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59. 最後の二日間

 転移の予定日まであとすこしとなり、ユキにとって都築家で過ごす最後の2日間となった。

 監視している人間に怪しまれないように、ユキたちはいままでと同じ生活を続けていた。


 これまでのように買い物をしようと商店街に向かうユキに声をかけてきたものがいた。

 一人は金髪碧眼の白人の優男、もうひとりは身長2mはこえる黒人の大男であった。


「Hey, メイドガール、ちょっと道を聞きたいんだけどいいデスカ」


 白人の男がニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべながらユキに話しかけ、後ろで黒人の男はぶっちょうづらでユキを見下ろしていた。


「この近くに神社があるはずなんデスけど、しりませんカ?」


 神社と聞かれユキが知っているのは、近くのネコ神社ぐらいであった。

 ユキが道順を説明するが、白人の男は首をひねっていた。


「ソーリー、このあたりハジメテなので、よかったら案内おねがいできますカ?」


「わかりました、ではこちらに」


 ユキは少しの間迷うが、歩いて10分もしないでつける場所なのでまあいいかと案内をすることに決めた。

 前を歩くユキについていきながら二人の男は目配せを交わしながら、ニヤリと口角を上げた。

 神社に近づくと、あたりは雑木林に囲まれひと気がなくなった。

 それまで、日本に観光に来て感動したということををぺらぺらとしゃべっていた白人の男の雰囲気が変わった。


「メイドガール、いや、キティガール。ユーは自分の立場を理解しているデスか?」


「はぁ、なんのことでしょうか?」


 首をかしげるユキをみながら白人の男は肩をすくめた。


「分類学をひっくり返すほどのデータをもった貴重な研究サンプル、それがユーの立場ですよ。いまでも、色々な国から目をつけられている。捕まれば、ホルマリン漬けにでもされるかもしれないデスよ」


 ユキは男の言っている言葉の意味はわからなかったが、なにがいいたいかは大体理解した。


「ステイツにくれば、ユーのようなレアな人間を集めた施設がありマス。外出などが制限される不自由はありマスが、身の安全は保障しますデスよ」


 ユキは男の言葉に返事をせずに前にすすみ、やがて神社の境内につながる石段前に到着した。


「この上が神社です。では、わたくしはこれで失礼します」


「返事はノーということデスか。後悔しマスよ」


 去っていくユキの背中を見送ると、男たちはタバコに火をつけて、ふかくゆっくりと吸いはじめた。


「やれやれ、頑固なお嬢ちゃんだ。クリスマスまでには家にもどらないとうちのボーイたちに文句をいわれちまうよ」


「そうだな、クリスマスも仕事なんてまっぴらだ。さっさとおわらせよう。今なら、いけるんじゃないか?」


「待て待て、おまえはせっかちだな。そんなんじゃ恋人ににげられちまうぞ。今、上の連中が日本政府に渡りをつけている。それが終われば、自由に動けるようになるはずだ」


「チッ、めんどくせえな」


 黒人の男はいらだたしげに地面に落とした吸殻を踏み潰した。


 

 

 買い物を終えて都築家に戻ったユキががらがらと戸を引いて、敷居をくぐった。


「ただいま帰りました」


 ユキの声に返事をするものはなく、ユキは台所に向かうと買い物袋から食材を冷蔵庫の中にうつしていった。

 ごはんを炊く準備をしようと米びつをあけると、残りの米が少ないことに気がついた。


「あと一週間分ぐらいでしょうか、明日買いに……」


 ユキはつぶやきを途中で止め、無言で米を研ぎ始めた。

 夕飯の準備をしていると、玄関から誰かが入ってきた音が聞こえた。


「ただいま~」


 ユキが玄関に迎えにいくと、クレアが靴を脱いでいるところだった。


「おかえりなさいませ」


「ユキちゃんも真面目ねぇ、最後までメイドとして働くなんて」


「……最後までやり通したいのです。クレア博士はどちらにお出かけだったのですか?」


「ん~、ちょっとね。寒かったし、なにかあったかいものくれないかしら」


 クレアが居間で待っていると、ユキがお茶をいれた湯のみをちゃぶ台の上においた。


「ありがとね。あ~、あったまるわ~」


 クレアはおいしそうにお茶をすすっていた。

 ユキが仕事にもどろうとしたところで、クレアが呼び止めた。


「ねえ、ユキちゃん、あなたはどうしてメイドをつづけているの? あっちの世界の常識なんてまるで通用しないこんな世界で」


「それは、ご主人様に雇っていただいたからです」


「ふうん、周造はユキちゃんには特にそういうことは求めてないっていってたわよ。制度上とはいっても、親子の関係になったんだから、ここの世界の子供みたいに振舞ってもよかったんじゃないのかな」


 クレアの問いかけにユキは振り返らないままだった。


「それは……、無理です。これがわたくしの普通なのですから。それに今さらでしょう」


「そっか。それもそうだけど、心残りはないようにね」


 クレアは短く返事をすると、お茶をすすった。ユキはクレアの顔を見ることなく、仕事に戻った。


 

 夕方をすぎたころ、都築が家に帰るといつものように3人で食卓を囲った。

 都築もユキも口数が元々多いほうではなかったが、ほとんど会話は交わされることはなかった。

 食事が終わり、ユキが風呂に入っている間、居間にいるのはクレアと都築だけだった。

 クレアは焼酎のビンを片手に一人で酒を飲んでいた。


「ねえ、周造」


「なんだ?」


 声をかけられた都築は新聞から顔をあげてクレアの方を向いた。


「普通ってなんだと思う?」


「妙なことを聞くやつだな。普通は普通としかいえないだろう」


「う~ん、たぶん周造のいう普通と、私やユキちゃんの普通ってのは違うんだと思うよ」


「国が違えば、そいつの取り巻く環境もかわってくるのは当然だ。禅問答でも始める気か?」


 唐突な質問をしてきたクレアに、都築は怪訝な顔をしていた。


「私にとっちゃ、この世界ってホント変わってるわよ。基本、他人に無関心で私とかユキちゃんみたいなのが往来を歩いていても全然気にしてこないの。のんびりしてるというか、平和ボケしてるって感じ?」


「それは、否定できないな。日常で起きる事件でひどいものなど数えるしかない。警官にでもならないと、日常にまぎれそうになる異常になんて気づかないだろう」


 ケラケラと笑うクレアを見ながら、都築も苦笑をもらした。クレアはコップの焼酎を一気に飲み干した。


「でもさあ、周造はユキちゃんの異常性に気づいていながら、なんで守ろうとしたのさ?」


「それは……」


 都築は自分がユキに合ったときのことを思い出していた。


「養子にして、学校に通わせてさぁ。いくら公僕っていってもそこまでする必要ないんじゃなかったの?」


「……かわいそうだと、思ったからかもしれない。一人ぼっちの子供をみたら助けたくなるのが普通だと思ったんだ」


 クレアの酔いに乗せられたのか、普段は無口な都築の口から率直な言葉が漏れてきた。


「それが周造の普通なの、ね」


 クレアは都築の答えに笑みを漏らした。


「おかしいか?」


「ごめんごめん、あなたのことを笑ったわけじゃないのよ。そのときのユキちゃんのことを考えたらさ、おかしくなってきてね。ユキちゃんにとって他人が無償で助けてくれるなんて普通は存在しなかったんだから、相当戸惑ったでしょうねぇ」


「そうなのか? オレにとってのユキは、わがままもいわないし、家事を完璧にこなそうとする妙な子供だったよ。あれが、ユキにとっての普通だったんだな……。オレはユキのことを理解してやれてなかったんだな」


「そうね、周造とユキの普通は違っていた。でも、ユキちゃんはそんな周造のことを嫌がっていたかしら?」


「どう、だろうか……。オレにはあの子のことがわからないことがある」


 都築は、普段から感情を表に出そうとせず、淡々としたユキのことを思い出していた。


「大丈夫よ。ユキちゃんってば本当にいやだったら、雇い主だろうが容赦しないらしいから。そのせいで、能力はあるのにユキちゃんのギルドランクがなかなか上がらないって、ギルドマスターの秘書をやってるうちの姉が愚痴ってたわよ」


「ギルド? ああ、そっちの世界の話か」


 急にでてきた言葉に都築が疑問符を上げるが、酔っ払ったクレアはそのまま話し続けた。


「だから~、周造はそのままでもっと自分の普通をユキちゃんに与えてて問題ないわよぉ。この前、ユキちゃんの雰囲気が変わってきたって話をしたじゃない。普通と普通が交じり合って、人ってのは変化してくるものだと思うからさ~」


「そうか、もしかしたら、オレ自身も変化したのかもな……」


 都築が考え込んでいる横で、クレアが廊下につながるふすまをチラリと横目で見た。すると、スルスルとふすまが開いて、風呂上りでパジャマ姿のユキが入ってきた。


「いいお湯でした」


「そう、ゆっくり入っていたみたいね。廊下は寒いから湯冷めしないようにね」


 クレアが含みのある笑みを向けると、ユキは目をそらしおやすみなさいといって部屋から出て行った。 


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