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6. 通学路とネコミミ

 都築家の養女となった後もユキは、メイドとして日々働いていた。

 都築が出勤中は家事をこなし、すべて終えるとネコ神社に出向くという毎日を過ごして2週間がたとうとしていた。


 ある日、晩御飯の食卓をユキと囲いながら、都築は対面に座るユキに切り出した。


「ユキ、来週から学校にいきなさい」


「学校で、ございますか? おそれながら、平民であるわたくしには不相応な場所かと思います」


 ユキにとって学校とは貴族の門弟や大商人の子息が通う場所であり、平民であった自分とはまるで馴染みのない場所であった。


「この国では子供に教育をうけさせる義務というものがあってだな、オレはおまえを学校に通わせにゃならんのだ」


 ユキは都築の言葉にカルチャーショックを受け驚いた顔をした。


「なるほど、畏まりました。ご主人様の命に従い、学校に通い教養を身につけてまいります」


「いや、そんな大したものじゃないからな。学校にきている生徒たちもおまえとかわらん子供だ身構えずに気楽にいってこい」


 意気込むように拳を胸の前で握るユキをみながら、都築はなだめるように声をかけた。


 

 入学のためのもろもろの手続きをするために、都築は非番の日に学校にきていた。

 同時に、ユキに関する特殊な状況をどうやって説明するかも問題であった。


 学校に来た都築は、職員室の奥にパースで区切られた一画に案内された。


「おかけください、都築さん」


「どうも、失礼しますよ」


 都築が警官という立場にあり、学校と連携して地域の子供の安全を守るために教頭とは顔見知りであった。


「驚きましたよ、都築さんが子供を引き取ったときいて」


「ええ、まあ、少々事情がありまして」


 教頭はにこやかな顔で話しかけたが、都築はどこから説明しようか頭の中を整理していた。


「あの子はちょっと特殊な生い立ちをしておりまして、その説明にきた次第です」


「はぁ、外国の子というのはうかがっていましたが、他に何か特別な事情があるのでしょうか?」


「あまり公にしたくないことでして、あの子がしている被り物をとらないように配慮していただきたいのですよ」


「頭にひどい傷跡でもあるのでしょうか? 女の子でしたら、隠したいという気持ちはわかります」


「え、ええ、そういったものと考えていただけると助かります」


 都築は歯切れの悪い口調で説明をした。


「わかりました。担任となる教師には私の方から伝えておきます」


「それと、もうひとつ、あの子は今まで学校というものに行ったことがないらしくご迷惑をかけてしまうやもしれません」


「不慣れな環境でユキさんも大変でしょうから、私どもからもできるだけサポートしていきましょう」


「そういっていただけると助かります」


 安心した表情の都築の前に、10冊程の本を置いた。


「こちらが4年生用の教科書となっています。結構な量ですから、車でお送りしましょうか?」


「お気遣いありがとうございます。ですが、登下校の道も確認しておきたいので歩いて帰ろうと思います」


 紙袋にいれた教科書を手に提げて、校舎の入り口に立つ教頭に見送られながら家に向かった。


 都築は道を歩きながら危なそうな場所はないか確認していった。


 一緒に買い物に行った際に、横断歩道の信号機のこともまったく知らず、赤でわたろうとして慌てて止めたこともあった。

 道路を横断する必要がある箇所がいくつかあり、帰ったら注意しないといけないと覚えておいた。


 都築が家につくと、庭の草取りをしていたユキが立ち上がり頭を下げた。


「おかえりなさいませ、ご主人さま」


「ああ、ただいま。ちょっと手をやすめてもらえるか、話しておくことがある」


「かしこまりました」


 二人は居間のちゃぶ台の前にすわると、学校で受け取った教科書や筆記具、ノートを並べた。


「これが学校で使う教科書と筆記具だ」


「このような貴重な書物をお借りしてもよろしいのですか?」


「これはおまえのものだ。好きにしろ。それと学校に行くときは道具をコレにいれて持っていくんだ」


 都築はユキの前に赤い使い古したランドセルを置いた。


「うちのカカアがつかっていたものでな、使い古しで悪いが使ってくれ」


「奥様のものだったのですか……大切に使わせていただきます」


 ユキが学校にいく前に、都築はタンスの奥にしまわれていたランドセルと引っ張り出していた。

 ユキは神妙な顔でランドセルを受け取り、ちゃぶ台に置かれた教科書を手にとって大切にページをめくり始めた。


「申し訳ありません。この国の文字には通じていないため、中身を判読できません」


「そう、か……。じゃあ、学校にいくまでに簡単な文字だけでも教えておくか」


 都築は、ユキが一日で日本語を話し始めたので、文字も大丈夫と思っていた。


「お手数をおかけします」


「いいんだ。おまえを学校にいかせるのはオレのわがままみたいなもんなんだから」


 恐縮するユキに、都築はひらがなから教え始めた。



 次の週の月曜日となり、都築は出勤する前にユキと一緒に学校に向かっていた。


「いいか、あの信号が青になったら、そこの横断歩道をわたるんだぞ」


「青ですね、承知いたしました」


 都築は警官の制服姿でユキを誘導しているため、その姿は交通整理をしている警官のようにも見えた。


「おまわりさん、おはーよございまーす」


 道行く小学生たちが都築に向かって元気な声で挨拶しながら駆け抜けていった。


「子供がああして元気に駆け回れる姿をみれるなんて、ここはいい国ですね」


「まあな、平和がとりえの国だよ。ここは」


 そんな子供たちをみながらユキの表情を動かなかったが、明るい口調だった。


 やがて学校の校門前にたどりつくと、ユキは門を背にして都築に頭を下げた。


「ご主人様に送っていただくなど、メイドとして恥ずかしい限りです」


「気にするな、がんばってこいよ」


 ユキは学校から離れて交番に向かう都築の背中に頭を下げていた。近くを通る子供たちはその様子を不思議そうにみていた。やがて都築の背中が見えなくなり、ユキは顔をあげて校舎にむかった。

 

 メイド服姿で赤いランドセルを背負って校舎に入ってきたユキの姿を見た生徒たちは、皆立ち止まって驚きながら見ていた。


 そんな好奇の視線にさらされながらも、ユキは気にした様子もなく、都築に言われたように職員室に入っていった。

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