39. 林間学校・二日目 ハイキングするネコミミ
林間学校2日目の朝、生徒たちは宿泊所前の広場に集まっていた。
ひんやりと冷えた空気が漂う中、夜遅くまで起きていた生徒は眠そうにアクビをかみ殺しながら、前に立って離す教師の姿を見ていた。
「くれぐれもはぐれたりしないようにしてくれ。山の天気は変わりやすいから、途中引き返すかもしれないから先生たちの注意をちゃんときくんだぞ」
これから行うハイキングについての注意事項の説明が終わると、生徒たちは一列に並び始めた。
一組担当の男性教師が先導し、生徒たちはぞろぞろとついていった。最後尾に安田がついていき、遅れているものがいないか確認していた。
宿泊所の近くにそびえる山の登山道はいくつかあり、本格的な山登りができる登山コースと、気軽にのぼれるハイキングコースがあり、今回生徒たちがのぼるのはハイキングコースであった。
空は雲ひとつない秋晴れで、やわらかな日差しが紅葉した木々を照らし見事な風景を作り出していた。
生徒たちは街では見られない景色のなかではしゃぎながらゆっくりと進んだ。
しかし、そんな中でなんともいえない雰囲気と距離感を作り出している二人がいた。
健二は時折チラリとユキのほうをむき、その頬は周囲の木々のように赤く色づいていた。
昨日の晩も風呂場でのできごとのせいで、あまり良く眠れていなかった。
ユキはそんな健二の視線に気づいていたが、ひたすら前を向いて歩いていた。
「ね、ねえ、都築さん。杉沢くんとなにかあったの?」
二人の後ろを歩いていた黒川は二人の様子に気づき、聞きづらそうにしながらも切り出した。
「……いえ、特になにもありません。そう、何もなかったのです」
ユキは何かを思い出しそうになり、頬を赤くしながら慌てて首を振って打ち消した。
黒川が健二の方を見ると、健二はサッと目をそらして黙々と山道を登っていった。
登り始めて30分がたったころ、健二の近くにいた男子が話しかけた。
「なあ、健二~、ちんたらのぼってるのも飽きたしさっさと上にいかね?」
「……そうだな、んじゃ、競争だな!!」
健二はユキとの間に生まれた良くわからない雰囲気に耐え切れなくなり、他の男子数名と一緒に駆け上って行った。
「あ、杉沢、あんたなにやってんのよ!! ちゃんと並んで上りなさいよ!!」
「先にいって待ってるからな!!」
高坂は横を通り過ぎていった健二を見咎めて注意するが、健二たちはさっさと前に進んでいった。
やがて、生徒たちの集団は、休憩所と展望台を兼ねた場所にたどり着き休憩を取った。
展望台からは辺りの山の風景が一望でき、生徒たちは持ってきた水筒からお茶をごくごくとおいしそうにのみ、わいわいとしゃべっていた。
そんな中、先についていた健二たち男子は休憩所の端に置かれた案内板の前に立っていた。
「そこの道からいくと別の道にいけるらしいな。このままいってもつまんないし、こっちの道にしないか」
「いや、さすがにそれはまずいだろ」
「大丈夫だって。頂上で合流できるみたいだし、こっちの道の方が距離も短いらしいから、オレたちが一番につけるじゃんよ」
「まあ、それならいっか」
男子たちは教師たちの目が自分たちに向いていないのを確認すると、そっと離れてハイキングコースから登山コースにつながるわき道に入っていった。
「よーし、休憩終わり。先にすすむぞ~」
男性教師が声をかけると生徒たちは立ち上って、また列を作って歩き出した。
「あれ? 杉沢たちがいない。さっきまでそこにいたと思ったけど……」
「どうせまた勝手に先にいったんじゃないの、放っておけばいいのよ」
高坂は呆れたようにため息を吐きながら、首を横に振った。
出発してから道の半ばまで進んだ頃、急に空の調子が悪くなり雲がかかってきた。
空の様子を見て、教師たちは生徒たちに待機するように伝えてから相談を始めた。
「どうします? このまま進んで雨にふられるとまずいですね」
「そうですね。残念ですが、ここで引き返しましょう」
それから、教師たちが引き返すことを生徒たちに告げると、不満の声があがったが下山を始めた。
一方で、ハイキングコースから抜け出した健二たちは登山コースを進んでいた。
ハイキングコースと違い起伏にとんだ地形をしていて、段差を手をついて乗り越えながら前に進んでいた。
「ちょっと疲れてきたな……。休憩にしないか?」
「そうだな、んじゃそのへんで休むか」
健二たちは道の脇に生えていた木の根元に腰を下ろして、足を伸ばした。
「やっぱこっちにきて正解だったな。あっちじゃ、つまんないよな~」
男子たちは、全身を使って山道を進むという、普段出来ないことに興奮したように話していた。
休みながら水筒の中身を飲み始め、汗をかいて渇いたのどを潤すために水筒の中身をゴクゴクと飲み干していった。
「全部のんじまった。近くに自販機ないかな?」
「こんなとこにあるわけないだろ」
やがて、そろそろいこうかという一人の声を皮切りに、男子たちは立ち上がりズボンについた土をぱっぱっと手で払った。
このとき既に空がくもり始めていたが、それに注意するものはおらず、一行は山頂を目指して進んでいった。
それから、いくらも進まないうちに最初の頃の元気はなくなり、みな無言で前に進んでいた。
「……なぁ、まだつかないのかな?」
「……しらねえよ、もう少しなんじゃね」
疲れた表情でぼそぼそと話していると、空からぽつりぽつりと雨が降って来た。
「げっ雨かよ。さっきまであんなに晴れてたのに」
「おい、その辺で雨宿りしようぜ!!」
健二たちは慌てて前に進み、あまやどりできそうな手ごろな木の下にもぐった。
10月とはいえ、山での気温は低く、雨にぬれた体は冷えていった。
「うぅ……、寒いな。なんかないかな?」
「いちおう、ホッカイロならもってきたけど。……1個しかない」
健二がリュックからカイロの入った袋を取りだした。
「1個だけか……、順番にまわして使うか……」
健二たちは身を寄せ合いながら寒さに震え、1個だけのカイロをまわしてわずかな温もりを得ていた。
生徒たちが山を降りて、宿泊所に戻ったところでちょうど雨がぽつぽつと降り出してきた。
生徒たちは雨に濡れずにすんだことをホッとしながら、外の様子を眺めていた。
そして、安田が生徒たちの点呼を開始したところで異変に気づいた。
「……杉沢君たちがいないわね。だれか、見てないかしら?」
安田が生徒に呼びかけ、みんなが顔を見合わせるが誰も答えられるものはいなかった。
「みんなは中でいてね、先生はちょっとお話してくるから」
安田は生徒たちから離れた場所で、一組担当の教師や管理人の飯島と相談を始めた。
「すぐにみつかればいいですが、最悪、消防に連絡いれて捜索する必要があるかもしれません」
「暗くなる前に見つかればいいのですが……」
深刻な顔つきをしながら小声で話す大人達の近くで、高坂が所在なさげに立っていた。
「えっと、先生……」
「どうしたの? 高坂さん」
いいづらそうに尻すぼみになった高坂の言葉を聞いた安田は、安心させようといつもの口調で話しかけた。
「もしかしたら……、途中の休憩所のときにいなくなったかも、しれないです。あのときに、杉沢たちがいなくなっていたので……」
「なんで、それを早く言わないんだ!!」
「……すいません」
男性教師が大声で高坂を叱り飛ばすと、高坂は肩をすぼめてしゅんとうなだれた。
「ちょっと、先生。高坂さんのせいじゃないんですから、そんな大声をださないでください」
「そうですね。……すまん。それじゃあ、休憩所のあたりから捜索にはいりましょう」
教師たちは慌しく動きはじめ、うなだれた高坂が一人ぽつんと残された。
そこに、貝塚が慰めるように話しかけた。
「高坂のせいじゃないんだから、そんなに落ち込むなよ。勝手にいなくなったのは杉沢たちなんだし」
「うん……、でも、あのときわたしがちゃんとしてれば……」
しかし、高坂は自分を責めるようにこぶしをギュッと握り、その手は震えていた。
やがて、消防に連絡を入れ捜索が始まると、生徒たちは自分たちの部屋で待機していた。
「杉沢君たち、大丈夫かな~」
「もしかして山の中で遭難してるとか……」
女子の部屋では健二たちのことを心配そうに話していた。
高坂は部屋の隅で膝を抱えながら座り、黙ったままでどこか思いつめた表情をしていたが、急に立ち上がった。
「どこにいくの?」
「……トイレ」
「じゃあ、わたしもいっしょにいくよ」
「……いい、ひとりでいくから」
着いてこようとする貝塚を置いて、高坂は部屋を出て行った。
部屋を出て行く高坂の背中をユキがじっと見ていた。
高坂はトイレではなく玄関に向かい、靴を履き替えると、母親に言われて念のためにカバンの中に入れていた携帯用の雨ガッパを広げた。
白い半透明のビニール製の雨ガッパをばさりと音を立てて羽織ると、高坂は、外に出ていった。
「わたしが、自分で、なんとかしないといけないんだ……」
その姿を見咎めるものはおらず、高坂の姿は冷たい雨のけぶる外に消えていった。




