悪役令嬢に仕立て上げられたので、王子の尊厳を破壊することにしたお話
「伯爵令嬢アークヤー・クレイジョー! 君がこのミリョース嬢にしたひどい仕打ちの数々はすでに調べがついている! 君は、この国の妃にはふさわしくない! 婚約を破棄させてもらう!」
穏やかに営まれていた夜会の空気が張り詰めた。
婚約破棄の宣言をしたのは、私の婚約者オウディーサ・マークスター。この国の第一王子だ。
いつもは涼やかで整った顔で、誰にも微笑むやさしい人。だが今は、険しい眼差しで私のことをにらみつけている。
その隣に立つのはミリョース・ヘーミンディ。平民からこの貴族の学園に入学した才女だ。
貴族特有の華美さはない。素朴で清楚で、妖精のようにかわいらしい少女だ。
彼女はオウディーサ王子の傍らで、不安そうに彼のことを見つめている。
そしてその後ろに立つのは近衛騎士筆頭にして、王子専属の騎士ソーウキード・ノンリバー。
長身で、細身ながら引き締まったくたくましい身体。怜悧な顔立ちは、貴族社会でも多くの貴婦人を虜にしている。
彼は王子たちを見守るように立っている。何が起ころうと、彼は王子の身を守ることだろう。
身が震えた。
こうなることはわかっていた。覚悟していた。それでも、恐ろしくなる。
だが、やる。やらねばならない。私は意を決して、王子に問いかけた
「婚約破棄……これは王家の定めたことです。いくら王子でも、それを破棄することが許されると思っているのですか?」
「誰に許されなかったとしても、僕はやる! この人のため、愛のため、僕はなんだってできるんだ!」
「それでは、一つだけ確認させてください」
「なんだ、申し開きがあるなら言ってみろ!」
「あなたのその愛は、真実のものでしょうか?」
約一年前。オウディーサ王子と私が二年に上がった時。ミリョース・ヘーミンディは新一年生として入学してきた。
彼女は、平民ながら主席の成績で入学してきた。あまりに才能に溢れすぎていた。
オウディーサ王子が彼女に近づいたのも必然だった。貴族社会は平民に対する偏見が強い。彼女の眩いまでの才能は、保護しなければならないものだったのだ。王子が交友を持てば、他の貴族は迂闊に手を出せなくなるはずだった。
オウディーサ王子とミリョース嬢が仲良くなっても、私は気にしなかった。むしろ、彼のやさしさに感心していた。
ミリョース嬢の飾らない態度と素直でまっすぐな様は、多くの生徒たちに好ましく映っていた。心配するまでもなく、彼女は学園に受けいられていった。一部の男子生徒は、彼女の素朴なかわいらしさに魅了されているようだった。
すべてがうまくいくと思っていた。
しかし、やがて状況は変わっていった。
オウディーサ王子は私との接触を避けるようになった。皆が、彼女とオウディーサ王子が共にいることを当然のことと認めるようになり、私のことは邪魔者だと陰口を叩くようになったのだ。
私は自分の評判が悪くなるのを防ぐため、努力した。
しかし、そんな努力は無駄だった。
試験で高成績をとっても、教師にワイロを送って点数を稼いだと噂された。
慈善活動に参加しても、裏では平民を虐げていて、それを隠すための偽善だと噂された。
ミリョース嬢にマナーについてちょっとした注意をしただけで、ひどい悪罵を投げつけたと噂された。
功績を上げても、善行を為そうと、正しいことをしても。そのすべてが悪評の種にされてしまった。
あまりにも不自然だった。まるで大きな流れに組み込まれ、その中を強制的に歩まされているような気持ち悪さがあった。
原因をつかもうにも、何から手をつければいいのかすらわからなかった。
そこで私は、思い切って冒険者ギルドに頼ることにした。
そこには魔物や魔族と言った、人の理を外れたものを相手にしている者が多くいると聞いていた。こんな異常な状況について、何らかの知見が得られるかもしれないと思ったのだ。
表立っては行くことはできなかった。平民の服を身にまとい、お忍びで冒険者ギルドへ向かった。
人目を避けるため、夜を選んだのが災いしたのだろう。平民を装うことばかりに気を取られ、身を護る事にまで気が回らなかった。日も落ちた時分に、若い娘が一人で歩くのは危険なことだった。
「ようよう姉ちゃん、お兄さんたちとちょーっと付き合わない?
「大丈夫大丈夫、お兄さんたち優しいからさあ、痛いことはしないよお。ちょおっと遊んでくれるだけでいいんだぜえぇ」
気がつけば裏路地に追い立てられ、怪しい男たちに囲まれてしまっていた。
貴族の令嬢と言うものは、恥をかかないために自害用の短剣を持ち歩いているものだ。それを使って抵抗するしかない。こんなところで、志半ばで命尽きるのは、断じて受けいられなかった。
覚悟を決め、短剣を抜こうとしたとき、救いの手は差し伸べられた。
「よしな、見てわからないのか。そいつはホンモノのお貴族様だぜ。お前ら命が惜しかったら、とっととどっかに行きな」
そう言って現れた男は、抵抗するチンピラたちを一蹴してしまった。素人目にも、男の強さは際立っていた。
黒髪に鋭い目。頬を走る傷跡に目を惹かれた。目を奪われるほど整った顔立ちだが、美しさより凄みを感じさせられた。
貴族の男性が芸術家に作られた華やかで美しい芸術品なら、その男は鍛冶屋に造り上げられた武骨で鍛え抜かれた刀剣のようだった。粗野にも感じるが、磨き抜かれたその強さが、なぜだか美しく思えた。
「俺はカッサーラ・ウェイクメン。冒険者だ。助けたんだから、報酬はきっちり払ってもらうぜ」
冒険者について、事前に少し調べていたので、その名前は知っていた。
カッサーラ・ウェイクメン。職業は盗賊。実力のある冒険者ということで有名だった。その活動範囲は広く、魔物の討伐から悪徳貴族の調査まで、様々なクエストをこなし、功績をあげているという。
実際に会ってみて、評判だけではないという印象を持てた。信頼できる人物だと確信できた。貴族の調査に慣れていると言うのも都合がよかった。
冒険者ギルドを通して正式に依頼し、彼に相談することにした。
私をとりまく不自然な状況について、実名を伏せて説明した。もっとも、貴族社会にも通じているカッサーラ相手にはほとんど無意味だっただろう。でも、形の上ではそうしなければならなかった。
説明を終えると、カッサーラ・ウェイクメンはあきれた様子だった。
「おいおいお嬢さん、そいつぁ本当の話かい? まるっきり悪役令嬢ものの小説じゃないか」
そうした物語の存在は知っていた。市井で最近流行っているのは、私の耳にも届いていた。
だが、まさか自分がそれと同じ状況になっているとは思わなかった。
状況を打開するヒントがあるかもしれないと思い、その本を取り寄せることにした。
平民の娘が貴族の学園に入学し、王族と恋をする。王子の婚約者だった令嬢が悪役となり、その恋路を邪魔をする。最後に悪役令嬢は断罪され国外追放となり、王子と平民の娘は結ばれる。
悪役令嬢ものの小説は、そういった内容だった。
平民の楽しむ娯楽小説だからと読まずにいた。改めて読んでみたら、悪役令嬢は私の境遇そのものだった。初めて読んだときは背筋がぞっとした。
調査を進めていくと、ますます恐ろしいことが分かった。
悪役令嬢ものの小説は驚くほどたくさんあった。基本的な設定はそれほど変わらないのに、実に多彩なバリエーションの物語があった。
ただの流行ではなかった。市井のどの書店でも何冊も悪役令嬢ものの本が並べられ、在庫も豊富にあった。学園に通う貴族令嬢もこういった本を大量に取り寄せていることが分かった。
「きな臭くなってきたな。俺も調べるまでは気にしなかった。だが、気にならないほど当たり前になっていたというのが、異常なことだ。ただ流行したというものじゃない。何者かの意図がある。おそらく、大きな組織がバックについている」
調査結果を前に、カッサーラはそんな感想を述べた。
更に調査を進めると、彼の予想は確信へと変わっていった。
悪役令嬢ものの小説には、何人もの王党派の大貴族が出資していることがわかった。文芸に貴族が出資することは珍しくないが、ここまで偏っているのは異常なことだった。
ここまで来れば明白だった。
カッサーラと二人で、こう結論付けるしかなかった。
これは、王家が主導してやっていることなのだ。
魔王が討伐されてから50年。平和な時間が過ぎた。
平和が続き、余裕が出てきた民衆は、国の政治に目が行くようになった。
いかに善政を行っていようと、貴族階級を支えるのは民衆であり、その負担は無くならない。不満は確実に降り積もる。
魔王がいたころは、戦いに目を向けさせ、魔王軍が民衆の不満を一手に引き受けるよう誘導した。それで国家の安定を図った。しかし今、その手は使えない。
そこで、悪役令嬢ものの小説だ。これは平民が成り上がるサクセスストーリーだ。
小説として民衆にも貴族にも広め、共通の認識を持たせる。
その上で、本当に王子と平民の娘が結婚したらどうなるか。
物語で慣れ親しんだ展開だ。大半の貴族も民衆も受け入れ、祝福することだろう。
平民を王族に取り入れることで、離れつつある民衆からの支持も復活するに違いない。
最近の私の悪評が高まっている理由が分かった。
私に、悪役令嬢という役が割り当てられたのだ。
学園の皆は無意識に、慣れ親しんだ物語をなぞろうとしている。そればかりか、何者かがこの状況を都合よく推移するようコントロールしているようなのだ。
小説通りの展開なら、オウディーサ王子は、平民の娘、ミリョース・ヘーミンディと結婚する。婚約していた私、アークヤー・クレイジョーは、悪役令嬢として婚約破棄され、国外追放される。
こんな理不尽、受け入れられなかった。
何人か、首謀者とみられる貴族令息に目星はついた。しかし、ここまで状況が出来上がってしまっては、今更首謀者をつるし上げたところで、挽回は困難だ。しかも、首謀者には我がクレイジョー家より格上の貴族もいた。迂闊に手出しはできなかった。
そもそもこれは、国家が主導するプロパガンダだ。私個人が手を尽くしたところで、打開することはおそらく不可能だろう。
だからと言って、何もしないつもりはなかった。
結末は変えられないかもしれない。
それでも、皆が物語に身をゆだねていて、それを私だけが把握しているというのなら……その流れを、少しだけ変えることくらいは、できるはずだ。
私は抗うことを決意した。
「あなたのその愛は、真実のものでしょうか?」
私の問いかけに、オウディーサ王子は即答した。
「ああ。世間の常識など関係ない。これこそが真実の愛だ!」
彼が国家のプロパガンダにどれだけ関わっているかわからない。
その真相を知っていれば、真実の愛とうそぶくだろう。知らなかったなら、ミリョース嬢への愛は本物なのだろう。
どちらであろうと、ミリョース嬢は平民出身だ。「常識など関係ない」と宣言することになる。
その言葉によって、私の仕掛けは成立する。
「……そうなのですね。もっと早く気づくべきでした。お二人のことはずっと見ていました。いつも図書館で仲睦まじく過ごすお二人を見ていました。訓練場で二人きりで汗を流すのを知っていました。そしてあの夜、二人がお会いしているのを、私は知っていたのです。貴方とその方との関係を知りながら、常識に囚われ、見て見ぬふりを続けていました。今思えば愚かでした。でもその過ちもこれまでとします。私は……あなたたちの真実の愛を信じます」
オウディーサ王子はすこし怪訝そうな顔をした。
口にした内容には、オウディーサ王子とミリョース嬢との間にあったことと、それとは別のことを、意図的に交ぜてある。その違和感に、オウディーサ王子が声を上げる暇を与えず、勢いで押し切った。
「婚約破棄を受け入れます! そして私は、オウディーサ王子と、その騎士ソーウキード様との、性別を超えた真実の愛を祝福します!!」
「なっ!?」
「な、なんですって!?」
オウディーサ王子が驚きに目を見開く。後ろに控えた騎士ソーウキードも驚愕に身を震わす。
そう、彼らは別に、同性同士の恋愛感情などないはずだ。
しかし、周りは違うのだ。
「素晴らしいですわ! わたくしも祝福します!」
「よっしゃ来ましたおらですわ! 我が世の春ですわーっ!」
「尊い! いまこの夜会は、世界で一番尊い夜会となりましたわ!」
「やはりそうだったのですね! この組み合わせこそ大正義と信じていましたわ!」
「あっ、あっ、あっ、わたくし! あっ、あっ、あっ、たまりません、たまりませんわー!」
夜会に参加していた貴族令嬢たちが一斉に黄色い声を上げ、王子と騎士の禁じられた恋を祝福する。
オウディーサ王子も騎士ソーウキードも、この異常な事態に混乱し、二人の関係を否定することすらできないようだ。
王子はミリョースばかり見ていた。その関係を確実なものにするために、貴族令息たちへの牽制に腐心していた。
私はその間に、貴族令嬢たちの掌握に務めていたのだ。
男性同士の恋愛に興味を持つ令嬢は少なくなかった。そういうことに深く傾倒している令嬢は孤立していたので、評判を落としていた私であっても接触することは難しくなかった。話しかけ、理解を示し、彼女たちのカップリング論を肯定し、作り上げた作品を褒めれば、篭絡するのは実にたやすかった。
その中から、オウディーサ王子と騎士ソーウキードとのカップリングを推す令嬢たちを見つけた。そして彼女たちの創作活動を支援した。創作の相談に乗ったり、書き上げた作品の感想を伝えたり、出来が良ければいいねと言った。出版の際には資金を用意した。
彼女たちは情熱を燃やし、王子と騎士の禁じられた恋物語を書き綴った。それが貴族令嬢の間で流行るよう促すのは簡単だった。正直に言えば、制御できなかった。すごい勢いで広まった。
当人たちに知られることなく、オウディーサ王子と騎士ソーウキードは、学園内の公式カップルになっていたのである。
でもそれは所詮、妄想の物語に過ぎなかった。
だが、こうして舞台を整え、事実だとしていうことにしてしまえば……貴族令嬢たちは乗る。乗るしかない。
枯れかけた花が、与えられた水を吸わずにはいられないように。心の奥底から求めていた妄想が現実化した時、抵抗できる人間などいないのだ。
「ち、違う、そういうのではない! 僕の愛は彼女に向けたものだ!」
オウディーサ王子はミリョース嬢の手を取った。
彼女はにっこり微笑むと、オウディーサ王子の手を握り返した。
一瞬、オウディーサ王子は安堵したような顔になる。
そして彼女はオウディーサ王子の手を導くと、ソーウキードの手に重ね合わさせた。
「もういいのです。見せかけの関係は終わらせましょう。私のことは気になさらないで、王子様。私も、オウディーサ王子とソーウキード様の恋路を、全力で推します!」
ミリョース嬢の言葉に、安堵の表情から一転、オウディーサ王子は絶望の表情を見せた。
彼女の目は、手遅れなまでに腐っていた。
ミリョース嬢は男性同士の恋愛と言うものに免疫がなかった。なさすぎた。
こちらが手を下すまでもなく、気づけばカップリングの最前線にいた。
そのあふれる才能で、自ら王子と騎士のカップリングの物語を執筆していた。その物語のなかで、彼女自身の立場は、「二人の性別を超えた愛を周りから隠すための、かりそめの恋人」ということになっていた。
あとがきで、「王子と騎士のイチャイチャを至近距離で見られて役得です!」とか書いていた。本当に手遅れだった。
そんなミリョース嬢に相談を持ちかけるのは簡単だった。王子と騎士が結ばれるよう、婚約の破棄が必要だ。そのために、私があなたに意地悪をしたと王子に伝えて欲しい……そう持ちかけると、ミリョース嬢はすぐさま行動に移った。
王子は「調べがついている」と言っていたが、その証拠の大半は、ミリョース嬢が捏造したものである。
更にミリョース嬢は、この夜会の前に新作「夜会の夜の告白」を仕上げてくれた。この夜会で起こるだろう出来事をモチーフにした小説だ。それが事前に知れ渡っていたので、こうまでスムーズに貴族令嬢の認識を誘導できた。彼女はやはり、とびぬけた才女だった。
鳴り響く貴族令嬢たちの黄色い声。
関係を否定する王子と騎士の悲痛な声。
この混乱は当分おさまりそうになかった。
「さようなら、かつての私の婚約者……」
そうつぶやいて、混乱のただなかにある夜会を後にした。
会場前に待たせていた馬車に乗った。
中では、カッサーラが待っていた。
「計画通りです。このまま国外に向かいましょう」
「会場の様子はここからでもわかったよ。やれやれお嬢さん、本当にやっちまうとはな」
「ええ、やりきりました!」
国の第一皇子が、同性愛を貫くために、伯爵令嬢との婚約を破棄する。このスキャンダルに収拾をつけるため、王宮はしばらくの間、混乱することだろう。
その間に他国に逃げるつもりだ。今なら誰にとがめられることもない。だが、あとから痕跡を追うのは難しくなる程度には、工作が必要だ。急がなくてはならない。
走り出した馬車の中、私がやったことで、何が変わったか、改めて考えてみる。
何もしなければ、私は婚約を破棄されて国外へ追放となっていただろう。
私が行動したことで、婚約破棄されたことは変わらないが、王子の尊厳を破壊できた。そして追放されるのではなく、自ら逃亡することにした。
婚約破棄と、国にいられないことだけは変わらない。他人からすれば、大した違いはないのかもしれない。だが、私にとって、自分で流れを変えたということに意味があった。
それに、何もしなかった場合、私の素行不良で婚約破棄されたことになる。クレイジョー家の家名は大きく汚されたことだろう。今、国外に逃亡すれば、同性愛を貫く王子にショックを受けての出奔と言う扱いになる。クレイジョー家への被害は少しはマシになるはずだ。
王子と騎士のカップリングについて、私が主導したと発覚する可能性は低い。学園に広まり切ったカップリング論争は、もはや私の制御を離れて浸透している。たとえ入念に調べたところで、誰が始めたなんてわからないだろう。
王子の尊厳破壊については、正直に言えば爽快だった。この騒動の間に国外逃亡する時間も確保できた。気持ちよくて実利もあるなんて、実に素晴らしいことだと思う。
かつては王子のことを、婚約者として愛そうとして努力した。しかし、悪役令嬢という役に私を押し込め、救いの手を差し伸べなかった彼に、もはやかけらの愛情もなかった。ミリョース嬢がカップリングの沼に沈んだことの方が罪悪感を覚えるほどだ。
そんな風に考えを整理していると、正面に座ったカッサーラが私のことを見つめていることに気づいた。
「あれだけのことをやったのに、実に落ち着いてる。大したもんだ。初めて会った時はもっと可憐でかよわいお嬢さんかと思ってたのに、ここまで変わるとはな」
「あら、私は悪役令嬢ですのよ? 悪役令嬢と言うのは、行動力があって、ふてぶてしくて、自分の愛のためならどんなことでもできるのよ。知りませんでした?」
ニッコリ笑って、カッサーラに熱い視線を送る。
カッサーラはうっと呻き、頬を少し赤くした。この人のこういうところが、かわいく思える。
悪役令嬢についての調査を進める過程で、私はカッサーラと恋に落ちた。
カッサーラは聡明で行動力があり、なにより時折見せるかわいいところが好ましかった。
彼もまた、私が苦境に屈せず最後まで立ち向かおうとしたところが、貴族令嬢らしくなくて好きだと言ってくれたのだ。
国外逃亡にこだわったのは、このためだ。伯爵令嬢のままでは、彼と結ばれることは難しい。
彼と共にいられることに比べたら、今までの何もかもが惜しくはなかった。
「これで、私は貴族として積み上げたすべてを捨てることになります。私はクレイジョー家の令嬢ではなく、ただの娘になるのです。それでもあなたは、私のことを愛してくれますか?」
「くだらないことを聞くな。一度惚れた女を、その程度のことで手放すものか。やれやれ、俺もとんでもないお嬢さんに惚れてしまったもんだ」
「私の今あるすべてをささげます。だからあなたも、あなたのすべてでもって、私のことを愛してくださいね」
「ああ、愛してる。我が愛しの悪役令嬢、アークヤー……」
そして私たちは、熱い口づけをかわした。
誰かの描いた物語にのせられるのはこれでおしまいだ。
これからは、私たちの物語を、私たちの手で描いていくのだ。
終わり
最後まで読んでいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
2024/7/1 誤字指摘ありがとうございました! 修正しました!