プロローグ
草原に一人の男と一人の女が倒れていた。
「うっ……ここは……」
男が目を覚ましてあたりを見渡す。
「人間、に、なったのか……」
男は自分の手のひらを見てから、側で横たわる女をじっと見つめた。
そこはとある魔王城。玉座には魔王が、そして謁見しているのは大きな翼を持つ中性的な美しい一人の天使。
「魔王エルドラ、こういうわけです。我らが共に人間界へ行かねばなりません」
透き通るような白い肌を持つ天使ルミナエルが言う。ルミナエルは薄い薄い紫色の長い髪をなびかせ、憂いを秘めた瞳でエルドラを見つめていた。
「魔王と天使が共に人間界へか。全く、めんどうなことになったものだ」
エルドラは椅子の肘置きに肘をついてため息をついた。
「つまりは俺の部下のギザルドがそっちの天使の一人と共謀して人間をけしかけ精霊界に戦をしかけた、と。しかしそんなことがありえるのか」
「本来であれば魔族も天使も人間界に直接介入することなどありえません。ですがギザルドの魔力が人間界で感知され、それをどうやら戦に使われているようで」
ルミナエルはまた憂いを秘めた眼差しをエルドラに向ける。
「天使の一人は誰なんだ、なぜ天使も関わっていると?」
エルドラはまだ肘置きに肘をついて気だるそうにルミナエルを見ている。
「魔族の魔力があれほど人間界にあれば何らかの大規模な悪影響を起こしているはず。ですがそれを起こさずに抑えられるとなると天使の力が影響しているとしか思えません」
天使の名前は明かされず説明だけのルミナエルの返事にエルドラはふーんという顔をする。
「何も人間に転生せずとも魔界と天界からそれぞれ直接処罰を下せばいいのでは」
エルドラがまたため息混じりに言うと、ルミナエルが困った顔をして返事をする。
「そんなことをしては人間界そのものが一瞬で滅んでしまうでしょう。魔界と天界、両方の長達はそれぞれ大いにお怒りです。それがそのまま人間界へ降り注げばどれだけの天災となってしまうか」
「我々が人間になることで人間界そのものが滅ぶのは免れる、と。面倒な役回りだな、俺の場合は相手が部下の一人だから仕方ないが……」
ルミナエルはただ魔界と天界の橋渡し役として長年携わってきただけのことだ。ただそれだけでこんな役回りをさせられるのはあまりにもひどいとエルドラは思う。
「仕方ありません。精霊界のためでもあり何よりも人間界のためでもあるのですから」
「人間のためならばと無欲で動けるあたりがさすがは天使殿、としか言いようがないな」
ルミナエルの返答にエルドラは苦笑した。
(さて、厄介なことになった。せっかく魔界でゆっくりと平穏な日々を送ってきたというのに……人間になって人間界へ行くのか。とてもめんどくさい……が仕方ない。さっさと原因解明して魔界に戻ってくるとしよう)
そうして、エルドラとルミナエルは人間界へ人間として転生したのだった。
「おい、大丈夫か」
人間となったエルドラが、人間となったルミナエルの肩を揺さぶり起こそうとする。
「う、ううん……」
ルミナエルがゆっくり目を覚ますと、目の前には甲冑を装備し太陽に照らされて光る黒髪に優しそうな顔立ちの美しい青年、人間になったエルドラがいる。
起き上がった女性、人間の姿になったルミナエルは、美しい金色の髪の毛をなびかせて整った顔立ちをしており、面積の少ない白い衣装からほどよくメリハリのある体とスラリと伸びる長い手足を持ち合わせていた。