぁ、僕なりに頑張るよ」
ため息交じりに言う僕を親父殿は豪快に肩を叩きながら期待しとるぞと笑うんだった。
~
「久しぶりの故郷はどうでしたか」
王都にある貴族学園、その学生食堂にて、目の前に座る婚約者のシェルリーナ メデチト侯爵令嬢がにこやかに問い掛けて来る。
「困ったことに親父殿は親父殿だったよ」
一週間ほど、学園の休暇にさいして帰郷した間に起きた出来事をかい摘んで伝える。
「バルガン閣下らしいですね」
シェリーはしずしずとした笑顔でそう返して来る。学食のランチを食べ終えて、アフタヌーンティーで喉を潤しながら、暫し久方ぶりの婚約者との会話を楽しむ。
シェリーと僕との婚約は完全な政略によるものだけれど、有難いことにお互いに仲の方は悪くなく、良好な関係を築けている。
シェリーと僕、メデチト侯爵家とバルガン辺境伯家との婚約はこの国の防衛上の問題で結ばれた。
先代当主であるお爺様は長引いた戦争を終結へと導き、当主として最後の仕事として、各国との協定の調整に尽力した。25年前、各国が協定に調印して、それを見届けてお爺様は親父殿に家督を譲った。
それから25年。王族や中央の貴族たちはすっかりと辺境伯家のことを侮るようになってしまった。
王都周辺は魔獣被害も少なく、辺境領の外に広がる広大な森林からの魔獣被害についても、そもそも魔獣を見たことも、下手をすれば野生の大型の獣すら見たことがない中央の者たちの中には家畜を屠殺することと然程かわらんだろうと宣った者もいたようだし、その言葉が強く否定されないあたりも、そんな認識は広まりつつあるんだろう。
正直、親父殿やお爺様を侮る者たちに憤りも悔しさもあるが、バルガン家としては「どうでもいい」が総意である。バルガン家は現陛下に二心は無い。当代のタルサス3世陛下は賢王とは呼べないが愚かでは決してない。であれば、臣として異論はない。
中央貴族や、それに伴って平民たちまで辺境領を侮ることを知って憤った数年前の僕に親父殿はあっさり言ってのけたもんだった。
「我がバルガン家はラルラ朝王家に忠誠を誓った訳ではないのだぞ。我がバルガン家はこの国に忠誠を誓い、そこに住む国民を危難から遠ざける事こそ使命だ。軍務など平時には罵られるもの、それこそ平和の証だ。じゃが、儂らの領に住む民も、中央の同士たちも儂らのことをよく解ってくれとる。幸せな事だ」
この言葉で僕はすっかりと毒が抜かれてしまった。何より、政略のために結ばれた婚約者が自分の一番の理解者だった事が余計に納得させられる所だった。
そう、中央にも理解者、同士がいる。国難に立ち向かい、常に常在戦場の気持ちを忘れる事なく鍛練を続ける者たち。王国正規軍である王国騎士団を指揮する兵部局にて兵部卿を歴任する家こそがメデチト侯爵家で、当代の当主は野盗騒ぎのさいに一刻もはやく救出のために国軍を動かすべきと主張した人物だ。
王国騎士団のほか、王家の私兵である近衛騎士団、また平民の志願兵からなる王国兵団と指揮系統の違う組織があり、王都周辺警備隊もまた、兵部大輔に任命された貴族家出身者の指揮下で貴族兵民の混成組織となっており、これもまた指揮系統が違う。
これが災いし、文官たちが「どの部隊を送るのが正しいか」という不毛な議論を起こす事になった。
まだ当主に就任して間もなかった現メデチト侯爵閣下は文官たちを納得させ、早急に根回しして部隊を送り出す事が出来ずにいた中で、独断専行という軍務においては誉められた事では無いにしろ。たった数名で救出に向かい、敵を制圧してみせた親父殿に憧れたのだとか。
婚約が決まり、ファルマール侯爵閣下と始めてお逢いした時に、熱く語られた事は今でも忘れられない、嬉しくて恥ずかしい思い出だ。
「貴君の父上はまさに英雄だった。皆殺しにされている可能性もあった警備隊のメンバーは奴隷商に売り飛ばすためか、素性を調べて身代金を要求するために生かされていた。貴君の父上の迅速な行動がなければ、他国へと奴隷として非合法に売り飛ばされた者も出ただろう。何よりだ。貴君の父上は独断専行で救出を優先したことに『軍規違反と処刑するなら構わんからやればいい。ただ、法が法がと煩い連中に訊くが、辺境から王宮に参内した貴族家当主が供数名と野党討伐に赴く事を禁止する法があるのか』そう言って文官どもを黙らせたのは痛快だった」
結局のところ、辺境守護を担う我が家と中央警護を担うメデチト家との繋がりをつくり、相互、特に国軍側の辺境への演習機会を増やし、王国騎士団、そして下部組織に組み込まれた王国兵団、王家の私兵ではなく、王国騎士団より選抜され出向される形となった近衛騎士団、それぞれの底上げを狙っての婚約ということなのだが。こうした改革はファルマール侯爵閣下が親父殿の協力のもと進めていったらしく、なんというか、お二人とも武力だけじゃないんだよなと。
だからこそ、たまに見せる脳筋思考が際立つというか、その被害者である僕に救いが無いと言うか。
まぁ、親父殿信者のファルマール侯爵閣下のお陰か、生来の性格か。その両方だと思うが、シェリーは決して我が家を侮ることもなく、僕との婚約も喜んでくれて、僕としても可憐で儚げな美貌でありながら、とても芯が強く、物怖じすることない凛とした姿勢が好ましいシェリーの事が恥ずかしいが大好きだ。
ただ、同学年の第2王子殿下からは僕も婚約者もあまり良くは思われていないようだ。
第2王子殿下であるナルカ殿下の立ち位置は微妙だ。現陛下には妃殿下の他に寵愛する後宮の姫はいない。万が一の跡取り不足のために後宮には300を超える美姫が控えており、それを世話する者もまた、かつての後宮の姫たち。そんな後宮へと、陛下は2度しか即位してより入っていない。
1度目は即位後に後宮の姫たちとの面通しのため、2度目は妃殿下と成婚されて、奥の主である妃殿下が後宮に挨拶にいかれるのに付き添うため。
そう、現陛下は妃殿下に大層一途で、幸いに三男一女の子宝に恵まれたこともあり、現陛下は妃殿下以外に愛妾がいないのだ。
そうなると、母の身分での格差が兄弟に存在しない。すでに立太子されている第1王子殿下は無事に成人を迎えて公務に励んでいらっしゃるので、万が一のストックは一人でよかろうと、既に第3王子殿下は成人後の臣籍降下が決まっている。
そう、第2王子殿下は現状では王太子殿下の予備であり、ゆえに将来は王宮で公務を与えられることになる。当たり前と言えば当たり前だが、本人が納得するかはまた別の問題だ。そして、ナルカ殿下は納得されていないことを隠しもしない態度であり、なまじ優秀なために排除されていないが、王太子殿下は輪をかけて優秀であるが故に御輿に担ぐ者も愚物しかいない。
そう、本人が意識するかしないかは二の次として、ナルカ殿下はご自身の言動で暗殺の危機にある。優秀といっても、学業の成績の話と、型通りの武術を通り一遍修得されているというだけ、ご自身の振る舞い故に「頭ばかりで理を解さない」と思われてしまっている。
実のところ、同じ学年に入った僕たち婚約者二人は殿下を陰ながら護衛することを暗に王家に頼まれてある。
シェリーは武力という面では普通の令嬢と変わり無いが、諜報の能力はとても高い。何気ない会話を展開しているように見せて重要な情報を引き出したり、様々な出来事、拾い聞いた発言から事実を導き出す訓練を受けて育ち、完璧にこなす事が出来る。
見た目は可憐な美少女でか弱い印象の彼女だけに警戒心をもたれないことも向いているのだろう。
僕はといえば、型通りの道場剣術が尊ばれる中央では田舎剣法と揶揄されてもいるが、何せ親父殿やお爺様、そして領兵団の精鋭たちに幼少よりしごかれて、魔獣討伐にも何度も参加させられている。魔法の手ほどきも同様で、回復、攻撃どちらの魔法も使えたお爺様と、攻撃特化だけれど、高位階の魔法を格闘戦をしながらも行使出来る親父殿、戦災孤児として拾われ、辺境伯家ゆかりの教会で神官として育てられたものの、その卓越した身体能力で僧兵として我が家に迎えられ、高位階の回復魔法を使えて、高い教育と本人の資質で家令として使用人を束ねる知識と礼節を知るジョセフに育てられたのだ。
結論で言えば、親父殿やお爺様のような筋肉達磨には母方の血筋ゆえかなれなかったものの、身体強化魔法を常時発動していることで、親父殿よりは強くなれた。といって全盛期を過ぎた親父殿にやっと模擬戦で一本とれた程度、まだまだなんであるが。
学園に入学した当初、親父殿に似ず線が細く、まるで女人のような優男の僕に、ファルマール侯爵閣下が心配なされた。辺境の地で鍛えられた男には到底見えないためにいずれ自分たちの姫が嫁いでいく男としては不満がある者がいるのだと。
ファルマール閣下は僕の実力を知っていたので、騎士たちにその力を見せて実力を示してみないかと打診されたのだ。
親父殿信者のファルマール閣下の影響か、王国騎士団には親父殿信者が多く、そのために息子の僕への視線は確かに当初は厳しかった。
折角の機会でもあるし、対人戦闘の良い経験にもなると、お受けしたんだけど。
僕はこの時、辺境の猛者たちを基準に考えてしまっていた。
騎士団の精鋭たちを集めたと仰有った事と、あわせて決して手を抜かずにと閣下から言われた事で、僕は全力でやらなければとしか考えてなかった。
結果が千人長を筆頭に騎士団の実力上位者を軒並みボコボコにしてしまった。身体強化以外の魔法は禁止だったので、純粋に剣での勝負だったんだけど、終わって見れば、僕はすっかり「親父殿の息子」と認知され、騎士団員と打ち解けることも出来た。
そういった経緯で同年の学生たちはおろか、現役の騎士たちより強いならと護衛役を任された訳だ。
ただ、当の本人が初手から僕を馬鹿にしていた。
田舎者は領地に引っ込んでいろとばかりの態度をとられては残念ながら忠誠など明後日に投げ捨ててしまった。
ナルカ殿下が僕を気に食わない理由は実にくだらない。直接訊いた訳では勿論ないが、吹聴している陰口ならシェリーが拾って来てくれる。一応は護衛を任されているし、実際何度かお命を救ってもいる。警護対象と無理に親しくなる必要はないが、信頼関係は築いた方が楽だと調べてみたが。知らない方がモチベーション的に良かったと後悔した。
何の事はない、ただの嫉妬と我が儘だった。
辺境からオーガの息子が同学年で来ると聞いて、どんな野蛮で粗忽そうなむくつけき大男が来るかと思って、馬鹿にしてやろうと構えていたら、大男ではあったけれど、スラリとした長身の美男子で、ならば辺境出で脳筋な上にあの細身では剣才もないのだろうと踏めば、どうして成績上位で剣どころか、武術全般に抜きん出て強い。
ならば、軍閥出の婚約者をあげつらってやろうと思うも、こちらも美しく可憐で誰からも愛される可愛らしく、それでいて能力も申し分ない婚約者だ。
詰まる所は田舎者を馬鹿にして吊し上げストレス発散しようと思っていたが、思うようにいかない苛立ちで敵対視されたということで、本当に情けない方だ。
~~
「この学園に相応しくない者がいるのは嘆かわしいな」
ワイワイと騒がしい学食でそんな声が響いた。
声の主はナルカ殿下だ。
それほど大きな声で言った訳では無いが、無駄に響く美声と、妙な存在感のせいか、その一言は学食にいる学生たちの注目を集めてしまった。
ナルカ殿下の側仕えたちもニヤニヤと視線を向けている。あの主君にして、この従者と言うべきか、従者がこうだから、主君もと言うべきか。
彼等の視線の先には今年入学した新入生の1人、今年初めて導入された特待生制度で入学した男の子が拳を握り締め小刻みに体を震わせて、下を向いていた。
彼、シューミット エルサグランは従者階級である士爵家の子息だ。
本来なら王族や貴族階級といった上級貴族の通う学園に彼のような下級の準貴族は通わない。ただ、そのあまりの優秀さ、勤勉さから、エルサグラン家が仕えるザロー男爵家の目にとまり、次期男爵の従者とするだけでは勿体無いと、寄り親を頼って相談を持ちかけたのが始まりで、最終的にはファルマール閣下のお眼鏡にかない。将来は王宮文官として、ゆくゆくはジェントル初の大臣となることまで期待されての特例による入学者だ。
メデチト侯爵家寄り子の伯爵家の中でいくつか養子縁組を用意している家もあると聞いている。ファルマール閣下としては武家の家柄の中で文官として要職に食い込むことが出来ればとの思惑もあるだろし、これだけ取り立てられれば、忠誠心も恩義とともに養われるだろうとの打算もある筈だ。
助けを出すにも、拙速に動けばこちらが非難されかねない。とはいえ、見殺しは不味いし心情的にもしたくない。どうしたものかと思っていると殿下がいよいよ失言をした。
「まったく役にも立たぬ軍人の家に取り立てられて調子に乗るなど、身の程を弁えるべきだな」
流石にこれは不味い、殿下といえど、まだ成年前の17だ。公務といっても挨拶と将来のための処理の簡単な案件を任されるている程度、王宮の下級文官よりも権限も裁量もなく、ただ王族の身分があるだけなのだ。それを、いくら臣下とはいえ、侯爵家当主であり兵部卿である閣下を貶める発言は大問題だ。そもそも殿下の臣ではなく、陛下の臣であり、要職を担う重鎮だ。それを貶すことは陛下にたいしての不敬ととられかねない。
流石に諫言せねばと動き出すも、目線で制される。
シューミット殿はご自身で切り抜けるつもりのようだと見守ることにする。
「直言する無礼を先に謝罪致します。その上でどのような理由でメデチト侯爵家を侮辱されたのか、申し開きをお聞きしたく思います。正式な理なく兵部卿を軽んじる発言をされたのなら、殿下のお父上である陛下の治世に不信を抱いていると邪推されます」
真っ直ぐと前を向き、震える拳から血が滲むほどに握り締めながら進言する姿は素晴らしいものだった。惜しむらくは殿下は反論されたことだけに反射的に拒絶してしまったことだろうか。
「従者出の人間が、私に意見するなど、本当に無礼な」
そのまま手近にある瓶をとり、振りかぶって打ち付けようとしたのだ。
「そこまでです。殿下」
もう駄目だ。この殿下を放っておいて良いことなどない。お守りもここまでと瓶を持つ手を思い切り握り潰してやる。
「いっ……痛いっ、はっ放せーっ」
瓶を取り落とし割れた瓶の破砕音が響くなか、泣き出しそうな顔で情けなく放せ、痛いと繰り返す殿下、おろおろと狼狽するばかりの側仕え、本当にくだらない。
放してやると、手首を擦りながら此方を睨んで叫び出す。
「この不敬だ。処刑してやるっ」
「何の罪状でですか、殿下。同じ学舎で学ぶ者を蔑み、殿下よりも立場のある者への不躾な中傷を窘めた者へ、謂われなく暴力を振るおうとし、それを止められた。それを制止致しましたのは間違いなく私ですし、咄嗟のことゆえ、加減が出来ませんでしたが、あのまま殿下が其処の者を打ち、万が一打ち処悪く死んでしまえば、殿下といえ処罰は免れませぬよ。それを防いだのです。問題など無いと思いますが」
正論返しが必ずしも良いものではないのは百も承知で敢えて正論で返す。もう、歯に衣着せる気持ちも失せてしまったのだと気付く。
散々と嫌味や嫌がらせをされても受け流して来たが、こうして他者、それもそれなりに繋がりがあり、努力していることを知っている年下の者を罵られる所を見せられると、保身とか、どうとか、受け流すとか、正してやろうとか、全部どうでも良くなってしまった。
王国の臣下として、次期辺境当主としては失格かもしれないが、恐らくはバルガン家の人間としては正しいのだと思う。親父殿が言った「王家に忠誠を誓った訳ではない」という言葉が身に染みて解ってしまった。
「ふっ、ふざけおって、不敬だっ、私は王子だぞ」
そんなことしか宣う事が出来ないから、学があっても能がないと呼ばれるのだと呆れてしまう。
「処罰だ処刑だと言うなら、どうぞ稚児のようにお父上に泣きついて、あいつを殺せと駄々を捏ねれば宜しい。乳飲み子の方がまだ道理を解する頭があるでしょうに、情けない。所詮は王家に産まれただけの男が、ご自身の立場も力も理解せずに傲岸不遜に振る舞われる。どこに敬意を示す処がありますか、それを不敬と仰有いましても、そもそも敬う要素がありませんよ」
これにシューミット殿が焦って諌めようと僕を見ますが、今度はこちらが手を出して止めます。もうよいのだと、これで処刑だ処罰だと騒ぐほど王家は愚かではないと知っていますし、万が一、子供の喧嘩で国を割ろうと言うなら、僕はファルマール閣下には多少叱られるかも知れませんが、親父殿もお爺様も、そして閣下も味方になってくれるでしょうし、万が一、潔く死ねと言われれば、それも良しでしょう。
兎に角、この馬鹿に付き合う気持ちは失せたのです。
「処刑だっ、処刑。父に言って車裂きにしてやるっ」
広角泡飛ばす殿下に令嬢たちが引いている。もう少し感情を抑えられないものか。
「親の威を借りねば何も出来ん幼子だとからかわれて、それを自ら肯定してどうしますか。そもそも、散々にお命を陰ながらお救いしてきたというに、それも気付かずに堂々と婚約者共々、私たちを罵る有り様。愛想も尽き果てました。せめて、ご自分のことくらい、ご自分で処断なさい。それでお父上からお叱りを受けても仕方ないと腹も括れぬなら、泣いて喚くだけの乳飲み子は黙って家に帰れば宜しい」
学食の中は普段の喧騒とうってかわって張りつめた静寂に包まれている、周りの者の動揺が鼓動とともに伝わってくるように。
僕は自分でもわかるほどに普段は物静かでおとなしく、穏やかな人間だ。それがはっきりと皮肉でもない罵詈雑言を殿下に向かって吐いている。驚き困惑するのも無理はない。
ここまで侮られたことのない殿下だ。怒りは相当だろう。ただ、伊達に2年以上、殿下の近くで護衛してた訳じゃない。このあとの行動も予測がつく。つくだけに悲しい。
優秀な王太子殿下の予備とはいえ、健康面に不安もなく、政情も他国との関係も安定している今、王太子殿下の立場は揺るがない。なればこそ、ナルカ殿下に侍るのは期待されない、はみ出し者の次男三男の駄目なほうだ。派閥をつくる貴族家も、勝ち馬に乗り損ねて競争に破れた家ばかり、今更、王位継承の夢など見られるより、確実な利権を手にして袖の下でも来ることを期待するだけの愚物ばかりだ。
そんなものたちの甘言に踊らされ、持ち上げられるうちに諫言を聞き入れる度量も無くされてしまった。
陛下、妃殿下、そして王太子殿下はそれぞれ哀れに思い、息子を弟を甘やかしている。第3王子殿下は無関係とばかりに我関せずの態度だ。
結局、誰1人としてナルカ殿下に向き合わなかった、そう僕を含めて。
本当に情けない。いくら面倒と思ったといっても、悪態をつかれることに嫌気がさしても、自らのポテンシャルと産まれだけを誇りに、それを拠り所に壊れていく様を見ながら、結局は僕はそれを見殺しにしていたのだ。殿下にも自分にも呆れ果てる。
ついに怒りで震え出したナルカ殿下が胸ポケットに手を伸ばす。予想通りだが、予想外でもあった。
投げつけようとしたハンカチーフは怒りのあまり振りかぶり過ぎて空気を孕み、殿下の目の前で失速するとヒラヒラと殿下の足元に落ちてしまった。
あちこちから失笑が起きる。
空気が漏れる音だけでなく、明かに笑い声も混じり、不味いとばかりに口を押さえて明後日を向く者たちの中にあって、殿下の顔は既に茹でた蟹より赤い。
ため息をついて、僕は殿下に歩み寄りハンカチーフを拾いあげる。
「決闘はお受けします。日時と場所はそちらで決めて、後でお知らせ下さい。私はいつでも準備出来ておりますので。あと、私は無論、自分で出ますが、代理人を立てられても構いません」
「馬鹿にするな、私とて自分で闘う。貴様ごときに負けんわ」
泣きそうな顔で言うナルカ殿下に僕は微笑みかけた。
「そうですか。楽しみにしております」
毒を抜かれたように茫然と僕を見る殿下を置いて、僕は婚約者のシェリーと傘下の家に関わるシューミット殿を連れて食堂を出た。
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王都の辺境伯邸に戻る。
王都に貴族屋敷のない者のために学生寮もあるが、高位の令息令嬢はタウンハウスから通う者が多い、また、賃貸住宅を借りて通っている者も少なくない。
戻って来たばかりで問題を起こしてしまったし、暫くの間は自主的に謹慎と称して休んでしまおうと決める。
王家より書状が届いたのは翌日で驚くことに書状を届けに来たのはファルマール閣下だった。
「もっとやりようがあったであろう。まぁ、良くやったとは思うが」
苦言を呈しながらも認めて下さる閣下に申し訳なさとともに感謝する。
書状にはナルカ殿下との決闘を2週間後の休日に王立競技場にて行うとの内容が書かれていた。
その日のうちにシェリーが訪ねて来て心配されるが、大丈夫と笑うと「やり過ぎないでね」と返される。信頼は嬉しいが殿下の心配とは少し焼き餅を焼くと、「レオナス様以外に懸想する相手などおりません」と怒られてしまった。可愛い人だ。
シェリーはちょくちょく足を運んでくれ、そしてシューミット殿も訪れて来た。頻りに今回の件を謝られていたが、シューミット殿に非の一つも無いのは明白なので謝罪は受け入れず、友となってもらう約束を取り付ける。素晴らしい友人が出来た。
決闘数日前、領地よりお爺様、親父殿、そしてジョセフがやって来た。ジョセフには心配されたが、お爺様と親父殿は「それでこそ我が家の漢だ」と喝采されて、ジョセフ共々笑ってしまった。
どうやら僕は半人前くらいにはバルガン家の漢になれたようだ。
決闘当日、軽装鎧を身に着ける。胸当てに手甲と脛当て、どれも魔獣の革で出来た革鎧だ。
「格好いいですよ。レオナス様」
そういって舞台袖で誉めてくれるシェリーにありがとうと返し、無言で拳を上げて豪快な表情の笑みを浮かべる親父殿たちに拳を上げて返す。
闘技場では剣奴たち同士の闘いや、剣奴と大型の野獣との闘いに観客たちが盛り上がっている。収容人数2万を超える巨大闘技場のメインイベントに僕とナルカ殿下の決闘は据えられた。どうやら陛下は本格的に駄目な息子と、未熟な臣下の子供にお灸を据える心づもりらしい。
舞台にたつ、観客たちの反応は今一だ。当たり前だろう。高位貴族の子息というだけでも野次など飛ばせないというに登場した二人の様子に落胆したのは丸わかりだ。
先ずは僕、王都では眉唾ものと思っている者も多い、お爺様と親父殿の伝説だが、それでも知らぬ者はいないし、事実であるからは信じている者もいる。だからこそ、そんな英雄たちの孫、子となればどんな奴かと興味くらいはもっておかしくない。それが出てきてみれば、自分でいうのもなんだが、背だけは高いが革鎧の軽装で、女人のような細く顔立ちまで女のような、良く言えば貴族らしいが、武人には見えない男が出てくれば、やはり伝説は眉唾かと鼻白むのも已む無しだ。
そして、もう1人が酷すぎる。軽量化の魔法をかけてあるのだろう。でなければ、重すぎて動けない程にがっちりと金属鎧を着込んだ男が呼び出しに応じて従者に付き添われて出てきたのだ。顔まで見えない程とは恐れ入る。
片や軽装の革鎧、片や矢も通さぬ程の金属鎧では衆目がヘタレ過ぎだと感じても責められない。実際、すでに物を投げ込まれるのではと思うほどに不満が燻っているのを感じる。それでも帰る者がいないのは王族と高位貴族令息の決闘なんて、庶民では先ずお目にかかれない珍事を目に焼き付けようという好奇心だけだろう。
審判役の男性がルールを説明し、開始の合図を出そうとするが、僕はそれに一旦待ったをかけた。
「ナルカ殿下、このような言い方は失礼とは思いますが、殿下と私の実力では結果が見えすぎております。観客のためにも、私がハンディを差し上げるご許可を頂ければ」
ナルカ殿下は言われたことをすぐに理解出来ず固まっていましたが、ヘルムの中のくぐもった声で叫びだし、すぐに反響したのか耳のあたりを押さえて言い直しました。
「わっ……わたしっ、ぐわぁあぁ。……はぁはぁ、私を馬鹿にしおって、後悔しても知らんっ、ハンディでもなんでもつければいい」
審判役の顔を伺えば、殿下も了承しているためか、頷いて返してくれた。
「ならば」
僕は決闘用の剣を利き腕の脇へと滑り込ませる。決闘用に刃引きされているとて僕には関係ない。
滑らかに然れど素早く左手のみで引き上げられた剣は高らかに突き上げられ、そうして、僕の右腕は宙を舞った。
静寂に包まれた闘技場は僕の右腕が舞台へと落ちるとともに割れんばかり歓声と悲鳴に轟いた。
腕斬オーガの息子がそれを再現したのだ。パフォーマンスとしては上々だろう。
「殿下、お連れになっている従者の方に舞台袖のお友達もお呼びなさい。こちらは剣一本で闘うゆえ、魔法でもなんでも好きにつかって、見事バルガンを討ちとってみせなさい」
僕の言葉を聞いたナルカ殿下は小手を外して投げ捨てるとヘルムも外して叫びあげる。
「何処までも虚仮にしやがって、消し炭にしてやる。おいっ、舞台にあがれっ」
号令に渋々従った供回りの者たちが舞台にあがり、一斉に魔法を放ってくる。殿下もまた、魔法を紡ぐべく詠唱を始めたが。
「遅いです」
瞬時に接近した僕が剣の柄で喉を軽く打ち、詠唱を止める。
殿下に接近されたことで同士討ちを恐れて魔法を撃つことが出来なくなった者たちはおろおろと突っ立ている者、こちらに接近戦を仕掛ける者にわかれたが、背後に喉を押さえて踞る殿下をおいて突っ立ている者たちに突貫する。
慌てて魔法を撃とうするが、剣の腹で叩きのめして沈黙させる。
振り替えれば今更に回復した殿下と接近戦を仕掛けた者が態勢を整えて第2陣の構えのようだ。即席にしてはよく対応している。
殿下をサポートすべく突っ込んで来る者たちを斬り結ぶ事なく、一振り一人で沈めていく。その犠牲で詠唱を終えた殿下の高位魔法が炸裂するが、僕は足を止めず走り抜ける。
「消し炭だっ、この無礼者がっ」
「甘いですよ。殿下」
破っと気合の元に一閃した太刀の煌めきは殿下の魔法を真っ二つに斬り霧散させる。
そのまま突貫し、今度は刃を殿下の喉元へ突きつける。
「そっ、それまでっ、勝者、レオナス バルガン」
審判の声が上がり。僕は剣を納刀すると悠々と腕を拾い、何事もなかったように繋げてみせた。
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俺はゴンザってしがないダフ屋だ。
乗り合い馬車の木券を安く仕入れては売ったり、闘技場の入場券なんかも伝を使って買いためて売り捌く。この日の入場券は人気だった。なんでも虚けで有名なナルカ殿下を諌めた貴族の坊っちゃんに殿下が決闘を吹っ掛けたとか、しかも、その諌めた相手が王都じゃ有名な腕斬の人鬼の息子だってーんで。
いつもなら、ぜーんぶ売って金にかえるんだが、いつもの倍の値段をつけても飛ぶように売れたんで、一枚残して俺も観戦と洒落こむことにしたわけさ。
メインイベントまではいつもの通りだが、それでもたまには観てみるもんだ。懐が温かいのもあって売り子の売る安い酒でも美酒に思えるし、程度の悪い安いつまみも旨く感じる。
メインイベントが始まると、会場は明かに冷えた。
辺境伯のご子息ってのはまだマシだった。
美貌の貴公子って感じでさ。オーガの息子ってのを期待してたんじゃなきゃ、あれはあれでありだよ。舞台俳優みたいに映える見た目で立ち姿も立派だ。見るもんが見れば、隙もなけりゃ、動きもヤバイのもわかる。女っ子なんて、うっとりと見とれてたもんな。
まぁ、筋肉達磨の猛者を想像してた俺みたいな連中が肩透かし食らっただけだ。
ただよー。殿下はダメだろ。決闘なのに顔まで隠れた板金鎧じゃ、替え玉使っててもわかんねーじゃねーか。
さすがに王族相手にヤジもとばせないじゃ、盛り上がりにかける。こりゃ、後で返金しろって輩が湧くかと懐が急に寒々しくなったころ。
辺境伯の息子がとんでもない事をしやがった。
父親の伝説に肖ったのか、自分の腕を斬り飛ばすと、今度は爺さんの伝説の再現なのか、味方を舞台に上げて卑怯にも魔法を連発する殿下の一派を悉く討ちのめしていく。強いなんてもんじゃねー。速いわ、強いわ、最後には殿下の放った、凡そ人に向けちゃいけねー規模の魔法の炎を一太刀であっさり斬り捨てて、殿下に切っ先を突き付けて勝利すると、何でもないように斬り飛ばした腕をくっつけて、舞台に飛び込んできた、えれー別嬪の娘っこに泣きながら抱きつかれて頭を掻いてやがる。なんだ、あの化け物は。
取り敢えず、どうやらバルガン家の伝説は眉唾なんかじゃねーんだな。
あと、こんだけ盛り上がんなら、もうちょいふんだくっても良かったななんて、酒を煽って笑ったもんよ。
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決闘から数日たって、ナルカ殿下が正式に僕に謝罪に来た。謝罪される謂れはないので、謝罪はシューミット殿とメデチト家にと言ったのだが。
「貴君の献身を無駄にし、己の立場も弁えずに横暴に振る舞ったことは詫びねばならない。何より、覚悟を持って諫言してくれたことで、私も目を覚ますことが出来た」
真摯に語るナルカ殿下だが、殿下曰く、鬼神の如く迫る僕に、普段は調子を合わせるばかりで、どうせ自分のことなど軽んじていると信じていなかった者たちが自分のために時間を稼ぎ突貫して散っていったのを見て、また、同い年にも関わらず、自らの腕を一度斬り落としてまで、覚悟をしめし、その上で常軌を逸した強さを見せられたことで、己がどれほど卑屈になり、くだらん自尊心を慰めていたかに気付いたとのこと。
「貴君の忠誠に心打たれたのだ」
と、ナルカ殿下は仰有っていたが、まぁ勘違いでも良い方向へいったならいいだろう。王家からも感謝されたし。
あと、王都を中心に僕の通り名が「腕斬貴公子」何て言う、親父殿のに輪をかけてクソダサいものになって広まっているらしい。
親父殿とお爺様は喜んでいるが、僕は納得してないので早急に消えて欲しい。
最後にシェリーには舞台で泣きつかれ、その後も腕に違和感は無いかと引っ付いて問い質された。
心配をかけた罪悪感から、無下には出来ぬし、心配してくれることは嬉しいので、それ自体は問題なかったが、余程トラウマだったのか、夢に出て魘されると不眠症になってしまい、健康を害してしまったことは申し訳ないではすまない。
「まったく、うちの大事な娘がすっかり弱っとる」
「申し訳ありません、閣下」
ファルマール閣下に詰め寄られては謝るしかない。
「仕方ないから、式を急ピッチで準備するから、レオナス君は今日からうちに来るんだ。娘が安心して眠れるまで、付き添って手を繋いでいること、あと婚前交渉はお義父さん認めないからな」
それって、どんな拷問ですか、とは言えなかった。
来月には挙式で、シェリーは僕のお嫁さんになる。
そんな婚約者は僕に手を握られてすやすやと嬉しそうに寝ている。さぁ、僕も与えられた部屋で寝よう。
「行っちゃダメですぅ」
今のは寝言なの、起きてるの。はぁ、今日も寝不足になりそうだ。一番の強敵はやっぱりシェリーだったね、僕にとっては。
感想お待ちしてますщ(´Д`щ)カモ-ン