洗礼の儀
「お前達、いつまでもそうしているとカインが休めないだろう」
と言いながら扉を開けて一人の男性が部屋に入ってきた。
「父さまっ」
カインの父であるルーク=サンローゼが笑顔で部屋に入ってきた。
「あなたっ、今日の執務は終わったのですか? 執務の進みが最近悪いとランドルフが申してましたよ」
リディアに小言を言われ渋い顔をする父ルークであった。ちなみにランドルフとはサンローゼ家の家宰で50歳近い。カインも廊下を走ったりしているのを見つかるとよく怒られたりしている。
「少し位大丈夫だ。それにランドルフからも良いと言われてから来た」
ルークは、そう言いながらベッドに近づいて来てカインの顔色を確認した。
「おお、大分顔色が良くなったな。これなら来週の洗礼の儀は大丈夫そうだな」
顎を少しなでながら、少し安心した顔をする。
「そんなに、急がなくても良いのではないですか?」
リディアがルークへ少し口調を強め言う。
「体調が悪そうであれば、延期しようと思ったが。大丈夫そうではないか。それに司教様に見て頂ける事などそうないのだ。カインの為でもあるし分かってほしい」
「分かりました、私も一緒に同行させて頂けるのであれば」
ルークは、少し考えため息と一緒に「分かった」と言った。
1週間後、カインはルークとリディア、そしてアリスと馬車に乗って教会に向かっている。カインの住んでいる領街は、子爵領にしては小さい、人口約5千人の城壁で囲まれた街である。
この世界では、5歳になると”洗礼の儀式”を行い神様から必ず1つは、【スキル】を授かる。授かった【スキル】から今後の人生の方向性を決めるのが一般的だ。【スキル】がなくとも長い間、訓練等を行えば【スキル】が身につく事はあるが、剣の【スキル】を授かった者が、魔法の勉強をしても魔法を使用できる【スキル】が身につくまでとても長い時間がかかる。そんなわけで、洗礼時に一人一人の適性を確認するのだ。
道雄の記憶があるカインとしては、5歳で人生がほぼ決まる事にすごくびっくりした。命の価値が低く、平均寿命が55歳くらいのこの世界では、しょうがないのかもしれない。
【スキル】を授かると、ステータスも見られるようになるらしい。はやく異世界転生のお約束「ステータスオープン」と言ってみたくて昨夜はなかなか眠れなかった。
ちなみに、ルークが司教様がいる時の”洗礼”にこだわったのは、位の高い司教様に”洗礼”を行って貰った方がより多くの【スキル】を授けてもらえると考えられているからである。
神様が授けるのに、変な話だと道雄は思った。
馬車が止まると、白い尖った屋根の建物の前だった。馬車から降りるとこの教会の司祭様が出迎えてくれた。
「サンローゼ領主様、本日はご足労いただきありがとうございます」
と深々とルークに頭を下げる。
「この子がカインだ。よろしく頼む」
と言いながら、結構な重さであることが分かる革袋を司祭に渡した。
司祭は、恭しく革袋を受け取ると教会内へサンローゼ一家を案内した。教会の中は、天窓があり程よく明るかった。前室で、リディアとアリスは待つように言われる。
「カイン頑張ってね」
「良いスキルを授かる事を祈ってますよ」
心配そうなリディアとアリスに見送られながら
ルークとカインは司祭に続き、重厚そうな内扉を開けた。 部屋の中央には60歳くらいの女性の司教様が立っていた。女司教様は、カインを笑顔で見つめると
「領主サンローゼ様、ご子息カイン様。本日は良く御出くださいました。私は、司教のシスティーナと申します。早速”洗礼の儀”を始めたいと思いますのでカイン様はこちらまでおいでください」
女司教様は、カインに両手を差し出す。
カインは、女司祭様に近付き手を握った。女司祭様は、カインに目を閉じる様に言ってから祈りを捧げ始める。ほどなくして陽射しがあったように周りが温かくなったのを感じた。
『よく来ましたね』
あの時聞こえた、女性の声が聞こえた。