54. せまられる決断
昼さがりの午後、駅前交番にて、警察の制服に身をつつんだ都築と佐藤は机の上で日々の業務に務めていた。
―――ルルルル
机の端に置かれた電話が鳴り、都築は受話器に手を伸ばした。
「はい、こちら駅前交番。はい、……すぐにですか?」
受話器を持つ都築から困惑した声が聞こえ、気になった佐藤は振り向いた。
「分かりました。すぐに向かいます」
ガチャリと都築が受話器を置いたタイミングで佐藤が話しかけた。
「なにかあったんですか、都築さん?」
「わからん、とりあえずいってくる」
都築は受話器越しに聞こえてきた課長のがなり声を思い出しうんざりした顔をしながら、交番を出て行った。
警察署についた都築を見つけた課長がすぐに駆け寄ってきた。
「都築君、おそかったじゃないか!! 何をしていたんだね」
「はあ、それでどのような用事でしょうか?」
「説明は後だ!! とにかく、待たせるわけにはいかんない」
困惑しながら都築は課長に急き立てられ、署内の奥に位置する署長室へと向かって行った。
「都築巡査長、入ります」
都築がノックをして入ると、広々とした部屋の中央に置かれたソファに座る人物が見えた。
一人は青い警察の制服を来た署長、そして、対面に座っているのは仕立ての良い黒いスーツを身につけた初老の男であった。
男は余裕を感じさせる微笑を口元に浮かべているが、銀縁の眼鏡の奥から探るような目つきで都築を見ていた。
「おお、来たか都築君、まあ座りたまえ」
「はっ!! 失礼します」
署長に促され、都築は一礼をしてから署長の隣に腰掛けた。対面に座る男は柔和な笑みを浮かべながら、都築を見ていた。一見すると、それは人を安心させるような笑みであった。
「いそがしいところすまないね。私は本庁からきた浅見というものだ」
都築は本庁のエリートがわざわざ一介の交番勤務の警察官に会いに来たということに疑問を感じたが、上司の前で表情にだそうとはしなかった。
「キミが4月に養子として迎えたユキ、という少女について話したいことがあってね」
「ユキですか……?」
予想外の名前が出されたことで、都築の中の困惑はさらに深まった。
ここで、浅見は都築の隣に座る署長と入口で直立不動で待機していた課長に目を向けた。
「すまないが、これ以上は聞かせるわけにはいかないのでな。少し席をはずしてもらえるか」
「な、なぜ!?」
「いいから、いきましょう。浅見警視、失礼します」
困惑する課長をつれて署長は扉を開けて外に出て行った。
「警視でいらしたのですか」
「ただの使いっぱしりだよ。君へのメッセンジャーでしかなく、何か命令を下そうというわけではない」
警視を伝書鳩代わりに使うという事実に、都築は事の重大性を感じていた。
動いているのは国の中でも上層部ということを理解し身を固くした。
「さて、困惑しているだろうから、どこから説明するべきか迷うが、単刀直入にいこう。ユキ君を国の保護下におきたい」
「それは、一体……」
「我々は彼女の秘密を知っている。こういえばわかるだろうか?」
なおも余裕のある笑みを崩さない浅見警視正に対して、都築は驚愕で目を見開いていた。
「とある者からもたらされた情報で、ユキ君の存在を知った。しかし、その存在はあまりに現実離れしているため、ここ数週間調査をさせてもらった。その結果、その秘密はこの街においては公然の秘密の状態になっていた。驚いたよ、非日常な存在が目の前にいるというのに、誰も騒ごうとしていなかったということにね」
「それは……、どこまで知られているのですか?」
今日も学校に行っているはずのユキの姿を思い浮かべながら、都築はかすれた声を出した。
「学校へのアンケートという形で聞きこんだのだが、学校の生徒、学校関係者、さらには生徒たちの保護者にも知られていることがわかった。大人たちはただの作り物の飾りだと思っていたようだが、子供たちは本物としりつつ受け入れていたようだね。いやはや子供の順応性には驚くばかりだよ」
「まさか、そんなことに……」
「我々はすぐに情報封鎖をした。彼女のことをただの小学生だと思わせるために、情報操作を行いネット上のデータはすべて削除していった。我々にとって、それほどまでに彼女という存在は秘匿しておかなければならないということを分かってもらえただろうか?」
「ユキは、これから、どうなるのです……」
「非人道的なことはするつもりはない。なにせ、彼女は戸籍をもつわが国の国民だからね。保護下に置いた後も、一定の自由を約束する。望むなら警備体制の整った学校にも通わせよう。ただ、少しだけ研究に協力してもらうことになる。彼女を保護下に置くに当たって、あとは保護者である君の同意が必要だ」
浅見警視からは質問という形を取っているが、それは拒否権のないものだということを都築は理解していた。
「少し、考えさせていただけないでしょうか……」
都築はひざの上においた手をギュッと握り、ただの時間稼ぎだとは思いながらもそれだけしか言えなかった。
「急な話だったからな。ただ、あまり時間はない。合衆国に加えて他の国の連中がユキ君の存在をかぎつけている。手荒な真似に出るとは思わないが、万が一に備えるなら我々の提案に乗るのが一番だろう。返事の期限は……」
「一週間だ」
黙ったままの都築を見て、浅見警視は席を立つと部屋を出て行った。
部屋で一人きりになった都築は拳をギュッとにぎりながら黙っていた。
話していた時間は10分にも満たない時間であったが、都築にとっては何十時間もたったような感覚であった。
「ユキ、オレは……」
都築の口から漏れ出した言葉が部屋の中でむなしく響いた。




