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53. キツネミミの買い物

 クレアが都築家にやっかいになってから3日がたった日曜日、周造も丁度非番の日で家でゆっくりとしていた。

 そこに、クレアが乱入してくるなり声をあげた。


「周造~、周造!!」


 家の中にクレアの声が響いた。

 都築家にやっかいになってから、クレアは既に都築のことを名前で呼び捨てにするようになっていた。


「クレア博士、お静かにしてください。ご主人様がゆっくりなさっているのですから」


「周造が休みの日にしか頼めないんじゃない。周造は身分証明書ってのはもってるかしら?」


「ああ、あるが、どうしてだ?」


「ちょっと換金してほしいものがあるのよ。換金所にいったら、身分証明書がないとダメだっていわれて、周造ならあるでしょう?」


 クレアは手に持った砂金をじゃらじゃらといわせた。

 手を合わせながらお願いしてくるクレアを見ながら、都築は読んでいた新聞を置いた。


「まあ、それぐらいなら構わんよ。特にやることもなかったし、一緒にいこうか」


「ホント!? それじゃあすぐにいきましょ」


「しかたありません、それではわたくしもお供いたします」


 フードを被った黒ローブ姿の女、メイド服の少女に挟まれて歩く都築の姿はとても目立ち、すれ違うひとの視線が集まっていた。


「クレア博士、その格好なんとかなりませんか? 不審者そのものですよ」


「そんなこといわれても、着替えなんてもってきてないわよ。フードは……、とらないほうがよさそうね」


「ああ、そうしてくれ」


 人の注目をあびて、若干つかれた顔をしながら都築があいづちをうった。 


 

 駅前の貴金属店に着くと、都築に換金を任せてクレアは店の外で待っていた。

 街の風景を観察しながら、時折、するどい目線を物陰に送っていた。


「待たせたな、ほら、これが代金だ」


 店から出てきた都築は万札がぎっしりとつまった封筒をクレアに渡した。


「紙の通貨とか変わってるわねぇ。まあいいわ、これで色々と動けそうだ」


「無駄遣いをなさるよりももっと有用なことに使ってください。とりあえず、その服装をなんとかしてください」


 ユキはクレアの黒ローブ姿を指差した。


「だめかな? 丈夫で便利なんだけど」


「非常に目立っています。もう少し、こちらの世界に合わせたものにしてください」


 クレアは道行く人々と自分の格好を見比べて、なるほどとうなずいていた。


「それじゃあ、適当な服を買える店に行こうか。ほらほら、案内頼むわよ」


「買い物にご主人様を付き合わせるなどいけません」


「だって、この辺のことなんて全然しらないし~」


「まあ、いいじゃないか。時間もあることだし」


「はぁ、ご主人様がそうおっしゃるのなら」


 ため息をつくユキを尻目に、クレアがきょろきょろと周囲を見渡し近くにあった店に目をつけた。


「お、近くにあるじゃない。とりあえずいこっか」


「ちょっと、クレア博士、待ってください」


 ずんずんと一人で進んでいくクレアの後を追って、ユキと都築は店に入っていった。

 店の中は落ち着いた雰囲気の内装で、クレアを女性店員が出迎えた。彼女は黒ローブ姿のクレアを見て一瞬眉をひそめたがすぐに、営業スマイルを浮かべた。


「いらっしゃいませ、どのような服をお探しですか?」


「ん~っとね、温かくて丈夫な服だったらなんでもいいわよ。適当に見繕ってくれるかしら」


 店員はクレアに、好みの色や素材などを聞き出していった。

 クレアは服を数着もって試着室に向かい、ごそごそ着替え始めた。


「じゃっじゃ~ん、どうかしら」


 試着室から出てきたクレアは、ワインレッドのタートルネックのセーターにショールを首元に巻き、パンツを合わせた姿で出てきた。


「今年の冬の流行色を取り入れたもので、頭の耳飾にもよくお似合いですよ」


 店員はにこにこと営業スマイルを浮かべながら、見せびらかすクレアを褒めていた。

 フードを脱いだ頭には、キツネ耳を隠すためにフェルト生地のキャスケットを被っていた。


「まあ、いいんじゃないでしょうか。それでは、会計を済ませましょう」


「いやいや、まだよ!!」


 出口に向かおうとしたユキの肩をつかんでクレアが引きとめた。


「まだ、買うのですか?」


「私のじゃなくて、ユキちゃんのよ」


「いえ、わたくしはメイド服がございますので、結構です」


「なにいってるのよ、まわりに合った服装にしないとっていったのはだれかなぁ~。ユキちゃんも十分目立っているわよ」


「そ、そんなことは……」


 ユキは確認するように都築の方を向くと、都築は無言で目をそらした。

 この世界にきてから半年以上かけてようやく知った事実に、ユキはショックを受けていた。


「ほらね。というわけで、ユキちゃんの洋服もかいましょうね、ほらほら」


 クレアと店員に挟まれながら服をあてがわれ、クレアに押し込まれるようにユキは試着室に連れて行かれた。

 出てきたユキは青みを帯びた紫色のフレアチュニックに、やわらかそうな白いファーコートを羽織った姿で出てきた。

 メイドキャップのかわりに、頭には白いニットのベレー帽を被っていた。


 普段のメイド服を脱いだユキは落ち着かない様子で、クレアや都築の反応を見ていた。


「メイド服を着てないユキちゃんを見るのも新鮮ね~。ほら、周造もなんかいってやりなさいよ」


「う、うむ、似合っているんじゃないか」


「それじゃあ、このままいきましょうか」


 クレアが会計をすませて外にでていこうとするが、ユキはためらうようにその場にとどまっていた。


「し、しかし、まだ職務中なので仕事着であるメイド服を脱ぐわけには……」


「いいのいいの、ほら周造がいっちゃうわよ」


 クレアに急かされた周造が外にでると、ユキは私服姿のまま慌てて後を追った。

 外を出歩くユキはいつものようにしっかりとした足取りではなく、どこか落ち着かない様子だった。

 その様子をクレアがおもしろそうに眺めていた。


「あっちのほうにお店がずいぶんとならんでるわね、いってみましょ~」


 クレアが商店街の方へと進んでいき、二人は後からついていった。

 歳末大売出しや、クリスマスセール中などののぼりが立ち、商店街はにぎやかな様子をみせていた。

 興味津々な様子で歩き回るクレアの後ろをユキが歩いていると、うさぎのきぐるみに声をかけられた。


「ほら、おじょうちゃん、風船どうぞ。お父さんにはこちらのチラシをどうぞ~」


 都築は渡されたチラシを見ると、商店街の特売品情報が書かれていた。

 ユキは風船を受け取った風船を戸惑ったように見ていた。


「そちらのチラシについている福引券で一回クジがひけるので、よかったら寄ってください~」


 うさぎのきぐるみは、また別の通行人にチラシ配りにもどっていった。


「せっかくだし、よってみるか」


「えっと、はい、お供します」


 商店街の中、机の上に抽選器が置かれ赤いサンタ服を着た中年の男が受付をしていた。


「周造、これはなにをするところなの?」


「あれを回してくじ引きするところだ。ほら、あそこに景品が書かれているだろう」


 机の後ろには景品の一覧がかかれ、特賞『ハワイ旅行』とひときわ大きく書かれていた。


「私、くじ運とか全然ないからね~。ユキちゃんやってみてよ」


「わたくしで、いいのですか?」


 都築がうなずき、ユキはおずおずと福引コーナーに向かっていった。


「ん? お嬢ちゃんがやるのかい。ここをゆっくりまわしてくれよ」


 ユキはゆっくりと回すと抽選器はガラガラと音をたて、緑の玉がコロンとでてきた。


「大当たり~~~!! 2等のクリスマスツリーがあたりました~」


 玉の色を確認した男はベルをがらんがらんと景気よく鳴らし始めた。


 ユキはとつぜんのことにこれといった反応をせずにいた。受付の男は、喜びも驚きもしないユキのことを変わった子だと思いながらも背後に並べられた景品を取りにいった。


「ユキちゃん、よかったじゃない」


「はぁ、ありがとうございます」


 笑顔のクレアに声をかけられるがユキは表情を変えないままだった。


「けっこうでかいな、どれ、オレが持って帰ろう」


 クリスマスツリーセットが入った箱を都築が肩に担ぎ上げた。


「ご主人様、そのようなことはわたくしが」


「これぐらい大丈夫だ。伊達に警官をやってるわけじゃないからな」


 自分の背丈ほどもあるツリーを担いで歩き始めた都築のがっしりとした背中を見ながら、ユキは所在なさげに立っていた。


「ねえ、ユキちゃん」


 クレアがゆっくり静かにユキに近づきてくるのを見て、ユキはすぐにいつもどおりの無表情にもどした。


「はい、なんでしょうか?」


 クレアが前を歩都築に聞こえないように小声で話しかけ、ユキも同じぐらいの小さな声で応じた。


「あなた何かやったの? あいつら、私のことを追いかけてきたのかと思ったけど、家をでてからユキちゃんのことずっと見てるし。家の周りにもずっとあいつらいたよね」


「さあ、わかりません。夏ごろから妙な視線を感じていましたが、特に害意はなさそうだったので放置しておりました」


「それならいいけど、どうにも気持ち悪いね。なんか観察されてるみたいで」


 クレアは不快そうに眉根をよせながら、背後にチラリと視線を向けた。


「放っておきましょう、ご主人様が行ってしまいます」


 ユキは前のほうまで進んだ都築の後を小走りで追った。

 その顔には、置いていかれまいという焦りが浮かんでいた。

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