7. 学校にきたネコミミ
朝の授業前の小学校にて、ワックスをかけられつややかに光る木製の廊下を歩く若い女性の姿があった。
白いカットソーに、紺色のスカートをはき、カーディガンを羽織った地味目な格好をしているが、その表情は一人前の教師としての自信に満ちたものであった。
4年2組の担当教師であり名前を安田といい、今年で教師歴3年目を迎え、生徒たちの扱いにも慣れてきたころであった。
そんな中、自分のクラスに初めての転入生が来るということを聞かされ不安を感じつつも、どんな子がくるかという期待も感じていた。
当日の朝になると、その生徒が職員室に挨拶をしにやってきた。そのときに安田が感じたのは、少し変わっているが礼儀正しい子という印象であった。
しかし、その生徒について事前に教頭から聞かされていた注意事項が気がかりであった。事情があるため頭の被りものをはずさないようにと、保護者から念を押されたそうだ。
やがて、自分の担当のクラスである教室にたどりつき、ガラリと音をたてて戸を引いた。
教室内は、いつもどおり登校した生徒たちがしゃべったり、ふざけあったりしてガヤガヤと騒がしかった。
「みんな、おはよう!! ほらほら席についてね」
そこに担任教師である安田がはいってくると、生徒たちは自分の席についていった。
「日直さん、号令おねがい」
「きりーつ、きをつけ、れーい」
「「おはよ~ございま~す」」
生徒たちはそろっていない声で挨拶を口にし、教卓の前に立った安田も挨拶を返した。
「え~、朝の会の前にみんなにお知らせがあります。今日は新しいお友達がふえます」
「え、転校生!?」
生徒たちは突然の知らせに浮き足立つように騒ぎ始めた。
「はいはい、静かにしてね。じゃないと、新しい子がはいってこれないでしょ」
パンパンと手をたたくと次第に生徒たちは静かになっていき、閉まっているドアの方の向こうにいるであろう転入生の姿を想像していた。
「それじゃあ、都築さんはいってきてちょうだい」
スーと静かに引き戸を開けて入ってきたのは、メイド服姿のユキであった。
ユキが楚々とした足取りで黒板の前に立つと、教室にいる生徒たちが興味深そうに見ていた。
「メイドだ」
「外国人かな~」
「んなっ!? おまえは」
様々な反応を示す生徒たちの中で、男子の一人が驚いた顔をしながらユキを凝視していた。神社でユキに遭遇していた杉沢健二であった。
「名前は都築ユキさんね。今まで外国に暮らしてて慣れないこともあるだろうから、みんな手助けしてあげてね」
安田はユキの名前を黒板に書くと、自己紹介をするように促した。
「ご紹介に預かりました都築ユキと申します。学校というものに初めて来るため、いろいろとご迷惑をおかけるすと思いますがよろしくお願いいたします」
「おい、オレ外国語わかったぞ」
「ばーか、日本語しゃべってるだろうが」
黒板の前に立ってお辞儀をするユキの姿をみて、またざわざわと生徒たちは騒ぎ出した。
そんな生徒たちの中で、ユキをじっと見つめる男子生徒が一人いた。
「しつも~ん、なんで、メイドさんの格好をしているの~?」
「この格好はわたくしの仕事着です」
生徒の一人から上がったからかいを含む口調でされた質問に、ユキがはっきりした声で答えた。
「え~、そんなの変だよ~」
しかし、ユキの返答に生徒たちは不満そうな顔をした。
「先生!! 部屋の中では帽子は取るべきだと思います」
そんな中、大きい声でユキの頭のメイドキャップを指差す女子がいた。
「都築さんはね、事情があって頭にかぶってなければならないのよ」
「そんなのおかしいと思います。先生は特別扱いするのですか」
安田はユキのプライベートを隠すために濁した発言をしたが、発言した女子はなおも食い下がってきた。
安田がどうやって納得させようか考えてると、ユキが話しかけた。
「ここでは被り物をとるのが普通なのでしょうか?」
「そうよ、ほら他のひとはつけてないでしょ」
その女子は自分の正しさを示すように、他の生徒たちを見回した。
「なるほど、わたくしのマナーが足りていなかったようですね。申し訳ございません」
「ちょっと、都築さん!?」
そういうと、ユキは頭のメイドキャップに手をかけた。
あっという間のユキの行動を止めることができず、しまったという顔をした後、安田は額に手を当てた。
「ネコミミ?」
「なにあれ~」
ユキの頭頂部に生えたネコミミが露わになり、生徒たちが不思議そうな顔をして見ていた。
ざわざわと騒ぎ出した生徒たちと一緒にネコミミを見ていた安田は、我に返りゴホンと咳払いをした。
「はいはい、そろそろ一時間目の授業を始めます。都築さんは、窓際の奥の席に座ってください」
教室にながれる妙な空気を断ち切るように、安田を声をあげ、ユキはいわれた場所に静かに向かい席に着いた。
授業が始まったが、教室にいるものはチラチラとユキのことをみていた。
だが、本人は黒板を真剣な目で見つめながら必死に授業についていこうとしていた。
「それじゃあ、休み時間にします」
授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、安田は教室から出て行った。
出て行くとき心配そうにユキのことをチラリとみていた。
そして、安田がいなくなったとたん、生徒たちは一斉にユキの近くに集まった。
「ねぇねぇ、海外に住んでたってホントなの?」
「髪の毛、銀色できれいな色だね~」
口々に質問をしてくるため生徒たちに、ユキは困惑していた。
「都築さん、ちょっといい?」
そこに割ってはいるように声を出してくるものがいた。
授業前にユキのメイドキャップについて指摘してきた女子であった。
「あなたそんな服で学校にきていいと思ってるの? もっと普通な服をきてきなさいよ」
「申し訳ありません。なにぶんこの国の事情に通じていないもので、“普通”という格好はどのようなものかご教授願えますか?」
ユキは心底わからないといった表情で相手に質問した。
「それは……、普通よ、普通!! なんでわからないのよ」
「具体的におっしゃっていただけますか?」
その女子は顔を真っ赤にしながら、ごにょごにょと何かをしゃべろうとしていた。
「おい高坂、へんないちゃもんつけてんじゃねーよ。それよりもさ、おまえ……」
「うるさい、杉沢は後よ!!」
高坂と呼ばれた女子は、ユキに話しかけようと前にでてきた健二の言葉をかぶせるように話し始めた。
「というより、その頭よ。遊園地じゃあるまいし、そんな飾りつけてるなんて普通じゃないわよ」
「おい、だから……」
なおも声を出そうとする杉沢を置いてけぼりにして、高坂が話を続けた。
「はて? わたくしは装飾の類は何もつけておりませんが、どれのことをいっているのでしょうか?」
「いや、だから、それよ!! それっ!!」
高坂は頭のネコミミを指差しながらイラついたように大声をだした。
その声の大きさに反応したのか、ネコミミがピクピクと動いた。
「う、うごいた!?」
ユキの近くにいた人間は、驚きながらネコミミをじっと見てると、そこに安田が入ってきた。
「はーい、次の授業はじめるわよ。席についてー」
生徒たちは気にしながらもそれぞれの自分の席に戻っていった。
この日の授業が終わり、生徒たちはめいめいに家に帰っていた。
「なあ、おまえ……」
そんな中、ランドセルに教科書をつめているユキに健二が近づこうとしたところで、安田に先を越された。
「都築さん、今日はどうだったかしら?」
「わたくしには高度な内容ばかりで、まだまだ勉強が足りませんでした」
「がんばりやさんなのね」
安田はそこで一旦言葉を区切り、近くに生徒がまだ残っているのを見て、声をひそめるように話した。
「今日はごめんなさい。あなたの頭のことはきいていいたのだけれど止めることができなくって」
「いいえ、あれはわたくしがこちらの常識を知らなかったせいです」
「もしもいやだったら、みんなには言っておくから隠してもいいのよ」
「お気遣い感謝いたします。しかし、この学び舎に来た以上周囲の方々に合わせていこうと思います」
「それならいいんだけど、ところで、その頭のものって……」
「生徒の方にも指摘されたのですが、どれのことなのでしょうか? 何か失礼をいたしていたならば教えていただけないでしょうか」
いいづらそうにする安田の前で、ユキは確認するように自分の頭を触った。すると、手のひらに押されてネコミミはへにょりと形を崩した。
「ほ、ホンモノっ!? いやいや、そんなはずはないわよね……」
「安田教諭?」
ネコミミをみながらぶつぶつとつぶやく安田を、不思議そうに見ていた。
その視線に気づき咳払いをした。
「コホン、なにか問題があったらいってちょうだいね。できるだけサポートするから」
「ご配慮感謝いたします」
ユキは深々とお辞儀をしたところで、安田の後ろでずっと待っていた健二が目に入った。
「なにか御用でしょうか?」
「っなんでもねーよ!!」
健二はすねたように口をとがらせた後、ランドセルをつかむと教室から出て行った。
「杉沢君? どうしたのかしら」
「はて、わかりませんが、何か用があったのやもしれません」
「それじゃあ、また明日も学校で会いましょう」
「はい、失礼いたします」
ユキは安田に礼をすると、教室から出て行った。
ユキと話した後に安田は職員室にもどると、教頭の席に近づいた。
「教頭、少しお時間よろしいですか?」
「安田君、どうしたんだね」
「実は、今日転入してきた都築ユキさんのことについてなのですが……」
安田は今日あったことを教頭に説明を始めると、教頭は眉根を寄せながら聞いた。
「そうか、帽子をとってしまったか」
「申し訳ありません。私の生徒への指導不足です」
「あの年頃の子供たちはルールというものを絶対視する傾向があるからな。都築さんの様子はどうだった? ひどく落ち込んでいたりしなければいいのだが」
「いえ、それが、本人はまったく気にした風もなかったです。なんというか、あの子も子供にしては落ち着いていますよね」
「そうだな、たまにいるのだよ。家庭の事情で大人として過ごさなければならなかった子供が……。あの子も日本に来る前は大変な状況だったのかもしれない」
「なるほど、私もまだまだ勉強がたりませんね」
教頭の話を聞きながら、ユキから感じるどこか他人と一線をひくような態度を思い出していた。
そんなことを考えているうちに、ユキの頭のネコミミについて教頭に報告することをすっかり忘れていた。