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42. ハロウィンにまぎれるネコミミ

 林間学校が終わり10月半ばを過ぎたころ、ユキがいつものように商店街に買い物にくると、飾りつけが変わっていた。


「はろ、うぃん…?」


 店の軒先には、ハッピーハロウィンという文字とデフォルメされた幽霊や魔女のイラストが書かれたポスターが貼られていた。

 ユキは見慣れない言葉を見て、なにかの行事なのだろうかと首をかしげた。


 八百屋の前に来ると、そこにはユキの頭より大きいカボチャが置かれていた。


「こんにちは、オヤジさん」


「おう、ユキちゃん。いらっしゃい」


 ユキが戸惑ったように人の顔の形にくりぬかれた巨大カボチャを見ていることに、オヤジは気づいた。


「ユキちゃんはハロウィンは初めてか? このかぼちゃはハロウィンの飾りなんだぜ。仕入先にたのんで特別に大きなものもらってきたんだ」


 自慢げに語るオヤジの話を聞きながら、ユキはしげしげとかぼちゃを見ていた。


「なるほど、この形はなにか意味があるのでしょうか?」


「え~と、なんていったけな? じゃっく、じゃっく……、そうだ!! ジャックと豆の木っていう特別な飾りらしいぞ」


「変わった名前ですね」


 ユキはふむふむとうなずきながらその名前を覚えた。


 

 次の日の朝、ユキが教室に入ると、女子たちが一冊の雑誌を見ながら集まっていた。


「これ、かわいいよね~」


「いいよね~。こっちもいいな~」


 楽しげに雑誌のページを指差しながら話している様子を見て、ユキはチラリとのぞいた。


『ハロウィンに着ていきたいファッション☆ あなたもお化けの仲間入り!!』


 あおり文句がポップな字体で書かれ、魔女やお化け、さらにはゾンビの格好をした少女モデルの写真が掲載されていた。

 またもハロウィンという文字を目にしたユキは、女子たちに話しかけることにした。


「おはようございます。なにやら楽しそうですね」


「都築さん、おはよー。これ、ハロウィンコスの特集なんだ~。ハロウィンの日に何を着ていくかみんなで見てたの」


「はあ、ハロウィンとはみんなで着飾る日なのですか」


 ユキの中でハロウィンとはかぼちゃを飾って、みんなで着飾る祭りなのかというイメージができていた。


「そういえば都築さんは海外にいたんだよね。ハロウィンってなかったの?」


「そのようなにぎやかなお祭りはありませんでした。収穫祭や謝肉祭ぐらいでしたね」


「そっか~、本場のハロウィンの様子聞きたかったけど残念~」


 そこに話を聞いていた健二がからかうような口調で話しかけた。


「おい、都築なら、そのままの格好でもハロウィンにいけるだろ」


 女子たちは健二の言葉を聞いて、改めてユキの格好をみた。


「メイド服に、ネコミミ……。たしかに、ありかも」


 注目されていることにユキが戸惑っていると、黒川が後ろの席からその姿をじっと見ていた。


 

 授業中、黒川はユキを横目でチラリと見ながら、ノートにペンを走らせていた。

 そこにはユキが魔女の格好をしたイラストが書かれ、黒川は授業そっちのけで集中していた。

 

「それじゃあ、次は黒川さんお願いね」

 

 安田は黒川に国語の教科書の一節を朗読するように指名したが黒川は気づかず、再度名前を呼んた。


「え、は、はい!!」


 黒川は呼ばれていることにようやく気づいて返事をするが、どこを読めばいいか分からず戸惑っていた。


「……黒川様、こちらです」


 隣に座るユキがそっと教科書を指差して、読む箇所を教えた。

 黒川は視線でユキに感謝を示しながら、慌てて読み始めた。

 

 授業が終わると、黒川が済まなそうな顔をしながらユキに話しかけた。


「都築さん、さっきはありがとね」


「いいえ、なにかを一生懸命になさっているご様子で気になっていたもので」


「えっとね……」


 黒川は自分の落書きを見せることにためらいを感じたが、ユキにノートを向けて見せた。


「……都築さんになら見せてもいいかな。これなんだけど、ただの落書きだよ」


「黒いローブに黒い帽子、これは……夜間の隠密用の衣装でしょうか?」


「ハロウィン用の衣装だよ。……その、都築さんが着たらかわいいかなって」


「はあ、わたくしがですか?」


 照れながら話す黒川を見た後、ユキはノートにかかれたイラストをながめた。


「ところで、ハロウィンとはなんでしょうか?」


「えっと、わたしもよく知らないや」


 二人が話していると、貝塚が話しに加わってきた。


「都築さん、ハロウィンっていうのはね~、仮装して大人にトリックオアトリートって言う日なんだよ。まあ、あいさつみたいなもんだね」


「とりっくおあとりぃとですか、ご教授感謝します」


「ちょっと、貝塚。なに適当なこと教えてるのよ。いい、ハロウィンっていうのは……」


 そこに訂正するように高坂が割って入るが、ユキの中でハロウィンとは暗闇にまぎれるような衣装をきて、謎の呪文をつぶやく行事となっていた。


 

 そして、10月31日ハロウィン当日、商店街では店員たちがカボチャ色のはっぴを着て、魔女の帽子のような黒い紙製の三角帽子を頭にのせ、ハロウィンを盛り上げようとしていた。

 八百屋のオヤジも他の店主たちと同様の格好をしていたが、頭にのせた三角帽子が気になり何度も位置を直していた。


「おじさん、とりっくおあとり~と」


「嬢ちゃんたち、ちょっとまってな」


 三軒隣にある肉屋から、子供のにぎやかな声と肉屋の店主の声が聞こえてきた。

 八百屋のオヤジが視線を向けると、肉屋の店主がハロウィンの仮装をした子供たちにお菓子をあげているところだった。


「帰ったらかあちゃんに肉屋をよろしくっていってくれよ~」


「うん、ありがと~」


 子供たちは楽しげな笑みを浮かべながら、八百屋の前を過ぎていった。


「よう、どうだ。そっちはきたか?」


「むう……、まだだ」


 肉屋の店主が八百屋のオヤジにニヤッと笑いかけると、オヤジは渋面を作った。

 商店街のイベントとして、仮装をしてきた子供たちにお菓子を配るというイベントを催していたが、八百屋のオヤジのいかつい風貌のせいか子供がなかなか寄り付かなかった。


 そこに、膝下まですっぽりと隠れる黒ローブを羽織り、頭にフードを被った子供がオヤジに近づいてきていた。

 そして、オヤジの近くまでくると、フードの奥から声をだした。


「とりっくおあとりぃと、です」


「ん? ああ、よしよし、ちょっとまってな」


 フードを目深に被っているせいか子供の顔が見えず、オヤジは戸惑いながら子供にお菓子を渡そうとした。


「いただいてもよろしいのでしょうか?」


「ああ、いいぞ。ほれ」


 子供は数瞬戸惑うように手をさまよわせたが、結局受け取った。


「ありがとうございます」


 子供はペコリと頭を下げると、足音を立てずにスススと離れていった。

 オヤジは変わった子だなと思いながらその背中を見ていたが、視線を肉屋に移した。


「どうでい、ちゃんとうちにもきたぜ」


「まだ一人目だろ。うちには10人もきてるぞ」


「なあに、まだ祭りは始まったばかりだ。どうせなら、賭けしないか?」


「いいのかオレが勝っちまうぜ。じゃあ、負けた方が今度の飲みでおごりってことで」


 肉屋と八百屋は楽しげに賭けの内容を話していた。


 

 この日は休日ということもあり、多くのひとが駅前にやってきてハロウィンイベントに参加しており、道行く人の中にはハロウィンの仮装に身をつつんだものも多くいた。

 夕方になり昼と夜の境目の時間、薄闇に落ちつつある路地裏で一組の20代前半のカップルが歩いていた。

 二人ともハロウィンの仮装に身をつつみ、イベントを楽しんできた帰りだった。酒を少し入れてきたのか、少々足元がふらついていた。


「ハロウィンたのしかったね、たーくん」


「みきみきのハロウィンコスかわいかったよ」


 みきみきはたーくんの腕に体を絡ませるようにして歩いていた。


「ねえ、たーくん、このあとどうする?」


「そうだね……、やっぱりハロウィンだしトリックオアトリートしないと。いたずらしてもいいかな?」


「やあん、トリックされちゃう~」


 みきみきは体をくねくねとひねったあと、たーくんの顔を艶のある目で見つめた。


「ん? だれかいるな、子供かな」


 たーくんが路地の先に一人の子供がポツンと立っているのが見つけた。夕陽を背にしているせいで、その姿は影になっていた。

 子供は足音もなく、二人に近づいてきて、その姿が少しだけ見えてきた。

 全身黒ローブに身を隠し、どんな表情をしているかは目深にかぶったフードでうかがい知ることはできなかった。


 異様な雰囲気に飲まれるように、二人の間にあった先ほどまでの甘い空気はなくなり、体を硬直させていた。

 やがて、子供が二人の前にたどりつくと顔を上げて口を開いた。


「とりっくおあとりぃと、です」


 フードの下からはランランと金色に光る二つの瞳が、二人を見ていた。


「ひっ、お、おばけ~」


 二人は恐怖で顔をゆがめがなら、背後に向かって走り出した。

 しかし、みきみきが足をもつれさせて地面に転がった。


「いったぁ~い」


「みきみき!! だいじょうぶかっ!!」


「たーくん、わたしのことはいいから、先に逃げて!!」


「そんなことできるか、逃げるなら一緒だ!! みきみきはボクが守る」


「たーくん……」


 子供は目の前で広げられる茶番劇から目をそらし、その場を後にした。

 心なしか肩が下がり、落ち込んでいるようだった。

 

 

 駅前交番勤務である都築は、イベントで人が増えるということで佐藤と一緒に巡回していた。


「今年もすごいひとですね。都築さん」


「ああ、そうだな。次はそっち行くぞ」


 都築たちは商店街の歩行者天国の中に足を踏み入れた。


「どうも~、お疲れ様です」


 商店街の店主たちは巡回のために通りがかった都築に挨拶をしていた。


「盛況なようですね。なにか変わったことはありませんか?」


「いいえ、特にありませんね。お客さんたちは楽しんでくれているようですよ」


「それならよかった。では、本官たちは巡回にもどります」


 都築たちは店主に見送られて、辺りに目を配りながら商店街の中を歩き出した。

 そこに路地裏からカップルが走って出てくるのが見えた。その慌てた表情を見て、二人はなにかあったのかと身構えた。


「あっ!! お巡りさん、助けてください!!」


「なにがありました!!」


「そ、そこの道で、お、お化けがでたんです!!」


 カップルの男の方が震える声で都築に説明した。


「本当です!! 身の丈がこんなに大きくて、目が光っていて、牙が生えていたんですよ。ボクたち食い殺されるかと思って、必死に逃げてきたんですよ」


 男の説明を聞きながら、都築たちはいぶかしげな顔をしてから小声で話し始めた。


「どうします? 少し酔っているように見えますし、見間違いかもしれません」


「一応、見に行くか」


 それから、男の先導されて都築たちは路地裏に入っていった。


「あれ? このへんにいたんですけど、もう逃げちゃったかな」


「きっと、たーくんの勇気に恐れをなして逃げたんだよ。あのときのたーくん、かっこよかったぁ」


 後から怖々ついてきたカップルの女の方が頬を染めながら両手を頬に添えていた。


「みきみき、ボクはキミのためならなんだってできるよ!!」


 目の前で茶番劇を始めたカップルを見ながら、都築たちは若干げんなりした顔をしていた。

 

 カップルたちを見送ったあと、都築たちが商店街に戻ろうとしたところで背後から声が聞こえた。


「とりっくおあとりぃと、です」


「っ!?」


 先ほどまでそこには気配もなかったはずだが、突然わいてきたようにそこに小さな影が現れていた。

 全身黒ローブ姿の子供を見て佐藤が警戒したところで、都築が肩の力を抜きながら話しかけた。


「なんだ、ユキか。その格好は、魔女かな?」


「ご主人様、お疲れ様です。この格好は友人に教えていただいたはろうぃん用の格好です」


 子供が被っていたフードを取ると、そこには透き通るような銀色の髪をした少女がいた。


「あれ? キミは確か、ああ、そうだユキちゃんだったね。かわいいね、その頭の飾り」


 佐藤はユキの頭のネコミミを見て、ハロウィンのコスプレ衣装だと思っていた。


「いえ、飾りではなく……」


「お、おい、外では被り物はとるなっていったろう」


 ユキが本物だといいかけたところで慌てて都築がさえぎった。


「どうしたんですか、都築さん? わざわざ隠さなくたって」


「いや、これはだな……」


 都築は本当のことを言うわけにもいかず、言いよどんでいるとユキが頭を下げた。


「お仕事の邪魔をして申し訳ありません。はろうぃんでは大人にとりっくおあとりーとと挨拶するとうかがったものでして。わたくしはこのあたりで失礼しますね」


「いや、そうじゃなくてだな……。ああ、そうだ。ユキ、ちょっと待ってくれ」


 都築はポケットからセロファンにつつまれたアメを取り出した。


「ほら、お菓子だ。ハロウィンでは子供にこれをやるんだろ」


「まあ、ありがとうございます。ご主人様」


 ユキは都築からおしいただくように両手でアメを受け取った。


「それじゃあ、仕事にもどるからな。もう日も暮れたし、ユキも早くかえるんだぞ」


「はい、晩御飯の支度をしてお待ちしております」


 ユキと別れた後、佐藤が都築に話しかけた。


「都築さん、アメなんてよく持ってましたね」


「ああ、迷子の子供を見つけたときなんかに、菓子とかをやると泣き止むからな」


「なるほど、勉強になります」


 そうして、二人は夜の商店街の巡回へと戻っていった。


 往来には様々な格好をしたものが歩いていた。

 もしも、このなかならユキが混じっても大丈夫じゃないかと都築は心の内で考えた。

 それでも、少しでもユキの正体がばれる可能性は低くしたほうがいいと思ったが、ユキに不自由を強いているのではないかと胸にチクリとした痛みを感じていた。

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