2話「城を出ます」
今は所持金はある。しばらくはそれで暮らせるだろう。いつまでもとなると無理かもしれないけれど、でも、飢えて即死だけは避けられるだろうから幸運だ。
出ていくよう言われたのが昨晩で、城を出発したのが今朝。
一晩猶予を与えてもらえただけでも幸せ者だと思わなくてはならない。
取り敢えず、今日のところはひたすら歩こう。
通りすがりの旅人に聞いた話によれば、一日二日歩けば国外行きの馬車の乗り場に着けるらしい。
まずはそこを目指すべきだろう。
この国から出ていかなくてはならないのだから。
「聞いた? フレレヴィア様が聖女になられたそうよ」
「へぇー。しっかし、オブベル様は可哀想ねぇ。追い出されるなんて」
本人が近くにいるんですけど?
言いたくなるのをこらえ、通行人の会話を盗み聞き。
「オブベル様は容姿はちょっとあれだけど、良い方だったから、残念ね」
「本当よねぇ。それに比べてフレレヴィアは……あまり良い噂は聞かないものねぇ。きっと殿方に迫るのがお上手なんでしょうねぇ」
良い方、そう捉えてくれている人がいたのか。最後に知ることができて良かった。それに、変な感情の混じっていない言葉は素直に受け取ることができる。
……ありがとう、知らない人。
追い出されて一回目の夜は、宿泊料がそれほど高くない宿に泊まることにした。
私がこの宿を選んだことに深い意味はない。ただ、この宿は宿泊料が良心的という会話を聞いたので、この宿に決めたのだ。
そんな計画性のない決め方をしたわりには、とても快適だった。
一人きりの夜。静寂の中で客室に置かれていた安そうなお茶を口に含むと、何だか不思議な気分になってきた。瞼を閉じれば、うっすらと残る親の姿が見える。
もし聖女にならなかったとしたら、私は今どんな風に生きていただろう。ただの顔面が整っていない女性として、目立つこともなく、静かな毎日を過ごしていたのだろうか。
もし、なんて、考えても何も生み出さない。あったかもしれない可能性なんて、考え出したらきりがない。でも、こんな状況になると、どうしても考えてしまう――もっと幸せになれる道があったのではないか、と。
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
意識を取り戻した時には既に陽が昇っていた。
朝だ。見慣れているはずの朝。それなのに、今日はなぜかとても新鮮に思える。鳥のさえずりも非常に心地よい。
「綺麗な朝……」
思わず独り言を漏らしてしまうくらい、幻想的かつ美しい朝。
宿泊所の古そうな窓から見える世界。それは、今まで見ていた世界と同じものなのか分からなくなるくらい、特別感に満ちていた。