キノコになりました
目が覚めたら、とても視線が低くなっていたことに気がついた。まるで、地面に這いつくばっているようである。
目の前を、毛むくじゃらの大きな動物が横切った。タヌキのようなものかもしれない。タヌキは私に気づかないで歩いていく。
もう一匹現れたタヌキは、私に気づいたのか鼻を近づけた。ひくひくと動き、口からはヨダレを垂れ流していた。
舌で舐められ、もう食べられてしまう! と思った時だった。
ばたりとタヌキは倒れ、そのまま痙攣して動かなくなった。
どういうことか初めは分からなかったが、別のタヌキによって理解することが出来た。
「そのキノコはダメだって言っただろうに」
言葉が分かることにはあまり驚かなかった。キノコになっていたということだけで、腑に落ちることが出来た。
それから何度か食べられそうになったが、次第に誰も見向きもしなくなった。私が食べられないということが、知れ渡ったのだろう。
誰も近寄らず、誰とも話せない日々が何日も過ぎた。
どこにも行けず、暇を持て余していた時だ。木材を担いだ木こりが、遠くからやってきて私のそばに腰掛けた。
とうとう食べられてしまうのかと思ったが、木こりは私がいることに気がついていないようだった。
木材を背もたれにして、木こりが空を見上げる。それから数秒目を閉じ耳をませてから、歌い出した。
澄んでいて、良く通りそうな声だった。快調なリズムに乗せて、歌を口ずさむ。歌を歌うことを、楽しんでいるのだと思った。
その日から、木こりはよく私のそばへ腰掛け、歌を歌うようになった。木こりの歌は軽やかで美しく、華やかで厳かで。一言では言い表せない魅力を持っていた。
木こりは恥ずかしがり屋だ。動物にだって聞かれることを怖がっている。私に気づいていないことを、幸運に思った。
歌を聞くことが、毎日の楽しみになった。
長く降り続いていた雨が上がった。木の隙間から、光が降り注いでいる。
ずっと来なかった木こりが来ることを、私は楽しみにしていた。
遠くから微かに歌が聞こえる。久しぶりに晴れたので、木こりも気分がいいのだろう。ウキウキと笠を揺らし、木こりがやってくるのを楽しみに待つ。
晴れの日のような歌がいいなぁ、なんて考えていたら、背後から影がさした。振り向くことなんて出来ないから、じっとしていることしか出来ない。
「やりぃ! 見つけたぜ」
男の声の後に、体に手を伸ばされ掴まれる。ブチブチと、引き裂かれる音がした。
自分の最後を確信した。
「あ! お前も食うか? こんなに取ったんだぜ」
男がやってきた木こりに話しかけている。知り合いのようだった。私は薄れる意識の中、木こりの反応を見る。
「いや、俺はいいよ」
その言葉に、私は安堵する。ああ、よかった。
だって私には毒があるのだから。木こりが食べて死ぬことがなくてよかった。
これでまだ木こりの歌が聞ける。
私が新たに芽吹く頃。