189話 老人
流石に不憫に思った俺はひとつの提案をする事にした。
「分かった、お前に選択肢を3つやろう。」
「選択肢?」
「あぁ、1つ目はこのままここに連れてきて普通に俺に殺されるという事だ。」
「それはっ!?」
「まぁ聞いてくれ。2つ目はそのご主人様とやらとどこかに隠れていて、俺が大規模魔法でここら一帯を破壊し尽くす時にそのまま死ぬという事だ。この選択肢ならお前とそのご主人様とやらは一緒に死ぬことが出来るだろうな。」
まぁ、そんな事されたら2人分の魔力が手に入らないということになるためおすすめはしない。
それに、魔核融合魔法をくらうとどんな感じになるのかも分からない以上、何よりもきつい選択肢だという可能性もある。
「3つ目は俺がそのご主人様とやらのところに行き、楽しい夢を見せたまま安楽死させるという方法だ。」
「…………それ以外に方法は無いんですか?」
「無い。」
それ以外に俺は何かする気は無い。
最大級の譲歩だ。
2人で勝手に自殺するとか、まぁ他にも選択肢は無いことには無いとは思うが、どれにしろ俺が提示した選択肢以外では2つ目の選択肢を覗いて魔力を吸収する事が出来ないため、そんな事をしようものならどうしようもない。
「じゃ、じゃあ、今からここから逃げるというのは…………!?」
「これから俺は目的が果たされるまで世界全てを破壊し尽くす。どこに逃げたって無駄だぞ? 今よりも無惨に死ぬだけだ。どうだ? 決める気になったか?」
俺は恐怖に打ち勝ってまでご主人様とやらを守ろうとしたこいつの覚悟には少しは答えたいとは思っている。
しかし、俺はもう罪の無い人も殺してしまっている。
誰かだけ特別に生かしておくという事は出来ない。
全てを滅ぼして、俺と教会のみんなだけの世界になった後に、幸せな暮らしをしたいんだ。
俺には俺の覚悟もある。
だから、俺は最大限の譲歩としてこの選択肢を与えたのだ。
その奴隷は絶望しきった顔をしながらも、決意をした顔をする。
「決めました、着いてきてください。」
「…………安楽死でいいのか?」
「えぇ、どうせご主人様はもう病気の身ですので、最後ぐらい安らかに終わって欲しいのです。」
「…………そうか。」
俺は複雑な気持ちになりながらも、その奴隷に着いていく。
「…………っ!?」
俺が着いたのは、教会だった。
日曜の現人神の教会ではなく、月曜の現人神の教会だ。
その中に入っていくと、その中には人の様子は無く、がらんとしていた。
奴隷に着いていくと、そこには弱々しい呼吸をする老人がベッドの中で寝込んでいた。
その姿に俺はあの時のオルクスと同じ様なものを感じた。
「…………ご主人様は私が子供の頃奴隷として肉体労働をさせられていたのを不憫に思い、有り金を殆ど使い切ってでも私を買い取ってくれたのです。そのせいでご主人様には沢山苦労をかけてしまいました。ご飯も私ばかりに食べさせて自分は殆ど…………。」
「…………。」
「遂には病気にまで罹ってしまって…………。ご主人様には本当に感謝してるんです。だから、頼みます、安らかに眠らせてあげてください。」
「…………分かった。」
俺はその老人から魔力を吸収することはしなかった。
いや、出来なかった。
俺はただその老人を眠らせ、そして本当に幸せな夢を見せた。
そしてそのまま魔法で作った毒を使い、苦痛なくその老人を殺した。
その間、その老人の奴隷は老人の手をいつまでもいつまでも握りながら、ご主人様と呟き泣いていた。
…………俺のやりたいことはこんな事なのか?
俺の心がどんどんと暗くなっていく。
あれ程人を殺す事に快楽を抱いていた心が、どんどんと暗くなっていく。
俺はもう後戻り出来ないと感じた。
今ここでこの人を殺してしまった。
だから、本当にもう後戻りは出来ない。
俺は奴隷に踵を返す。
「…………あれ、私は殺さないのですか?」
「…………俺がここを破壊するまでにはまだ時間がある。最後までその人と一緒に居てやれ。」
「…………っはい!」
奴隷は涙を流しながらそういい、老人の元へ帰っていった。
俺の心は更に闇へと落ちていく。
もはや殺しに快楽など感じない。
俺は奴隷専門店まで戻った。
そこには様々な奴隷達が捕まえてきた夥しい数の人間が蠢いていた。
俺はその人たちを奴隷ごと無感情に魔力を吸収して殺していく。
数時間が経ち、見回っても人はどこにも居ないという状況まで俺は持ってきた。
多分もう殆どの人間は殺すことが出来ただろう。
…………一応もう少し探しておこう。
俺は隠れている人がいることも考えてまた数時間かけてたっぷりと探しこんだ。
確かに2,3人隠れている人がいたので、探しておいてよかった。
その後、俺はまた日曜の現人神の土地の時と同じ玉を作った。
それをドーム状の建物のてっぺんに置き魔法を起動させる。
その瞬間、全てが消えた。
運良く生き残っていた人も、人々が生きていた痕跡も、そして、あの奴隷達もだ。
…………それと同時に、俺の心も完全に壊れた。




