第5話 ようやく冒険開始です
「♪大空翔けるヘルメース〜……。あー、お歌がうまかった頃が懐かしいなーあ。お歌の才能は、昔、アポロンにあげちゃったんだよう」
(今回はまた、拡大スペシャルです。)
「ふむふむ、僕のヘルメス・ポスティング・システムによると、どうやら桃の実は、ドンブラコッコ、スッコッコといいながら、もとの場所へと戻っていったらしいね」
前書き・後書きのみならず、第4話の本文冒頭までもかっさらっていったヘルメスは、得意になって今回もまた、冒頭をかっさらってゆくのでありました。
「え、ヘルメっち、もとの場所って?」
「あー、言ってなかったかあ。内緒だよ、あれは黄昏系女子の園特産の桃で、ヘラ女神の持ち物なんだ」
「ヘスペリデス?」
「そう。黄昏系女子の園」
黄昏系女子の園というのは、世界の西の果て、海の彼方にあるという楽園で、そこにはヘラ女神の桃の木があるのでした。
女神はこの木をたいそう大事にしており、アテナがオリーブの実をくれたときにさえ、お返しに桃の実を差し出すことは決してありませんでした。
そして、黄昏系女子というのは、この園に住まう三人のニュンフェのことなのですが、あるときゼウスがこの三人をそそのかし、ヘラの桃の実を取って来させたことがあったため、ヘラはラドンという名の竜を番人としておき、可愛らしいニュンフェの近づかないようにしたのでございました。
「ちなみに、黄昏系女子の園の先端でお空を支えているのが、僕のおっ母さんのパパ、つまり、おじいちゃんなんだ」
天球を支えているアトラス神は、昔ゼウスに対抗して敗れた巨神族の一神で、世界の果てで天球を支えるという罰を受けているのでありました。
「ともかく僕は、ヘラ女神から拝借した桃を段ボール箱の代わりにしたってわけなんだけど、どうやらそれがまずかったらしいね」
「その……、拝借ってもしかしてーー」
「その通り。僕にかかれば朝飯前だよ。じゃあ、早速行こっか。僕の背中に乗っかって」
物分かりの良いペルセウスは、コクリとひとつ頷くと、ヘルメスの背中に負ぶさりました。
「いっくよーう」
大空翔けるヘルメース 羽の帽子とサンダルで
背中に負ぶさるペルセウス 桃を目指してひとっ飛び
ララララララララ ルララララ
ルララルルルララ レラルレラ〜、レロ〜
「レディースエーンジェントルメーン、お空の旅はどうですかーあ?」
「サイッコウだよ。へっへーい」
大空翔けるヘルメース 羽の帽子と ーー
ーー さるペ…… ーーとっとっとびーい……
……ヘル……ち……、ってる場合……ないって……
あーれーえ……
二人は突風に巻き込まれ、地面へと真っ逆さま。
ヘルメスが先に地面へ落ち、ペルセウスがその上へ落っこちたから良かったものの、人間のペルセウスが先であれば、彼の命はありませんでした。
「ふーう、危なかったー。もしもそんなことになったら、あの乱暴女神に食われちまうところだったよう」
次の瞬間ーー。
「ぐひょえ……」
ヘルメスは、空から投げ落とされた黄金の盾の下敷きになっていたのでありました。
「ヘルメっち、これはもしや、アテナ女神の?」
「……そ……らし……ね……」
「あのー……」
「うわ、誰かいるっ」
声を聴いてペルセウスが顔を上げますと、目の前に、巨大な尾羽を持った鳥が立っておりました。
「気づくの遅いわっ」
「これは失礼、クジャクさん」
「君はもしかして……、アルゴス?」
早くも起きあがっていたヘルメスが、クジャクに言いました。
「よくわかったな、アルゴス殺し、ヘルメスさんよ」
「お久しぶり。元気してたあ?」
その昔、ヘルメスはアルゴスという名の怪物を殺したことがございました。
このアルゴスというのは、ペルセウスの抜け出してきたアルゴス王国のことではなく、たまたま同じ名前を持った怪物なのでしたが、これはヘラの育てた巨大な怪物で、身体中たくさんの目玉で覆われており、とても恐ろしいなりをしていたのでした。
ところがあるとき、いたずら好きのヘルメス神がこの怪物にちょっかいを出そうと企んで、頭の上から毒液をふりかけたところ、怒った怪物が思いの外激しく襲いかかってきたもので、慌てたヘルメスは剣を取り、ついつい殺してしまったのでした。
「あのときは災難だったね」
「ああ災難だったよ、ってテメエっ」
「ところで、どうしたのさ、そのコスプレ?」
アルゴスを可愛がっていたヘラは、ゼウスにヘルメスの悪行を訴えましたが、むしろゼウスはこれを笑って赦し、「人間の家畜を監禁していた悪い怪物を退治した」という根も葉もない武勇伝を拵えることまでしてくれたのでございました。
「いやあね、これにはもちろん裏があってね、実は僕、このとき美の女神のアフロディテとよろしくやっていたものだから、執りなしを頼んだんだよ。ヘラ女神に肩入れしていたアテナ女神はこのことに気づいてたみたいだったけど、僕の有能さに惚れ込んじゃったこともあって、黙っていてくれたんだ」
後にヘルメス神は、このことを得意げにペルセウスに話したのでした。
「おう。そろそろハロウィーンだからコステューム・プレイを、って違えよっ」
「うん、だろうね」
実はこの怪物、ヘルメス神に殺された後、悲しみ嘆くヘラ女神がその目玉をひとつひとつ切り取って、クジャクの尾羽にくっつけたのでございました。すると、麗しい目玉模様を与えられたそのクジャクは、死んだはずのアルゴスの心を引き継いで、女神に忠誠を誓ったのでした。
「へーえ、それは良かったね」
「おう、良かったよ。なにせ、ようやくにっくきアルゴス殺しを叩きのめすチャンスが巡ってきたんだからなあっ」
そう言ってアルゴスは、ヘルメス向かって襲いかかってゆきました。
「へへっ、そうくると思ったよーう」
さて次回、アルゴス(怪鳥フォルム)・ヴァーサス・アルゲイフォンテス・ヘルメス、お楽しみに。
「次回、あんまり期待しないでね。僕にかかれば、きっと瞬殺だろうから。あはは」