92話 家族
俺は陽夏を連れコナーの部屋へと向かった。
その途中陽夏は最後の最後まで抵抗していたが、俺の引きの強さを見て諦めたのか途中からは素直に俺に引かれて歩いていた。
歩く度に色々な人から話をかけられることから俺も陽夏ももうこのホテル街では十分有名人なのだろう。
まぁ、俺はここの人たちを何人も治してきたし、陽夏は言わずもがなここを長い間守ってきた。
有名人にならない方がおかしいくらいだ。
ともかくみんな安心したと言った内容の事を話していてどれだけ俺達が心配されていたか痛感した。
俺はいつもはここにいない為そこまで心配されて居なかったようだが、それでも俺を心配してくれる人もいた。
しかし、陽夏はそれ以上にみんなに心配されていた。
そんな姿を見ると少し嫉妬心も湧くが、俺がとった行動の結果だ。甘んじて受け入れよう。
みんなの心配の声に俺はいつものコミュ障を遺憾無く発揮し、少しぶっきらぼうな対応になってしまったが、街の人々はそんな俺も温かく受け入れてくれた。
俺はそんな様子に胸が熱くなる感覚を覚えると共に罪悪感も覚えた。
やはり今回は少し無茶しすぎたかもしれない。
本来ならあの女の人レベルの強さを持つ存在を発見した自体で帰るくらいの気持ちで探索は進めた方が良かったのだ。
このホテル街の一大戦力である陽夏を連れている以上俺にはそれくらいの対応をする責任があったとは思う。
だが、俺は次また同じような事が起こったならばまた同じような事をするだろう。
少なくともゆうちゃんを助けるまでは俺は止まれない。
それくらいの覚悟はある。
色んな人に話しかけられつつも、ホテル街はダンジョンほど広くは無いので、コナーの部屋までそこまでの時間はかからなかった。
コナーの部屋のドアはノックし、部屋に入る。
俺は柄にもなく緊張しているのを感じた。
その原因はドアを開けた先に待っていた。
その原因であるコナーは顔の前で腕を組み、非常ににこやかな顔でこちらを見ている。
しかし、その目は笑っていなかった。
いや、目どころか顔全体が笑っているように見えて笑っていない。
俺は冷や汗が流れるのを感じた。
「陽夏ちゃん、晴輝君、おかえり。」
「た、ただいま。」
「…………。」
陽夏は恐怖のあまり黙ってしまっている。
今ならさっき陽夏があれ程コナーに会うのを拒んでいた理由がわかる。
コナーは立ち上がりこっちに向かってくる。
思わず後退りしそうになるが、それさえもコナーの圧によって許されない。
「2人とも僕は相談もしないで楽しいことしていたんだって?」
「あっ、いや、それは…………。」
俺は特に内緒でやろうとしていた訳では無いが、少なくとも陽夏が隠していたのは事実だ。
何とか弁明しようとするが、恐怖で上手く言葉が出てこない。
陽夏に至っては俺に抱きついてガクガクと震えている。
コナーは俺達に向かって歩いてくる。
俺は最初ぶん殴られる事も覚悟し身構えた。
しかし、実際そんな事は起こらなかった。
コナーは俺達の方へ歩いて来て、そしてそのまま俺達に抱きつき顔を埋めた。
「こ、コナー?」
俺は予想外の行動に戸惑いを隠せなかった。
何故ならコナーの体は小刻みに震えており、時々嗚咽が聞こえてくる。
そんなコナーの様子に陽夏も戸惑っているようで、コナーと俺を交互にみてオロオロとしていた。
「……ぅ、君達は…………君達は僕にとって……っ、特別なんだ………。だから…………だからっ…………!」
コナーの泣き声は時間を経つ事に大きくなっていく。
その大きさはまるで際限もなく増え続けるコナーの気持ちを表しているかのようだった。
「………っ、僕は……ぅ、君達を他人とは思えないんだ。……ぅ、君達は僕にとって…………家族みたいな存在なんだよ…………。」
家族。
その言葉に俺の胸が波打つ。
「…………君達が僕の事を……どう思っているかは…………っ、わかんないよ。けどさ? 僕って……っ、そんなに信頼無かったのかな? って思ったら…………そしたら悲しくて…………。」
コナーの言葉は俺の胸に、心に刺さった。
何故だろうか。
俺はコナーとの繋がりが特段ある訳では無い。
というかコナーとは出会って少ししか経っていない。
それなのに何故か俺もコナーの事を家族の様な存在だと思っていた。
俺の頬に何かが流れる感覚があった。
涙。
いつぶりだろうか。
今の俺には泣いたという記憶が無い。
俺は無意識にコナーを抱き締めていた。
それは陽夏も同じようで、コナーに何をしてしまったのか気づいたのか悔しそうな顔をしながら涙を流し、コナーを抱き締めている。
俺は俺を本当に心配している人の1人をこんなにも悲しませてしまった。
俺は酷く後悔した。
ゆうちゃんを助けるというのは俺にとって最優先事項だ。
だけど、それでもこの人達は傷付けてはいけない。
それだけはやってはいけない。
そう、心から思った。
コナーはひとしきり泣いた後顔を上げた。
酷い顔だった。
目の周りは赤く腫れぼったくなり、涙でぐちゃぐちゃになっていた。
それでもその顔はどこか愛おしかった。
コナー涙を流しながらも最大限の笑顔を作る。
「けど、君達が無事なら僕は何でも許せるよ。許すことが出来るんだ。だから、絶対に無事でいて欲しいんだ。僕のわがまま聞いてくれないかな?」
そんなに人の為を思ったわがままなど聞いたことが無い。
陽夏はその言葉を聞いて何かが切れてしまった様に号泣し、コナーに謝り続けた。
俺はその言葉が体の中で反芻し、何もすることが出来なかった。