50. 探索するもの
「あれは、ずいぶんと早いが馬車のような乗り物か? 一体どうやって動いているんだ?」
黒ローブ姿でフードを目深に被った女が道路を走る自動車を見つめながらぶつぶつとつぶやいていた。
通行人たちは不審そうにチラリとみながら、足早に横を通り過ぎていった。
貝塚家から抜け出した後、女は街の中を適当に散策していた。
まるで初めてきた世界のように、見るもの聞くものに過剰に反応していたが、その目がとある店の前でとまっていた。
フードの奥にある鼻をひくひくさせると香ばしい肉の焼ける匂いを嗅ぎ取り、つられるように歩き出した。
「これは店でいいのか? この扉はどうやってあけるのだ?」
ハンバーガーのチェーン店の前で、女は首をひねりながらガラスのドアを調べよと近くづいた。
センサーに反応して自動で横に開いたドアに驚き飛びすさると、ドアは機械音を立てながら閉まった。
「誰が開けた? 近くにはいないはずだというのに……」
恐る恐る近づきスライドするドアを観察する女を、カウンターの奥に立つ店員がなんともいえない顔で見ていた。
やがて、女は害がないと分かるとゆっくりと中に入っていった。
「いらっしゃいませ~」
赤い制服に帽子をかぶった店員が女に声をかけた。自動ドアの前で奇行をとっていた黒ローブ姿の不審者に対しても営業スマイルを浮かべていた。
「ふむ、ちょっと待ってくれ」
女は胸元から銀鎖でつなげられた小粒の赤いクリスタルを取り出し、いじりだした。
「あの? お客様」
「よし、ギルド証の言語機能の調整完了だ。私の言葉は通じているだろうか?」
「大丈夫ですけど、えっと、ご注文をどうぞ」
妙なことを聞いてくる客と思いながらも、店員は営業スマイルを続けた。
「とりあえず、ここは何を売っている店なんだ?」
「当店では焼きたてのハンバーガーやポテトを扱っています。こちらに見やすいメニューがありますので、ご利用ください」
女はカウンターの上におかれたメニュー表を見たあと、写真を指差しながら注文を始めた。
「ふむ、よくわからないが、とりあえずこれとこれを頼む」
「いまならお得なセットメニューがございますが、単品になさいますか?」
「それじゃあ、せっとめにゅーとやらでたのむよ」
注文が決まり、店員がカタカタと打ち込むとレジに金額が表示された。
女は懐から小袋を取り出し、小粒な砂金をカウンターの上に置いた。
「こちらの通貨をもっていなくてな、すまないがこれで頼むよ」
「……申し訳ありません、当店ではお取り扱いできません」
「なに? 純金だぞ。売れば幾ばくかの金になるはずだ。疑うのならば確かめてみるとよい」
女が店員にせまるが、店員は申し訳ありませんと繰り返すだけであった。
諦めた女は、手ぶらで店からでてきた。
「はあ…、換金しやすそうな貴金属をもってきたのだが、この国では価値が低いのか?」
店員に受け取ってもらえなかった砂金を手の平の上でコロコロと転がしていた。
気を取り直して別の店に向かうが、同じような扱いを受けて意気消沈しながら歩いてた。
「……まあいいか。一応携帯食料ももってきたし三日はもつはずだ。その間にこの近くにいるはずのあの子を見つければ済むだけだ」
女は気を取り直し、道行く人の顔を見ながら街の中を歩いていた。
夕暮れを過ぎたころ公園を見つけると、今夜のねぐらとするために準備を始めた。
「まったく、寒いなこの国は……、火にあたっていないとこごえてしまう」
女は震えながら、木製のベンチから木の板を剥ぎ取り火にくべた。
パチパチと燃える火の明りに照らされながら暖を取っていると、後ろから声をかけられた。
「エクスキューズミー、そこの外国人の方。日本語はわかるかな?」
「ん? なんだ、妙な格好にしているな……」
声が聞こえたほうに顔を向けると、パトカーから降りてきた青い制服を着た警官二人組が女に話しかけていた。
女が被ったフードの端からは豊かな金色の髪がこぼれ、警官たちは女を外国人と考えていた。
「近所の人から通報があってきたんだが、公園で焚き火はいかんのだよ。わかる?」
「これ見てくださいよ。ベンチが壊されてますよ」
話しかけていたのとは別の警官が木板がなくなり骨組みだけになったベンチを指差していた。
「もしかして、その焚き火は……。はあ、器物破損も追加か。とりあえず、署まできてもらおうか」
「ちょ、ちょっとまて。なんなのだ、私がなにをしたというのだ」
女は迫ってくる警官たちを焦った表情で見ながら後ずさった。
「大丈夫、怖いことはなにもないから、ちょっと話を聞くだけだから」
「そういうやつに限ってロクなことをしてこないと相場はきまっている。失礼させてもらうよ」
警官たちはフレンドリーな感じで話しかけながら近づこうとしたが、女はくるりと振り返って駆け出した。
「あっ、こら、待ちなさい!!」
警官たちは慌てて追いかけようとするが、女は人間離れした跳躍力で近くの家の屋根に飛び乗ると素早い身の動きで姿をくらました。
その後ろ姿を見ていた警官たちは、追いかけようにも追いかけることができず戸惑ったように棒立ちになっていた。




