8. ある日のメイドギルドの風景
太い木材と石材によって建築された歴史を感じさせる重厚さをもつ建物の中には、メイド服に身を包んだ人間が多数いた。
その者達の姿は、爬虫類のような鱗を持つものや、獣のような耳と尻尾を生やしたもの、もしくはただの人間など様々であった。
ここはメイドギルドであり、依頼主から仕事を請け適切な能力をもったギルドメンバーを派遣することを生業としていた。
そんな建物の奥に位置するギルドマスターの部屋で、二人の人物が話していた。
一人は、この国ではめずらしい黒髪黒瞳の青年で人のよさそうな顔つきをしていた。もう一人は白いウサギの耳を頭からピンとたててメイド服を着ている若い女性であった。
青年の方がギルドマスターらしく執務用の机の前に座りながら、秘書であるウサギ耳の女性から報告を受けていた。
「クレア博士によると、ユキは別の世界に飛ばされた可能性が高いそうです」
「そうか、あの事故でユキ君がクレア博士の実験に巻き込まれ姿を消してしまったが、まさか、異世界とはな」
ギルドマスターは顎を手でさすりながらうめき、秘書は冷静な声で報告を続けた。
「他国のギルド支部にも捜索を依頼していましたが、まったく足取りがわからないという報告を受けていますので、ほぼ間違いないと思われます」
「それで、博士はユキ君を戻す方法については何かいっているのかね」
「現在、こちらに戻すための転移陣の作成を行わせています。現在もギルドメンバーの監視をつけており、本人は少し休ませてくれなどといっていますが、まだまだ余裕がありそうなので尻を叩いてでも急がせます」
「そ、そうか。ユキくんのためにがんばってくれている博士にはお礼を言っておかねばな」
「いいえ、元々はユキを無茶な実験に付き合わせたあの方の責任ですので、きっちりと仕事をさせます」
冷たい声で突き放すように言い放つ秘書を見ながら、ギルドマスターはクレアを哀れにおもった。
「ユキ君が担当していた仕事は、別のギルドメンバーに引き継がせたときいているが、問題ないか?」
「はい、タニアさんの下にはソーニャを、王女殿下の下にはニケルを派遣いたしました」
「そうか、彼女たちなら何とかなるだろう」
ギルドマスターは安心したようにうなづいた瞬間、扉をノックする音が響いた。
ギルドマスターが入室を許可すると入ってきたのは、三毛模様のネコミミを持つ少女であった。その表情は落ち込み、ネコミミはペタリと伏せられていた。
「ソーニャ君か。どうした?」
「ギルマス~、わたしにはタニア様のお世話は勤まりそうもありません~」
涙交じりにソーニャは訴えだした。
「あんなに仕事についてダメなところを指摘されるだなんて、わたしなんてメイドに向いていなかったんですよぉ~」
「まあまあ、彼女は昔、うちのA級メイドだったから、後輩の仕事ぶりが気になるだろう。今回いわれたことは貴重なアドバイスだと思って今後もがんばってみないか」
「たしかに、わたしでは気づかないことばかりでしたが……」
「大丈夫、君はよくやってくれてるよ。いままで受けてきた仕事の依頼主様からもご満足いただけた結果、今のC級メイドにまで昇格できたのだろう」
「本当に、わたしなんかで大丈夫でしょうか?」
「ああ、私が保証するよ、君は立派なメイドだ」
ギルドマスターの言葉をきき、幾分自信をとりもどしたのか、ソーニャは部屋から退出していった。
ソーニャが部屋からでて扉を閉めると、ギルドマスターはふぅとため息を吐いた。
「はぁ、タニアばあさんは別名『新人潰し』だからなぁ。ユキと同じC級メイドのソーニャなら大丈夫と思ったがきつかったかぁ」
「私も以前、タニアさんにご指導いただいたことは今でも覚えております。厳しい方でしたが、経験に基づいたアドバイスばかりでいまでも役に立っています」
「足腰が弱る前は、メイドの指導担当をしてもらってたから、どうしても気になるんだろうな」
「ソーニャはまだまだ伸びしろのある子です。タニアさんに鍛えてもらうためにもこのまま続けてもらいましょう」
後輩を鍛えるために千尋の谷につきおとす秘書をみて、ギルドマスターは心の中でソーニャに向かってがんばれとエールを送った。
「さて、ニケル君の方は問題なければいいが」
「ニケルならばA級メイドとしての経験も長く、たとえ王女殿下が相手でもそつなくこなしてくれるでしょう」
そこに、またも扉をノックする音が聞こえた。
ギルドマスターはいやな予感がしながらも、入室の許可をだした。
「入っていいぞ」
部屋に入ってきたのはまるっこい熊の耳をはやした大柄の女性であった。いつもならば肝の座った落ち着いた表情をしているはずだったが、今は落ち着かない様子であった。
「ニケル君か、どうした?」
「お忙しいところ申し訳ありませんが、王女殿下のことでご相談がありまして」
ニケルは困ったように眉根を寄せながら話し始めた。
「ご指示通り、王城に赴き王女殿下のお世話をして参りました。しかし、王女殿下が、その……」
「ニケル、報告は正確にお願いします」
煮え切らない態度をとるニケルに、しびれをきらしたように秘書が厳しい声をかけた。
「申し訳ありません。王女殿下は平民である私に対しても距離をおかずに接していただきまして、ご満足していただけているご様子でした」
「なんだ、すぐに打ち解けられるたのならばよかったじゃないか。王女殿下は獣系の氏族が好きだと聞いていたから、やはりニケル君を派遣して正解だったようだな」
「ええ、そこまではよかったのですが、所定の時間が過ぎたので辞去しようとしましたところ、王女殿下がお手を離してくださらず、このように」
そこでニケルはくるりと回って背中を、ギルドマスターのほうに向けた。
「なっ!? 王女殿下!!」
ニケルの背中にはセミのように幼い王女がしがみついていた。
「どうして、ここまでつれてきた!?」
「はぁ、それが、どんなに声をかけてもお放しにならず、王城の侍従の方にも相談したのですが、なんともならずギルマスにご相談に参ったのです」
ニケルはほとほと困り果てた顔をしていた。
「そういえば、さっきから外が騒がしいと思ったら近衛騎士が来ているじゃないか!!」
ギルドの建物の周辺には、鎧に身を近衛騎士たちがずらりと入口を固めるように立っていた。
「そういえば、ユキから、故郷の歌を聞かせると王女殿下はよくお眠りになると聞いたことがあります」
「それだ!! たしかソーニャ君がユキ君と同じ故郷出身だったな。すぐに呼んで来てくれ!!」
ギルドマスターは秘書に指示を出し、ソーニャが訳の分からないままつれてこられた。
「え、え、なんですか。急に、えぇ!? 王女殿下が何でニケル先輩にしがみついているんですか?」
「早く、君の氏族に伝わる子守歌を王女殿下に聞かせて差し上げるんだ」
「え、ど、どうして? わかりましたよ」
ソーニャは秘書ににらまれ、混乱するままに故郷の子守唄を歌うと、王女はまぶたを閉じてニケルの背中から離れた。
ニケルはすやすやと眠る王女を胸に抱いて、近衛騎士の下に向かっていった。
「はぁ、ユキ君、はやくもどってきてくれ……」
ようやく落ち着いた部屋の中で、ギルドマスターはつぶやいた。