5話「その鏡には不思議な力があります」
フェリージェでも『オフフィードの聖女』という名称は知られていたらしく、私は意外と丁重にもてなされた。と言っても、妖精の多くがマッチョなので、非常に不思議な絵面ではあるのだが。それでも、温かく迎え入れられたことは喜ばしいこと。あんな風に追放された後だから、なおさら、マッチョたちの優しさが心に響く。
「オブベル様、こちらの鏡をご覧下さい」
赤い水着で下半身を隠した色黒マッチョが縦長の鏡を持って現れた。
「何の鏡ですか?」
マッチョ妖精の群れにもてなされている未来なんて、過去の私は絶対想像しなかっただろう。否、今でもまだこれが現実なのか分からないくらいなのだが。
「この鏡は、実は、魔法の鏡なのです。オフフィードの滅びゆく様を見ることだって可能でしょう」
「えっ」
「オフフィードをうつっせぇー……マッチョン!」
小さな赤い水着を身につけた彼がそんなことを口にすると、みるみるうちに鏡面が揺らぎ始め、やがて見慣れた風景が映し出された。城とその周囲を一枚の画にしたような風景がはっきりと見える。
だが、少しして、その状況が心なしか不自然であることに気づいた。
どうやら、黒く小さな何かが不気味にうろついているようだ。
「あの、拡大とかはできませんか?」
「できますよ」
「お願いしたいのですけど……」
「承知しました。で、どちらを拡大すればよろしいので?」
伝え方が難しい。
城を、とか、街を、とかではないから。
「えっと……そこの黒い何かが気になりまして。そういう拡大でも可能でしょうか?」
「もちろんです。では、この黒い物体がよく見えるように致します」
何とか伝わったようだ。助かった。
「黒い何かを拡大せよー……マッチョン!」
すると、みるみるうちに鏡面に浮かぶ風景が変化してーー刹那、信じられないものが見えた。
「な、何これ……」
パッと見た感じでは人間のような形をしているのだが、細かく見るととても人間とは思えない。地面から掘り起こした亡骸に妙な術をかけでもしたのか、というような、人間離れした人型生物だ。肌の色も健康な人間のそれとはまったく違っていて、腐りかけのようである。
「あぁ……これはタチが悪いタイプのモンスターですね……」
「これの正体をご存知なのですか!?」
「正体も何も、こういうモンスターです。基本山奥に潜んでいるのですが、時折街へ出てくるのです。とはいえ、最近は、街へ出てきた情報はありません。それなのにこんなことになるとは、正直驚きです」
モンスターと呼ばれる凶暴性の高い生物のことは耳にしたことがあるが、実際に見たことはなかった。だから、モンスターというのは想像上の生き物に近いようなものなのだろうと思っていた。それだけに、驚きを隠せない。まさかこんな形で現実社会に現れるなんて。
「このようなことが起きているのも、オブベル様がお離れになったからでしょうか……」
それを聞いてどきりとした。