141話 恐怖
私は体を少し動かす。
うん、大丈夫、まだ戦える。
私は刀を構え直す。
鬼は身体中からオーラを吹き出している。
明らかに先程までとは違う。
せっかく勝ったと思ったのに…………。
私は少し残念に思ったが、それとは裏腹に少し嬉しい気持ちもあった。
私の表情に笑顔が現れる。
「あぁ、本当にしぶといわね!」
私は鬼へと駆ける。
もう体の痛みなどは無視して動いている。
晴輝はどれだけ怪我をしても何食わぬ顔で戦いに行っていたが、私は違う。
晴輝の様にすぐ治すことだってできないし、まず痛みを感じるとある程度体が躊躇してしまう。
「ぐっ!?」
鬼が私に向かって刀を振るう。
その一撃は私では防ぎきれずに少し後ずさってしまう。
とんでもない威力だ。
だが、私はすぐに後ろに飛び退きすぐさま飛び掛る。
「死ね!」
私は口が悪くなっているの感じつつも我慢出来ずにその言葉を吐く。
私は元々口が悪い方では無いのだが、何故か今はこんなに口が悪くなってしまった。
これは、私の内なる人格のようなものなのだろうか。
しかし、そんなのは関係ない私は鬼に向かって連撃を繰り出す。
鬼は素早い動きでそれを防ぐ。
「あはははは! もっと! もっと!」
私は刀の動きを早くする。
刀が今までとは違う色を放っているような気になる。
それ程私の動きは加速していた。
この刀の真価を今初めて出せているような気がする。
鬼はその攻撃を全て防いでいくが、それでも完全には捉えきれて居ないようだった。
このまま行けば勝てる。
けど、何かおかしい気がする。
このオーラの割に強さがあっていない。
こんなオーラを出しているのにも関わらず少しハイになった程度の私に倒されるようには思えない。
ぞくりというものが首筋を通った。
私は直感的に踵を返して逃げる。
「ガガァ゛ァ゛ア゛!!!」
鬼の叫び声が後ろで聞こえた。
その声が私の頭の中に駆け巡る。
酷く痛烈な声、それと共に発生する衝撃波。
私はかろうじて地面にしがみつき後ろに下がった。
「やばっ…………。」
とんでもないのを出して来た。
鬼はどんどんと体を異形のものへと変化させていく。
駄目だ、あれは駄目だ。
さっきまでの鬼はあくまで生物だった。
だが、今の鬼は完全に戦う為だけの物に成り下がっている。
狂乱化。
その言葉ですら生ぬるいかのような異形の存在に成り果てつつある。
私は恐怖した。
やつの戦闘力への恐怖では無い。
私の恐怖が別のものに成り代わってしまうという恐怖だ。
あれは違う。
あれは私が追い求めている強さじゃない。
「救わなきゃ…………。」
私の頭の中がそれに支配される。
あんな戦闘のために産まれた化け物は今すぐにでも楽にしてやらなきゃ。
私は進み出そうとするが、すぐに異変に気づく。
足が動かない。
私が驚愕して足を見ると、私の足はもうボロボロだった。
素人目にしても分かる。
これじゃあ動けないのも仕方がないと思うほど悲惨な状況だった。
それでも構わずあの化け物は私を襲う。
私はかろうじて足を動かしながら体全体を使い防御をした。
「ぐぅっ!?」
倒れはしなかったが、それでもかなりの衝撃が手に残っている。
死ぬ。
そんな考えが頭に過ぎる。
死ねない。
その考え以上にその想いが強まる。
街のみんなのため、コナーのため、そして晴輝のためにも、私は死ねない。
これを乗り切ってそしてみんなと幸せに暮らすんだ!
そんな思いを打ち砕くかのように化け物の攻撃は強まっていく。
私の腕を、足を、体全体を壊し回るかのようなその攻撃に私の体は悲鳴をあげる。
私は思いを強める。
そして、全ての魔力を刀に込めていく。
今生命維持のために使っている魔力すらもそこに込める。
刀は炎を纏っていく。
その炎は次第に意志を持っているかのごとくざわめきだし、私の命を喰らおうとする。
「だめ、私じゃない。食べるならあいつ。」
私は刀をあの化け物に向ける。
私を喰らおうとした冷たき龍は私への興味を失い、あの化け物へと執着の対象を変える。
その生命力を見た龍は喜びのあまり自らの色を失っていく。
龍は昇華した。
龍は相手の命を奪い、色を奪い、存在を奪う。
全てを奪う無色透明の龍。
私はそれを解き放つ。
【七月龍華】
化け物に華が咲く。
私の一撃は化け物を貫き、そしてその力を全て喰らい尽くした。
「ガ……ア……。」
鬼は力無く倒れ、そして存在を消す。
その鬼が居た痕跡すら全て消えてなくなる。
「…………勝った。」
私は鬼が、化け物が居た場所によろよろと近付き、そこに倒れ込む。
激戦の後は綺麗さっぱり無くなる。
鬼が居た証拠は今私に残るこの傷のみとなっただろう。
私は強くなれた。
全ての思いが私を強くしてくれた。
それはみんなが私の背中を押してくれているような気持ちになりとても心地の良いものだった。
「みんな! 勝ったよ!」
私は恐怖に打ち勝った。
私はこれから確実に強くなれる。
これからあの鬼よりも遥かに強い敵が出たとしても私は立ち向かうことが出来るだろう。
さて、次だ。
鬼を一体倒して大分満足してしまったが、私はさらに奥に進まなくてはいけない。
「…………あれ、動かない。」
体が動かない。
というか、意識も段々と朦朧としてきた。
はは、やっぱりちょっと無理しすぎたか…………。
幸いな事にここにはもうモンスターは居ない。
私はその場で少し休む事にした。




