5. 神社にいるネコミミ(3)
別の日、健二は境内の端に生えている一本の木を見上げていた。
まだ、春にはいったばかりの季節で木にはほとんど葉が生えておらず、そこには一匹の若い猫が見えた。
「お~い、はやくおりてこいよ」
健二は、木の上にのぼって降りられなくなっていた猫に向かって下から声をかけていた。
「にゃあお~ん、にゃあお~ん」
頭上の猫は助けをもとめるように弱々しい鳴き声を上げていた。
しかし、猫は枝の先にしがみついたまま動こうとせずに鳴いているだけであった。
「どうすっかな、なんかねえかな」
健二はのぼるのに手ごろな台になるものがないかあたりをキョロキョロと見回したが、見つけることができなかった。
「しょうがねえか、よし」
健二は気合をいれるように声を出すと、木の幹に手をかけて近くの枝を足場にして、ゆっくりと登っていった。
その顔は緊張のためこわばり、ひたいから一筋の汗を流していた。
(下をみるな、下をみるな)
心の中で念じながら恐怖心を押し込めるように、手と足を動かすことだけを考えた。
やがて、猫のいる高さまでたどりつくと、幹に手をかけて体をささえながら手を伸ばした。
「ほら、はやくこいよ」
「フシャアッーー」
しかし、猫は威嚇するようにうなり声を上げて、逃げるように枝の先に進んでいった。
「おい、まてよ、くそっ」
猫の重みによって枝先がしなり、折れそうになっていたのをみて健二は焦った。
枝の根元の方に足を絡めて、なんとか猫に手を届かせようと手をのばした。
「げっ!?」
バキバキという枝が根元から折れる音が健二の耳に届き健二はうめき声をあげた。
健二は焦りながらも猫の首元をつかみ上げた瞬間、枝は折れて地面に向かって落下を始めた。
健二は何かつかもうと空中で手を伸ばすが何もつかむことはできずに、数秒後には地面にたたきつけらる恐怖に目をギュッと閉じ、猫を抱きかかえた。
そこに飛び出してきた人影があった。
その人物は、健二を空中でキャッチして脇にかかえると、着地の衝撃を吸収しながら静かに地面に降り立った。
「杉沢様、お怪我はありませんか?」
「ん……?」
健二はいつまでたっても地面に落下しないことを不思議に思い、声をかけられたことで閉じていた目を開けた。
「おまえかよ!? はやくおろせっ!!」
健二は自分がユキの脇に抱えられていることに気づき顔が熱くなるのを感じ、じたばたと手足を動かした。
「かしこまりました」
「ぐえっ」
ユキは脇に抱えていた健二と猫から手を離すと、健二はくぐもった声をだしながらうつぶせに地面に落ち、猫は健二の腕の中でもがいて脱出すると一目散に逃げていった。
健二はぶつけた場所をさすりながら立ち上がった。
「おまえなぁ……。まあ、でも助かったよ。ありがとな」
「お役に立てたならば幸いです」
健二から感謝を言われ、ユキはうっすらと微笑みを浮かべた。
「……そんな顔で笑うんだな」
「なにかおっしゃいましたか?」
「あ~、おまえ、帽子に葉っぱついてるぞ」
初めてみたユキの表情に見とれている自分に気づいて照れた顔をする健二は、ごまかすようにユキの頭を指差した。
「おっと、ご指摘ありがとうございます。おかげでご主人様の前で恥をかかずに済みました」
ユキは頭のメイドキャップをはずし、ついていた葉っぱをはたき落とした。
「なっ!? おまえ、その頭」
「まだ、なにかついているのでしょうか? お手数ですが、教えていただけないでしょうか」
ユキは頭が見えやすいように健二の前に頭を下げた。
そうすることで、頭にはえたネコミミは生え際までくっきりと見えた。
「つくりものじゃないよな、どうみてもホンモノ……」
「あの?」
自分の頭をみながらぶつぶつとつぶやく健二に、ユキは上目遣いでたずねた。
「お、おう、だいじょうぶ、うん、なにもなかったぞ」
「それならばいいのですが」
ユキは健二の態度に疑問を感じながらもメイドキャップをかぶりなおした。
「本日はお伝えすることがあって参りました」
「なんだよ、改まって」
居住まいを正して話してくるユキに、健二は身構えた。
「明日より忙しくなるため、あまりここにくることができそうもありません」
「そう、か。まあ別にいいよ。オレは猫に会いにきてるだけだし」
健二はなんでもないように表情を取り繕った。
「では、失礼いたします。ごきげんよう」
林の中に入っていくユキの背中を見送った。
「結局、なんだったんだあいつは……。ていうか、ネコミミ?」
ユキのいなくなった後、健二は頭をひねっていた。
「ネコ神社にネコミミのメイドか。まさか、神様とかってわけじゃないよな」
健二は自分の想像をごまかすように笑ったが、もう二度と会えないような気がした。
そんな健二の予想は数日後裏切られることになるとは思いもしなかったのである。