136話 陽夏
陽夏は自分の事を弱いと言ったが、そんな事は無い。
むしろ弱いのは俺だ。
あの男を俺が殺せていればゆうちゃんを攫われる事は無かっただろう。
しかし俺は出来なかった。
俺が弱いからだ。
「私がもっと強ければ…………私がもっと…………。」
「やめてくれ、陽夏のせいじゃない。」
俺は陽夏の頭を撫でた。
「けど…………。」
「本当にお前は悪くない。陽夏十分に強い。だからその強さでこの街を守ってくれればいいんだよ。」
「…………だめ、それじゃダメなの。大切な人を守れない強さは強さじゃない!」
陽夏は泣き叫ぶ。
大切な人を守れない強さは強さじゃない…………か。
その言葉は俺に深く刺さる。
俺は大切な人を守りきれてない。
これからも俺は大切な人を守る事など出来ないだろう。
「陽夏、俺はこれからゆうちゃんを取り返しに行く。だから陽夏はもっと強くなってこの街を守ってくれ。二度とこんな事が起らないようにな。」
「…………え、何言ってるの? 私も着いていくよ?」
「駄目だ、今の俺にお前を守ることは出来ない。」
「あ、足でまといにはならないから! 絶対に役に立つから! だから…………。」
「止めてくれ!」
俺は叫ぶ。
陽夏は俺のその声にビクッとなった。
そして陽夏はその顔をさらに歪ませていく。
「…………すまん、俺はお前を連れていくことは出来ない。俺の大切な人をこれ以上危険な目には合わせたくないんだ。」
「そんなの私だって同じよ!」
陽夏も俺と同じように叫んだ。
俺と陽夏に沈黙が流れる。
痛々しいまでに静かだ。
「ねぇ、晴輝は私の事どう思ってるの?」
陽夏がそう呟く。
「…………家族だ。」
「…………そっか。」
陽夏はその言葉を噛み締めるように受け止める。
「そっか、私は家族かぁ。」
陽夏の顔に笑顔が戻っていく。
しかし、その顔は悲しみに満ちているような気がした。
「ねぇ、ゆうちゃんじゃなくて私じゃ駄目かな?」
「…………何が言いたい?」
「だって、ゆうちゃんを助けようとする度に晴輝は危ない目にあってるじゃない! もう…………もう私だって晴輝が苦しむ姿は見たくないのよ!」
「…………。」
確かにゆうちゃんを助けるために俺は多大な犠牲を払ってきた。
しかし、ゆうちゃんを生き返らせることは出来ていない。
それでも俺はゆうちゃんを助けなければいけない。
何故なら俺はゆうちゃんの彼氏なんだから。
「俺はそれでもゆうちゃんを助けるんだ。だって俺はゆうちゃんの彼氏だからな。」
「じゃあ! じゃあ、私の彼氏になれば良いじゃない! そうしたら、晴輝はゆうちゃんの彼氏じゃなくなる。そうしたら、晴輝はそんな事しなくたって…………。」
「あー、そういう事か、ははは、陽夏は本当に優しいんだな。」
わかった。
陽夏は俺が危ない目に会わないようにするために何とか俺が行かなくてもいい様に引き止めてくれてるのか。
それは申し訳ない事をした。
だが、俺みたいなやつが陽夏の将来を奪ってしまうのはいけない。
俺が危険な目に会わないようにするために自分を犠牲にするなんてあっては行けない事なんだ。
だからこそ俺は、陽夏から離れなくてはいけない。
辛い。
が、大切だからこそ、生きて欲しいからこそ陽夏は俺と一緒には居てはいけないんだ。
俺は踵を返して陽夏から離れていく。
「ちょ、待って!」
陽夏が俺を追いかけてくるが、俺は歯を食いしばりながら黒鉄に手をかける。
「…………追いかけてこないでくれ、それ以上来るなら俺はお前と戦わなくてはいけなくなる。」
「そんなのって…………ないじゃん。」
互いに思いあっているからこその衝突。
それは想像を絶する程の痛みを俺に与えた。
絶対にもっと穏便に済ませる方法だってあったはずだ。
あぁ、辛いな。
ここまで辛いのは初めてだ。
ただ一時だけ独りになるだけだ。
ゆうちゃんを助ければ、それが成功してくれれば俺はまたみんなで楽しい生活を営む事ができるんだ。
だけど、何だろう。
今ここで別れてしまえば、もう俺たちは元に戻れないかもしれない。
コナーだって、陽夏だって分かってるはずなんだ。
俺が今からやろうとしているのは自殺と変わらないんだって事に。
成功すればいい。
成功すればいいんだが、それが出来るとは俺にだって思えない。
一対十数万。
勝てる見込みがあると思う方がおかしいだろう。
だが、それでも俺はゆうちゃんを取りたい。
自分の命を投げ打ってでも、みんなを裏切ってでも、俺はゆうちゃんを取りたいんだ。
もはや自分でも何が何だか分からない。
頭ではわかってるんだ。
そんなに時間を過ごしていないゆうちゃんを助けるために死ぬよりもみんなと楽しく過ごしていた方が良いって。
だけどなんでだろうか。
頭が、体が、心が、全てが言う事を聞かない。
ただ、奪われた物を取り返す。
それだけに心が染まっていってしまっている。
「陽夏、俺が帰ってくるまで、それまでさよならだ。」
俺は陽夏の顔を見てそのセリフを言えない。
今見てしまえば、この感情が全て飛んでいってしまうだろうから。
だから、俺はもう何も言わずに街を出ていった。




