第10話 ヘラ女神の館にて
妃「ふふふ……、今回はヘルメスの追放に成功したわ。前書き・後書きのみならず、本文からもね」
臣「へへ。オイラの新兵器、ヘルメス・ゲットアウト・マシーンのおかげですぜ」
オリュンポス山の一角、閑古鳥の鳴く薄暗い森の斜面のうえに、大きな、美しい黄金の館が建っている。
黒い木々の間から、百舌の卵が土のうえへと落ち、くしゃりと音を立てて潰れる。
閑古鳥、すなわち郭公の卵は、別種の鳥の巣に預けられる。預けられたほうの鳥はそのことに気づかず、自分の卵もろとも、温め育む。そして、先に孵った郭公の雛は、継母が血を分けた本当の卵を、一つ残らず、巣から落としていくのだ。
この館の主は、ヘラ女神。
女神が最高神ゼウスの後妻であられることは先刻ご承知であろうが、かの女神は実のところ、ゼウス神の二方目の後妻であり、女神が正式な妃となられるにあたり、先の後妻であられた秩序の女神テミス神は、みずからその身を退かれたのである。
さらにそのとき、正式の奥方ではなかったもののゼウス神のお子であるアポロン神・アルテミス神を妊られていた黒衣のレト女神の出産を妨害し、難産を強いた。双子の神は、他の神々の心ある計らいによって無事にお生まれになったが、そういった謂れのため、世にある限りの神々のうち、ヘラ女神を恐れぬ方々はおられなかった。
ということでございまして、ここは前述いたしました通り、オリュンポス山はヘラ女神のお館。
「くがーっ……」
豪奢な扉の向こうでもがき苦しんでいるのは、哀れなクジャク、アテナ女神の策略にかかったアルゴスでありました。
黄金の座に腰掛け、愛鳥の背を撫でているのは、もちろんヘラ女神。
そして、その前にひざまずくのは、女神がゼウス神との間にもうけた戦争の神アレスと、その愛人アフロディテ。
ヘラの側には、面従腹背の知恵の女神アテナの姿がありました。
「お妃さまッ……、ここなるアフロディテがご指図を全うすることならず、狡猾なるヘルメス神を逃した責めは、ワタクシメにございます。ワタクシメのためにアフロディテは、本意ならず、かのずるがしこき泥棒神めを逃がすことに相なったわけでありまして、しからばーー」
「もう良い、アレス。お母上は、お前たちを罰することなど考えておらぬ。先ほどこの私、アテナにそう仰せられた。しかれども今後は、二神ともに脇を固め、しくじりのないように」
「ハハアーッ」
そこでおもむろに口を開いたのは、黄金の座に座るヘラ女神でございました。
「アテナ女神」
「はっ」
「この二人に、たっぷりお仕置きをしてあげなさい」
「……は?」
「私はあなたの心ある嘆願を受けて、ついついこの者らを罰さぬと言ってしまった。むろん私としても、可愛い我が子と美の女神をムチにかけるのは本意ではない。それゆえ……、アテナ女神、私の代わりにあなたが、今ここで私の目の前で……、この者らをひどく打ちのめしてやるのです」
「……」
アテナはヘラへの怒りに震え、青銅の梁の陰に控えているヘラ女神の臣ともいうべきヘファイストスの気配を感じつつ、拳を固めてゆきます。
「……おのれーー」
「アテナッ」
声を荒げて女神を遮ったのは、他でもない、戦争の神アレスでした。
「お妃の命だ、早くやれ」
「……」
アレスはヘラをしっかと見据え、
「お妃さま。あなたの仰った通り、アテナ女神は心優しき女神でございます。しかし此度はそれが仇となり、私どもへの仕置をためろうておられます。かくなるうえは母上、少々乱暴ながら、失礼つかまつる」
そう言うなり、アテナ女神をきっと睨んで拳を掲げ、
「ウラーッ……」
***
オリュンポス山のふもと、くしゃりと潰れた二神。
空には星と、閑古鳥の声……。
「ねえ、アレス……」
「なんだ……?」
「私……、悔しい」
「……ごめんよ、お前までこんな目にーー」
「そうじゃないの」
「……」
「あなたはわかってないわ……」
アフロディテが視線を移すと、そこには一人の乙女の影が……、あったのでございました。
つづく……
「おうおう、俺はこういう話に弱いんだーって、俺はいつまで、この部屋で……、毒液の……、くがーっ……」




