81話 女の子
階段を上がった先では今度もまたゴブリンに変化があった。
ゴブリンの種類が増えた訳では無いのでだが、ゴブリンの装備が強化されたようだ。
ナタは剣に粗末な盾は鉄製の盾になったように他のゴブリンの装備も強くなったように見える。
しかし、それでも俺たちにかかればそれ程苦ではない。
というか、陽夏や俺も進む度に強化されていくためゴブリンが強化されたとてそこまでの痛手では無いのだ。
次第に緊張感も消えていき、陽夏と雑談しながらダンジョンを進んでいた。
危ないのは分かっているが、それでもずっと緊張しっぱなしと言うのも精神衛生上良くないだろう。
それに、緊張感が無いとはいえ周囲を警戒していない訳では無いので特に奇襲されて怪我をおったりすることは無かった。
そのためダンジョンの攻略は前の階と変わらないテンポで進んでいき、遂にまたあの部屋に辿り着いた。。
前の階では1日ほどかかったが、今回はそこまではかかっていなかったように思えた。
まぁ、感覚的な問題なので本当はもっとかかっている可能性もあるけどな。
ともかく俺達はあの部屋に辿り着いたため、恒例のゴブリンの殲滅を始めた。
やはりゴブリン程度に俺たちが遅れをとる訳はなく、特に危なげもなくゴブリンを全滅させた。
そしていつも通りに女の人を探す。
いつもならそこには武器を持った女の人が居るのだが、今回は違った。
今回は何故か見覚えのある女の子がそこに居た。
確実に見覚えはある。だが、いつどこで見たかなどの記憶は綺麗さっぱり無くなっている。
そんな不思議な感覚で胸がいっぱいになる。
忘れてはいけない記憶なのに忘れてしまったような心にチクリとくるような感覚だ。
「…………陽夏?」
一瞬陽夏の方を向くと、その顔の青さに驚いてしまった。
陽夏は顔を青くして何かを呟きながらあの女の子を見つめていた。
「そんな…………そんなはずは…………。」
「おい、陽夏、大丈夫か!?」
「え…………あ、あぁ、うん、大丈夫…………。」
陽夏はそう言いはするが、少なくとも顔色は良くない。
依然として陽夏の顔は青いままだった。
あの女の子からは敵意は感じられない。
ただニコニコと笑っているだけだ。
しかし、陽夏の様子を見ると今このまま強行するのは少し危険かもしれない。
「陽夏、体調悪そうだし一旦戻ろう。何があるかわからないからな。」
俺はそう言い、陽夏の手を引く。
「あ、大丈夫、別に体調悪い訳じゃ無いから、先に進みましょ!」
「…………いや、駄目だ。体調は万全の状態でなくては行かせる事は出来ない。」
このままいけば本当に陽夏に危険が及んでしまう。
そう思い俺は陽夏を引き止める。
俺はもうこれ以上周りの人に死んで欲しくない。
ゆうちゃんを生き返らせるのは一番大事だが、今ではそれと同じくらいに陽夏には死んで欲しくない。
だからこそ陽夏には少し嫌われようとも過保護にならずにはいられない。
「ほ、本当に大丈夫だから!」
そう言って陽夏は俺の手を無理やり振りほどく。
…………嫌われる覚悟はしていたが、いざこういうことをされると中々に心にくるな。
陽夏はハッとした顔をした。
「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃなくて…………。」
「…………いや、いいさ、陽夏の体調が悪くないのは分かった。けどあんなに顔が青くなるほどの事なんて中々ない。体調が悪くなくてもなんな状態だととても非常事態に対応できるとは思えないんだ。」
「うん…………それはそうだけど、本当にもう大丈夫だから! ちょっと考え事をしていただけというか…………。」
「よく分からないが、まぁ、そこまで言うなら信じるよ、けどその代わり今回は俺が先に行くから、陽夏は後ろに居てくれ。」
「うん……。」
このまま言っていても陽夏は大丈夫と言い続けて何も進まなさそうだと判断し、俺は一旦陽夏の事を信じる事にする。
はぁ、やっぱり俺は嫌われる覚悟なんて出来て無いって事か。
まぁ、嫌われないならそれ以上は無い。
俺は女の子に向かっていく。
するとその女の子は上機嫌に顔を差し出す。
やっぱりだ、この光景を俺は知っている。
知っているはずだが…………だめだ、やっぱり思い出せない。
思い出せなくともとりあえず先に進まくてはならない。
俺は女の子の頭に手を乗せる。
すると、女の子は俺の手を掴んだ。
俺は突然の事にびっくりし、手を離す。
女の子は離れてしまった俺の手を名残惜しそうに眺め、手を掴もうとする。
どうしたものか、これで何かおかしな事が起こる可能性だって十分にある。
だが、だからといってやらない訳には行かなそうだ。
俺は警戒しながらももう一度手を頭に載せる。
すると女の子は俺の手を掴み、左右に動かした。
まさかこれって…………。
俺は自分の力で手を左右に動かして、女の子の頭を撫でた。
すると、女の子はとろける様な顔をする。
やっぱりこの子は俺に撫でて欲しかったのか…………。
何でかは分からないが、しばらく撫で続けると、女の子は満足しきった顔をしてもういいよといったような気がした。
俺は夢食を使った。